イナーシャとは?機械設計で役立つ計算方法と正しい駆動力の決め方

2014年5月26日

 

ここでは 機械設計をする上で避けて通れない要素の 「イナーシャ(慣性モーメント)」 について役立つ計算方法と正しい駆動力の決め方をメモしています。

 

自動機の設計において、モーターの容量選定 は装置の性能や信頼性を左右する極めて重要な工程です。  実務の現場では、静的な負荷トルクのみを基準に選定してしまい、実際の運転時に加速が追い付かない、あるいは停止時に激しい振動が発生して整定時間が延びるといった課題が潜在的に存在します。

 

こうした課題は、単なるスペック不足ではなく、物体が運動状態を維持しようとする性質、すなわち イナーシャの理解不足から生じることがほとんど 是

 

一般的な技術解説サイトでは、物理公式の羅列に留まることが多く、実際の設計者が直面する「どの程度の安全率を見込むべきか」「ハンチングを避けるための剛性とのバランスをどう取るべきか」といった 実務的な判断基準が不足しがち です。  本記事では、私の設計現場での経験に加え、日本国内の主要メーカーが提供する最新の技術資料を徹底的に調査し、網羅的な情報としてまとめました。

 

本記事では、日本国内の設計実務で標準的に使われるイナーシャの基礎定義と単位系を整理し、さらには効率的な設計を実現する低慣性モーターの使い分けや自動選定ツールの活用方法まで、一連を学習フローとして解説します。  この記事を読むことで、理論値の算出から現場でのトラブル対応まで、根拠に基づいた確かな選定スキルを習得できれば幸いです。

機械設計の基本であるイナーシャ(慣性モーメント)とは何かを理解する

JIS規格に基づく定義とSI単位の扱い

日本の機械設計において、回転体の動きにくさを定義する基準はJIS(日本産業規格) Z 8202などの規格によって明確に定められています。  現在の標準である国際単位系(SI単位)では、慣性モーメントの単位としてキログラム平方メートル(kg・m2)を使用します。

 

以前は重力単位系が使われていた時期もありましたが、三菱電機や安川電機といった主要メーカーの最新カタログはすべてこのSI単位で統一されています。  計算を行う際は、質量の単位にキログラム(kg)、長さの単位にメートル(m)を厳密に適用しなければなりません。

 

設計図面で多用されるミリメートル(mm)のまま計算してしまうと、結果に甚大な誤差が生じる恐れがあります。  正しい駆動力算出の第一歩は、この標準的な単位系を正しく維持することにあります。

 

 

日本独自のGD2とはずみ車効果による換算

日本の古い設計資料や、現在も一部の重工業分野では、はずみ車効果と呼ばれる GD2(ジー・ディー・スクエア)という指標が使われることがあります。  これは物体の重量(G)と、回転直径(D)の2乗を掛け合わせた値で、かつて日本独自の慣習として広く普及していました。

 

現在の主流である慣性モーメント(J)と、この GD2 の間には、物理学的な定義の違いから J = GD2 / 4 という明確な換算関係が存在します。

 

この関係式は、慣性モーメントの定義が半径を基準にしているのに対し、GD2 は直径を基準にしている背景から導かれています。  古い装置の更新設計やベテラン設計者との打ち合わせでは、提示された数値がどちらの定義であるかを常に確認してください。

 

単位換算を誤ると、選定するモーターのトルクが不足したり、逆に過剰になったりするリスクがあるため注意が必要です。

 

 

実務で迷わないイナーシャ と慣性モーメント違い(少しニュアンスが違う)

現場ではイナーシャと慣性モーメントという二つの言葉が混在して使われますが、設計者としてはそのニュアンスの違いを正確に把握しておくのが賢明です。  言葉の本来の意味として、イナーシャは物体が現在の運動状態を保とうとする性質そのものを指す概念的な用語 

 

一方、慣性モーメントは具体的な物理量、つまり計算式に代入できる数値を指します。  カタログを参照する際や強度計算書を作成する場面では、慣性モーメントという用語を用いるのが一般的です。

