焼き入れ硬度を材料別に比較。鋼材一覧と設計の注意点

 

ここでは 焼き入れ で得られる 「材料別の硬度」 についてのメモをしています。

 

私は、「この部品に必要な硬度を出すには、どの材料を選べばいいのか?」と、材料別の硬度データを求めて様々なウェブサイトを探し回った経験があります。  しかし、多くのサイトではS45Cのような代表的な鋼材の情報はあっても、工具鋼やステンレス鋼まで含めた網羅的な一覧は見つからず、結局、断片的な情報を繋ぎ合わせるしかありませんでした。

 

この記事は、過去の私のような悩みを持つ設計者のために作成しました。  他のサイトでは不足しがちな、炭素鋼から合金鋼、工具鋼、ステンレス鋼に至るまで、主要鋼材の焼き入れで得られる硬度を材料別に比較できる網羅的な一覧表を提供します。

 

さらに、単なるデータだけでなく、まず鋼材の最高硬度を決定づける基本原理から丁寧に解説し、最終的には信頼できるJIS規格やメーカー情報の参照方法まで、設計実務で本当に役立つ知識を体系的に学べる構成にしています。  この記事を読めば、材料選定における迷いをなくし、自信を持って熱処理指示ができるようになるはずです。

焼き入れ硬度を材料別の一覧で比較

ここでは、機械設計で頻繁に使用される主要な鋼材について、焼入れによって達成可能な硬さの範囲を網羅的に比較できる一覧表を示します。  各鋼材の特性を理解し、材料選定の第一歩としてご活用ください。

JIS鋼種記号 鋼材分類 準拠JIS規格 代表炭素量 (%) 代表的な焼入れまま硬さ (HRC)¹ 実用的な焼入焼戻し硬さ範囲 (HRC)² 主要な特性と設計上の注記
S35C 機械構造用炭素鋼 G 4051 0.32 - 0.38 約60 45 - 52 (高周波) 表面硬化に適するが、全体焼入れでの深部硬化は限定的。小径部品や、高い靭性を要求しない部品向けです。
S45C 機械構造用炭素鋼 G 4051 0.42 - 0.48 約63 54 - 60 (高周波) / 45 - 55 (炉) 最も汎用的な機械構造用鋼。コストと性能のバランスに優れます。焼入性が低いため、厚肉部品の芯部硬さは期待できません。急冷が必要なため、複雑形状では焼割れリスクが高いです。
S55C 機械構造用炭素鋼 G 4051 0.52 - 0.58 約65 58 - 63 (高周波) 炭素鋼の中で最高レベルの硬さを達成可能。耐摩耗性に優れるが、靭性はS45Cより劣ります。衝撃荷重のかからない摺動部品などに適しています。
SCM415 機械構造用合金鋼 G 4053 0.13 - 0.18 (適用外 - 浸炭焼入れ) 芯部: 約30-40 / 表面: 58 - 62 低炭素鋼のため、そのまま焼入れしても硬化しません。浸炭処理により表面に炭素を浸透させ、表面は硬く、芯部は靭性を保つ部品を作るための材料。歯車やピストンピンに最適です。
SCM435 機械構造用合金鋼 G 4053 0.33 - 0.38 約60 48 - 54 焼入性が良く、中程度の断面サイズまで芯部まで硬化させることが可能。強度と靭性のバランスが良好です。
SCM440 機械構造用合金鋼 G 4053 0.38 - 0.43 約62 53 - 60 SCM435よりさらに焼入性に優れ、より大きな断面の部品にも対応可能。高強度のボルトやシャフトなど、高い信頼性が求められる重要部品に多用されます。
SNCM439 機械構造用合金鋼 G 4053 0.36 - 0.43 約62 48 - 55 (高強度・高靭性調質) ニッケル(Ni)の添加により、SCM材よりもさらに高い焼入性と優れた靭性を両立。大型で極めて高い応力がかかる部品に使用されます。
SKS3 合金工具鋼 G 4404 0.90 - 1.00 約64 60 - 63 油焼入れで硬化できるように改良された鋼種。水焼入れのSK材に比べ、焼入れ変形が少ないです。ゲージ類、切削工具、プレス型などに使用されます。
SKD11 合金工具鋼 G 4404 1.40 - 1.60 約64 58 - 62 高炭素・高クロムの代表的な冷間金型用鋼。空気焼入れも可能なほど焼入性が良く、変形が少ないです。極めて高い耐摩耗性を持つが、靭性が低く、被削性も悪いです。
DC53 (メーカー規格鋼) (大同特殊鋼) 約1.0 約64 60 - 63 SKD11の改良鋼。SKD11の弱点であった靭性、被削性を大幅に改善。高温焼戻しでも高硬度を維持できます。
SKD61 合金工具鋼 G 4404 0.35 - 0.42 約60 45 - 53 代表的な熱間金型用鋼。高温環境下での硬さ低下が少なく、耐ヒートクラック性に優れます。アルミダイカスト金型などに使用されます。
SUS420J2 マルテンサイト系ステンレス鋼 G 4303 0.26 - 0.40 約60 50 - 54 高い硬度と良好な耐食性のバランスを持つステンレス鋼。刃物、バルブ、シャフトなどに広く使用されます。
SUS440C マルテンサイト系ステンレス鋼 G 4303 0.95 - 1.20 約66 58 - 62 ステンレス鋼の中で最高レベルの硬度を達成可能。ベアリング、ノズル、高級刃物など、極めて高い硬さが要求される用途に用いられます。
SUS630 析出硬化系ステンレス鋼 G 4303 0.07以下 (適用外 - 析出硬化)³ H900処理: 40以上 固溶化熱処理後に時効処理で硬化する特殊なステンレス鋼。優れた耐食性と高強度を両立し、熱処理変形が少ないです。
SUJ2 高炭素クロム軸受鋼 G 4805 0.95 - 1.10 約65 60 - 65 転がり軸受(ベアリング)用に開発された鋼材。極めて高い硬度、優れた耐摩耗性、高い転がり疲れ強さを特徴とします。
SUP10 クロムバナジウムばね鋼 G 4801 0.47 - 0.55 約64 45 - 52 高い弾性と疲労強度を持つ代表的なばね鋼。自動車の重ね板ばねやコイルばねなど、高い信頼性が求められるばね部品に使用されます。