 

一方で、現場での会話や概念的な説明の場では、回しにくさを総称してイナーシャと呼ぶことが多いです。  これらの言葉が実務上はほぼ同義として扱われていることを理解しておけば、コミュニケーションでの混乱を避けられます。  要するに、概念としての性質と、数値としての物理量の使い分けが鍵となります。

 

 

運動方程式から導く加速トルクの計算理論

モーターが停止している物体を目標の速度まで立ち上げるためには、一定の力を加え続ける必要があります。  このときに必要となるのが加速トルクであり、回転運動の運動方程式である T = J・α によって導き出されます。

 

ここで、T はトルク、J は慣性モーメント、α は角加速度を指しています。  この式が示す通り、加速に必要な力は慣性モーメントの大きさに正比例して増大します。

 

摩擦や重力に抗うための負荷トルクだけを計算してモーターを選定すると、実際の装置では加速が間に合わず、目標のタクトタイムを達成できない事態を招きかねません。したがって、動的な駆動力を正しく見積もるためには、定常走行時のトルクだけでなく、この運動方程式に基づいた加速時の負荷を合算することが不可欠と言えます。

 

用語 記号 SI単位 内容・備考
转动惯量 J kg・m2 回転のしにくさを表す数値。物理学的な計算の基礎。
はずみ車効果 GD2 kgf・m2 重力単位系での指標。J = GD2 / 4g(g は重力加速度)。
角加速度 α rad/s2 単位時間あたりの回転速度の変化率。
トルク T N・m 回転させるための力。運動方程式 T = Jα で算出。

参考出典先:三菱電機FA 慣性モーメント(イナーシャ)のJとGD2とは?(https://fa-faq.mitsubishielectric.co.jp/faq/show/10824?site_domain=default

参考出典先:三木プーリ 技術資料(https://www.mikipulley.co.jp/JP/Services/Tech_data/tech24.html

 

 

正確な計算でイナーシャ(慣性モーメント)とは異なる駆動力を算出する

複雑な機構でも迷わないイナーシャの計算方法

自動機を構成する部品は多種多様な形状をしていますが、基本的な幾何学形状の計算式を組み合わせることで全体の数値を算出できます。  例えば、最も頻繁に登場する円板や円柱の場合、質量 m と外径 D を用いて J = 1/8 ・ m ・ D2 という式で計算されます。

 

直方体のアームが中心軸で回転する場合は、J = 1/12 ・ m ・ (a2 + b2) という式を用います。  もし、部品の形状が複雑で手計算が困難な場合は、3DCADソフトの物性値算出機能を利用するのが最も確実な手段です。

 

CAD上で材質(密度)を指定すれば、重心位置と共に正確な慣性モーメントの値が算出されます。 手計算で大まかなアタリを付けつつ、最終的にはツールを用いて詳細な数値を確定させるのが、現代の設計実務における効率的な手順となります。

 

 

 

搬送物や部品が持つ負荷イナーシャの把握

駆動系全体を設計する際、モーターが動かす対象となるすべての要素を負荷イナーシャとして合算しなければなりません。  これには、ワークなどの搬送物だけでなく、テーブル、プーリ、ギヤ、そして軸受の回転体といった可動部品すべてが含まれます。

 

特に注意すべきは、ワークの有無によって数値が大きく変動するケースです。  例えば、空のパレットを運ぶ際と、最大重量のワークを載せた際では、慣性モーメントの値が数倍も異なることがあります。  このため、設計時には最小負荷時と最大負荷時の両方のパターンで数値を算出しておくことが推奨されます。

 

最悪のケースを想定して駆動力を計算しておくことが、現場での予期せぬ停止を防ぐための重要な備えとなります。

 

 

 

モーター軸換算と減速比の2乗の活用法

負荷側の機構が減速機を介して接続されている場合、モーターから見た見かけ上の重さは実際の値とは大きく異なります。 このとき、負荷側の慣性モーメントをモーター軸換算するためには、減速比の2乗で割るというルールが適用されます。

 

減速比を i とすると、モーター軸換算イナーシャ Jm = JL / i^2 となります。  例えば、減速比が 1/5(i=5) のギヤヘッドを採用すると、モーターから見た負荷の重さは 25 分の 1 にまで軽減されます。  これはエネルギー保存の法則に基づいた物理的な現象であり、小さなモーターで巨大な装置を制御するための非常に有効な手段です。  逆に言えば、増速機を使用する場合はイナーシャが激増するため、選定には細心の注意が必要となります。

 

 

機械要素ボールねじを動かすための計算手順

直線運動を回転運動に変換するボールねじ機構では、特有の換算式を用いて駆動力を算出します。  移動するテーブルとワークの合計質量を m、ボールねじのリードを P とすると、直線運動成分の換算値は m ・ (P / 2π)2 で求められます。

 

この数値に、ボールねじ軸自体の回転慣性を加算したものが、モーターにかかる全負荷となります。  ここでリードの値を大きく選定してしまうと、2乗の効果によってモーター軸への負荷が急激に重くなる特性があります。

 

高速搬送を実現するために大リードのねじを選択する際は、必ずこのイナーシャの増大分を考慮してモーター容量を再確認してください。  直線的な動きを回転の負荷として正しく置き換えることが、安定した位置決め制御を実現する鍵となります。

 

機構 計算式(慣性モーメント J) 備考
円柱・円板 J = 1/8 ・ m ・ D2 m:質量、D:直径。
中空円筒 J = 1/8 ・ m ・ (D2 + d2) d:内径。
直方体(中心回転) J = 1/12 ・ m ・ (a2 + b2) a, b:辺の長さ。
ボールねじ(直線部) J = m ・ (P / 2π)2 P:リード。
ベルトプーリ(直線部) J = 1/4 ・ m ・ D2 D:プーリピッチ円直径。

参考出典先:オリエンタルモーター モーター選定の計算式(https://www.orientalmotor.co.jp/ja/tech/calculation/sizing-motor04

 

 

安定制御のためにイナーシャとは別の指標を管理する

制御を安定させるイナーシャ比 目安と基準

必要な駆動力が計算できても、モーター自身の慣性と負荷の慣性のバランスが崩れていると、スムーズな動作は望めません。  この 比率をイナーシャ比(慣性比) と呼び、サーボモーターの安定稼働において最も重要な指標の一つとなります。

 

一般的には、負荷イナーシャがモーターのローター慣性の 5 倍から 10 倍程度に収まっていることが理想的です。  高頻度で機敏な動作が求められる半導体製造装置などでは 5 倍以下、一般的な搬送装置であれば 10 倍から 15 倍程度が実用的な範囲とされています。

 

もし、この比率が 30 倍を超えるような過大な設計になってしまうと、停止時にオーバーシュートが発生しやすくなり、タクトタイムを縮めることが困難になります。  こうした事態を避けるためにも、計算値がメーカーの推奨範囲に収まっているかを初期段階で評価してください。

 

目安・基準値 備考
高応答用途イナーシャ比 5 倍以下 半導体、マウンタなど。
一般用途イナーシャ比 10 〜 15 倍以下 組付機、搬送機など。
低速用途イナーシャ比 30 倍以下 コンベアなど定速走行主体のもの。
起動時安全率 1.5 〜 2.0 倍以上 瞬時最大トルクに対する余裕。
運転時安全率 1.5 〜 2.0 倍以上 定格トルクに対する余裕。

参考出典先:三菱電機 慣性モーメント比の目安(https://fa-faq.mitsubishielectric.co.jp/faq/show/10690?site_domain=default

参考出典先:オリエンタルモーター 選定のポイント(https://www.orientalmotor.co.jp/system/files/document/products/selection-results-sample.pdf

 

 