 

注釈:
¹ 代表的な焼入れまま硬さ (HRC):この値は、理想的な急冷によってほぼ100%のマルテンサイト組織を表面に得た場合の、炭素量から期待されるおおよその硬さです。この状態は非常に脆いため、この硬さそのものが図面で指定されることはほとんどありません。

 

² 実用的な焼入焼戻し硬さ範囲 (HRC):この値は、焼入れ後に「焼戻し」を行い、硬さと靭性のバランスを取った後の、実際の製品で目標とされる硬さ範囲です。 設計者が図面に指示すべきはこちらの硬さ範囲となります。

 

³ 析出硬化系ステンレス鋼:SUS630は焼入れではなく、固溶化熱処理後に時効処理(析出硬化)を行うことで硬化します。 硬さは処理温度(例:H900は約480℃)によって調整されます。

 

 

焼き入れ硬さを決める炭素量の役割

鋼の焼入れで得られる最高の硬さが何によって決まるのか、結論から言うと、その上限は、鋼に含まれる炭素の量によってほぼ決まります。

 

なぜなら、焼入れという熱処理は、鋼を高温状態から急冷することで、内部にマルテンサイトと呼ばれる非常に硬い組織を形成させるプロセスだからです。  このマルテンサイト組織の硬さは、その内部にどれだけ多くの炭素原子が強制的に閉じ込められているかによって決まるため、元の鋼材の炭素量が多いほど、達成できる最高の硬度も高くなるのです。

 

例えば、汎用的なS45C(炭素量約0.45%)であれば約63HRC、より炭素量の多いS55C(炭素量約0.55%)では約65HRCが理論上の最高硬度となります。

 

ただし、設計者が知っておくべき重要な注意点があります。 それは、炭素量が約0.6%を超えると、それ以上炭素を増やしても最高硬度はほとんど上昇しなくなるという事実です。  単に硬さだけを求めて高価な高炭素鋼を選んでも、コストに見合った効果が得られないばかりか、かえって靭性(粘り強さ)が低下し、脆くなるデメリットが大きくなる可能性があります。

 

このように、部品に求める硬度を考える上で、炭素量がそのポテンシャルの上限を決定づける最も基本的な因子であると理解することが、適切な材料選定の第一歩となります。

 

 

炭素鋼の硬さと特徴(S45Cなど)

炭素鋼は、一般的に「S-C材」とも呼ばれ、S45Cに代表されるように機械設計の現場で最も広く使用されている鋼材です。

 