駆動力選定に欠かせない安全率の見極め方

理論計算上のトルクだけでモーターを選定することは、実務上極めてリスクが高いと言えます。  機械の組み立て状態やグリスの粘度変化、経年劣化による摩擦の増大といった不確定要素が存在するため、必ず適切な安全率を見込む必要があります。

 

加速トルクに対しては 1.2 倍から 1.5 倍、瞬時最大トルクに対しては 1.5 倍から 2.0 倍程度の余裕を持たせることが、国内の設計現場では一般的です

 

特に垂直軸を保持するブレーキ付きモーターや、周辺温度が高い環境で使用される場合は、より高い安全率を設定することが望ましいです。  余裕を持たせすぎることはコストアップに繋がりますが、不足することは装置の納品後の手直しを意味します。現場での調整余地を確保するためにも、この安全率を戦略的に設定する姿勢が設計者には求められます。

 

 

低慣性・中慣性タイプと機械剛性の確保

モーターのラインアップには、応答性を重視した低慣性タイプと、安定性を重視した中慣性タイプの二種類が用意されていることが多いです。  低慣性タイプはローターが細長いため素早い加減速が可能ですが、一方で負荷とのバランスが崩れやすく、機械剛性が低い装置では振動を引き起こす原因となります。

 

装置のフレームやカップリングの剛性が十分に確保されていない場合、モーターが動こうとする力に機械側が追従できず、共振が発生してしまいます。  このようなケースでは、あえて中慣性タイプを選択することで、物理的な重さによって外乱や振動を抑制し、安定した運転を実現する手法が有効です。  スピードを追及するなら低慣性、安定した品質を求めるなら中慣性という具合に、装置の目的に応じて使い分ける判断が必要となります。

 

 

ハンチング対策と容量選定ソフトウェアの活用

運転中にモーターが唸りを上げたり、細かく振動し続けたりする現象をハンチングと呼びます。  これは主にイナーシャ比の過大やゲイン調整の不備から起こりますが、設計段階で各メーカーが提供している容量選定ソフトウェアを活用することで、こうしたトラブルの多くは未然に防げます。

 

三菱電機の「Motorizer」やオリエンタルモーターの「選定ツール」など、主要な国内メーカーは無料で高度な計算ソフトを公開しています。  これらのツールに機構の寸法や運転パターンを入力すれば、イナーシャ計算だけでなく、トルク利用率や回生電力、そして最適なイナーシャ比の判定まで自動で行ってくれます。

 

手計算での根拠を大切にしつつ、最終的な妥当性をこれらのソフトウェアでクロスチェックする体制を整えることで、より信頼性の高い設計成果を得られるようになります。

 

 

まとめ:自動機設計におけるイナーシャ(慣性モーメント)とは

  • 物体が現在の運動状態を維持しようとする性質を指す用語
  • 回転運動における回しにくさを数値化した物理量
  • 日本工業規格のJIS規格ではSI単位として kg・m2 を定義
  • 旧単位系のはずみ車効果 GD2 との関係は J が 4 分の 1 の値
  • 運動方程式 T = Jα により加減速に必要なトルクを算出
  • 搬送物や可動部品のすべての慣性を合算して負荷イナーシャを把握
  • 減速機を通すことで負荷の慣性は減速比の 2 乗分だけ激減
  • ボールねじのリードを大きくすると慣性が急増するため注意が必要
  • 制御の安定性を左右するイナーシャ比は 5 倍から 15 倍以内が理想
  • 停止精度の悪化や振動を防ぐためにモーターの推奨慣性比を遵守
  • 摩擦や経年劣化を考慮して 1.5 倍前後の安全率を設定
  • 応答性が高い低慣性タイプと外乱に強い中慣性タイプの選択
  • 機械剛性が低いとハンチングが起こりやすいため構造の見直しも検討
  • 各メーカーが提供する容量選定ソフトウェアで計算結果の妥当性を確認
  • 全体像を網羅的に理解して最適な選択肢で駆動力計算を行う

 

上图