炭素鋼の最大のメリットは、何と言ってもコストパフォーマンスの高さにあります。  クロムやモリブデンといった高価な合金元素を含まないため、材料コストを安価に抑えることが可能です。  S45Cの場合、適切な熱処理を施すことでHRC55〜60程度の表面硬さを得ることができ、多くの機械部品で必要とされる耐摩耗性を確保できます。

 

一方で、設計者が注意すべきデメリットも存在します。  それは、焼入性が低いという点です。前述の通り、合金元素を含まない炭素鋼は、部品の内部深くまで硬さを入れる能力が劣ります。そのため、直径の大きなシャフトのような厚肉部品を全体的に硬化させようとしても、表面は硬くなっても中心部は柔らかいまま、という状態になりがちです。

 

このため、炭素鋼は部品全体を硬化させる「ズブ焼入れ」よりも、高周波焼入れのように表面だけを選択的に硬化させる用途に適していると考えられます。  コストの安さは魅力的ですが、部品のサイズや求められる強度を考慮し、焼入性が不足しないかを慎重に検討する必要があります。

 

 

合金鋼の硬さと特徴(SCM,SNCM)

炭素鋼の焼入性の低さを補うために開発されたのが、クロム(Cr)やモリブデン(Mo)、ニッケル(Ni)といった合金元素を添加した合金鋼です。  代表的なものにSCM材(クロムモリブデン鋼)やSNCM材(ニッケルクロムモリブデン鋼)があります。

 

合金鋼の最大のメリットは、その優れた焼入性にあります。  添加された合金元素は、鋼を冷却する際に内部組織の変化を遅らせる働きをします。  これにより、炭素鋼では急冷が必要な場面でも、油でゆっくり冷やすといった緩やかな冷却で、部品の芯部までしっかりと硬化させることが可能になります。

 

例えば、SCM440はS45Cとほぼ同じ炭素量ですが、焼入性が格段に優れているため、より大きな断面を持つ部品や、高い信頼性が求められる高強度のボルト、アクスルシャフトなどに広く採用されています。 緩やかな冷却が可能なため、焼割れや変形といった熱処理リスクを低減できるのも大きな利点です。

 

デメリットとしては、やはり材料コストが炭素鋼に比べて高くなる点が挙げられます。  しかし、部品の大型化や高強度化が求められる現代の設計において、熱処理後の信頼性や性能を確保するためには、合金鋼の採用が不可欠な場面は数多く存在します。

 

 

工具鋼の硬さと特徴(SK材)

工具鋼は、その名の通り、金属を加工するための金型や切削工具に使用される鋼材で、極めて高い硬度と優れた耐摩耗性を特徴とします。

 

工具鋼は、炭素含有量が非常に高く、さらにクロム(Cr)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)といった合金元素を多量に含んでいます。  これにより、焼入れ後にはHRC60を超える非常に高い硬度が得られます。

 

代表的な鋼種として、冷間金型用のSKD11が挙げられます。SKD11は、焼入れ後の寸法変化が非常に少ないという優れた特性を持ち、精密な金型の材料として標準的に使用されています。ただし、非常に硬い反面、靭性が低く脆いため、強い衝撃がかかる用途には不向きという側面も持ち合わせています。

 

また、熱間金型用のSKD61のように、高温環境下でも硬さが低下しにくい特性を持つ工具鋼も存在します。

 

工具鋼は特殊な用途で使われる高価な材料ですが、その高い硬度と耐摩耗性は、他の鋼材では代替できない優れた性能を発揮します。  金型や治具の設計に携わる際には、これらの材料の特性を理解しておくことが大切です。

 

 

ステンレス鋼の硬さと特徴

ステンレス鋼は耐食性に優れた材料として知られていますが、全てのステンレス鋼が焼入れで硬くなるわけではありません。  焼入れによって硬度を向上させることができるのは、主に「マルテンサイト系」と呼ばれる種類のステンレス鋼です。

 

マルテンサイト系ステンレス鋼は、一般的なオーステナイト系(SUS304など)とは異なり、成分として炭素を含んでいます。  このため、熱処理によってマルテンサイト変態を起こし、硬度を高めることが可能です。

 

代表的な鋼種には、SUS420J2やSUS440Cがあります。 SUS420J2は、焼入れによってHRC50を超える硬度が得られ、耐食性と耐摩耗性が求められる刃物やバルブ部品、シャフトなどに利用されます。  一方、SUS440Cはステンレス鋼の中で最高レベルの硬度を達成できる材料で、HRC58以上にもなります。  その優れた耐摩耗性から、ベアリングの球や内外輪、ノズルといった精密部品に採用されています。

 

ただし、マルテンサイト系ステンレス鋼は、硬度を高められる一方で、耐食性の面ではオーステナイト系に劣るという注意点があります。  錆びにくさと硬さのどちらを優先するか、使用環境を考慮した上で材料を選定することが求められます。

 

 

焼き入れ硬度を活かす設計上の注意点

焼入性と質量効果を考慮した材料選定

部品の材料を選定する際、目標とする硬さだけを見て鋼種を決めるのは危険です。  特に注意しなければならないのが「質量効果」と、それに関連する「焼入性」です。

 

質量効果とは何か

質量効果とは、同じ鋼材であっても、部品のサイズ(断面積の大きさ)によって、焼入れ後の硬さの入り方が異なってくる現象を指します。  具体的には、部品が太く、厚くなるほど、中心部分の冷却速度が著しく遅くなります。  この冷却速度の差によって、表面は十分に硬化しても、内部は硬化しきれない「生焼け」の状態になってしまうのです。

 

焼入性とその評価方法

この質量効果に大きく関わるのが、材料固有の性質である「焼入性」です。  焼入性とは、焼入れによって「どれだけ深く硬化させられるか」という能力 を示します。  この焼入性を客観的に評価するための指標がいくつか存在します。

 

ジョミニー試験と焼入性曲線

最も代表的な評価方法が、JIS G 0561で規定されている「ジョミニー試験(一端焼入法)」です。  これは、規定の寸法に加工した丸棒の試験片を加熱した後、片側の端面(一端)にだけ水を噴射して冷却する試験です。

 

この試験片の水冷端からの距離と硬さの関係をプロットしたグラフが「焼入性曲線(ジョミニー曲線)」です。  水冷端は最も急冷されるため硬さが最も高くなり、そこから離れるにつれて冷却速度が遅くなるため硬さが低下していきます。  この硬さの低下が緩やかな曲線を描く材料ほど、「焼入性が良い」と評価されます。

 

例えば、炭素鋼であるS45Cは水冷端から少し離れるだけで硬さが急激に低下しますが、合金鋼のSCM440は比較的遠くまで高い硬さを維持し、なだらかな曲線を描きます。  これが、SCM440の焼入性がS45Cよりも優れていることを示しています。

 

臨界直径という指標

もう一つの実用的な指標として「臨界直径」があります。  これは、「部品の中心部でマルテンサイト組織が50%以上得られる最大の直径」として定義されます。  この臨界直径が大きい材料ほど、太い部品であっても芯部までしっかりと焼入れできることを意味します。

 

焼入性は、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、マンガン(Mn)といった合金元素を添加することで向上します。  したがって、設計者は部品の最も厚い部分(支配肉厚)を基準に、その肉厚に対して十分な焼入性を持つ材料(臨界直径が大きい材料)を選ぶことが、質量効果による内部の強度不足を防ぐために極めて大切になります。

 

 

焼戻しによる硬さと靭性のバランス

焼入れによって最高の硬さを得た鋼は、実はガラスのように非常に脆い状態にあります。  この「焼入れっぱなし」の状態では、わずかな衝撃でも簡単に割れてしまうため、ほとんどの機械部品には使用できません。

 

そこで、焼入れ後には必ず「焼戻し」という工程が必要になります。  焼戻しは、焼入れした鋼を適切な温度に再加熱することで、硬さを少しだけ低下させる代わりに、脆さの原因である内部の歪みを取り除き、粘り強さ、すなわち「靭性」を回復させる熱処理です。

 

設計者は、この硬さと靭性のトレードオフ関係を理解し、部品に求められる性能に応じて最適なバランス点を見つけ出す必要があります。

 

例えば、耐摩耗性を最優先したい工具などでは、硬度の低下が少ない「低温焼戻し」を行います。  一方で、シャフトや歯車のように衝撃がかかる部品には、硬さをある程度犠牲にしても靭性を大幅に向上させる「高温焼戻し(調質)」が適用されます。

 

ここで絶対に注意すべきは、「焼戻し脆性」と呼ばれる、靭性が著しく低下する危険な温度域が存在することです。  特別な理由がない限り、約250~350℃、および約450~550℃の温度域での焼戻しは避けなければなりません。硬さと靭性の最適なバランスを、安全な温度域で実現することが設計者には求められます。

 

 

図面指示とJIS規格の参照方法

設計者の意図を製造現場へ正確に伝え、狙い通りの品質を持つ部品を製作するための最終的な成果物が図面です。熱処理に関する指示が曖昧だと、不良品の発生に直結しかねません。

 

図面指示の基本

図面に硬さを指示する際は、いくつかの作法があります。

 

まず、硬さは「HRC 50」のような単一の値ではなく、「HRC 48~52」のように必ず範囲で指定してください。  この範囲を設定する際には、この記事の冒頭で示した一覧表にある「実用的な焼入焼戻し硬さ範囲」が非常に参考になります。

 

あの表に示されている範囲は、各材料で一般的に目標とされる硬さのレンジです。  部品の用途や求められる性能(例えば、耐摩耗性を重視するのか、靭性を重視するのか)に応じて、その範囲内で具体的な目標値を設定します。  一般的にHRCで4〜5ポイント程度の幅を持たせることで、熱処理工程で避けられない僅かなばらつきを許容し、現実的な品質管理が可能になります。

 

次に、処理内容を明確に記述します。「焼入れ」だけではなく、必ず「焼入焼戻し」と明記することで、靭性を確保するための焼戻し工程が必須であることを伝えます。(実際の単発図面や試作図面では、「焼き戻し」の記載がなくても、焼き入れ焼き戻しをセットで行ってくれます)

 

特に高周波焼入れのような表面焼入れの場合は、硬化させる範囲を図で明確に示すとともに、「表面硬さ」と「有効硬化層深さ」を指示することが大切です。  「有効硬化層深さ」とは、表面から規定の硬さを維持している深さのことであり、部品の性能を保証する上で非常に信頼性の高い専門的な指示方法です。

 

 

信頼できる情報源の活用方法

この記事の一覧表にない材料や、より詳細なデータが必要になった場合、以下の情報源を活用することが有効です。

 

JIS規格の活用方法

これらの指示の根拠となるのが、JIS(日本産業規格)です。例えば、機械構造用炭素鋼については「JIS G 4051」で規定されています。  JIS規格は、JISC(日本産業標準調査会)のウェブサイトで無料の利用者登録を行えば、誰でも閲覧が可能です。設計の根拠として、必ず一次情報にあたる習慣をつけることが大切です。

 

鉄鋼メーカーの技術資料を参照する

JIS規格が一般的な要求事項を定めるのに対し、各鉄鋼メーカーが発行する技術資料には、自社製品のより詳細なデータ(例えば、詳細な焼戻し曲線、CCT線図、疲労強度データなど)が掲載されています。  特に、メーカー独自の改良鋼種(例:大同特殊鋼のDC53)については、メーカーの資料が唯一の情報源となります。  重要な部品を設計する際には、必ず材料メーカーの公式技術資料を入手し、その内容を精査してください。

 

 

焼き入れ硬度を理解し最適な設計を

この記事では、鋼材の焼き入れ硬度について、その基本原理から材料別の具体的なデータ、そして設計上の注意点までを解説しました。最後に、機械設計者が覚えておくべき重要なポイントをまとめます。

 

  • 鋼の最高硬度は主として炭素量によって決まる
  • 炭素量が約0.6%を超えると最高硬度は頭打ちになる
  • 硬さを部品の芯部まで入れる能力(焼入性)は合金元素で向上する
  • 炭素鋼(S45Cなど)はコストに優れるが焼入性が低い
  • 合金鋼(SCM440など)は焼入性に優れ大型部品や重要部品に適している
  • 工具鋼(SKD11など)は極めて高い硬度と耐摩耗性を持つ
  • ステンレス鋼ではマルテンサイト系(SUS420J2, SUS440Cなど)が焼入れで硬化する
  • 部品のサイズが大きいと芯部まで硬化しにくい(質量効果)
  • 質量効果を考慮し、部品の最大肉厚に合った焼入性の材料を選ぶ
  • 焼入れ後の部品は脆いため、必ず焼戻しで靭性を付与する
  • 硬さと靭性はトレードオフの関係にある
  • 焼戻し脆性が起こる危険な温度域での処理は避ける
  • 図面には熱処理方法と硬さの「範囲」を明確に指示する
  • 表面焼入れでは「有効硬化層深さ」を指定することが性能保証の鍵となる
  • JIS規格は設計の根拠となる信頼性の高い情報源である

 

以上です。

 

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