ここでは機械カバーに利用される透明樹脂について 「傷が付きづらい透明樹脂の選定と周辺情報」 をメモしています。
機械の安全カバーや洗浄装置の覗き窓を設計する際、図面に単に「透明樹脂」と記載してしまい、後から現場で「傷だらけで中が見えない」というクレームを受けた経験はないでしょうか。(私はあります・・・)
カタログ上の数値だけで選定した結果、切削油でクラックが入ったり、温度変化でカバーが波打ったりといったトラブルに直面することもあるかもしれません。 多くの情報サイトでは樹脂の一般的な特性比較にとどまり、実務で直面する「具体的な品番選定」や「メーカーごとのハードコート性能の違い」、そして「設計上のリスクヘッジ」まで踏み込んだ情報は少ないのが現状です。
そこで本記事では、アクリルやポリカーボネート、塩ビといった主要な種類の比較から始まり、傷を防ぐためのハードコート技術の基礎、さらには全光線透過率や鉛筆硬度、耐衝撃性といったJIS規格に基づく客観的な評価指標までを網羅的にメモしています。
また、三菱ケミカルやタキロンシーアイ、住友ベークライトといった国内主要メーカーの製品特性を整理し、ケミカルクラックや熱膨張による寸法変化、耐薬品性を考慮したメンテナンス方法や安全カバーとしての適性まで、設計者が知っておくべき実務知識を体系化したつもりですので、皆様の設計品質向上の一助となれば幸いです。
傷が付きづらい透明樹脂の選定ポイント
JIS規格で定義される樹脂の特性
機械設計において材料を選定する際、カタログスペックの数値を正しく読み解く能力は、トラブルを未然に防ぐために欠かせません。 特に透明樹脂においては、「透明である」「硬い」といった感覚的な表現ではなく、日本産業規格(JIS)に基づいた試験数値を参照することで、客観的かつ定量的な性能評価が可能 になります。
樹脂材料の物性表には、引張強さや曲げ弾性率といった機械的強度に加え、光学特性や熱的性質が詳細に記載されています。
これらの数値を横並びで比較することで、例えば「A材はB材よりも衝撃吸収エネルギーが大きいが、表面硬度の指標は低い」といった具体的な判断を下すことができます。 多くの国内樹脂メーカーはJIS規格(例えば JIS K 7113 など)に準拠した信頼性の高い試験データを公開しており、設計者はこれらを基に、使用環境の負荷に耐えうるスペックかどうかを慎重に精査する必要があります。
全光線透過率が左右する視認性
機械内部の稼働状況を確認するカバーや覗き窓にとって、対象物がどれだけ鮮明に見えるかは、オペレーターの作業効率や異常検知の早さに直結する要素です。 この透明度を客観的に表す指標として広く用いられるのが「全光線透過率」であり、主にJIS K 7361-1などの規格に基づいて測定されます。
一般的に、この数値が高いほど光を多く通し、材料そのものが明るく透明であることを示しています。
以下の表に、代表的な透明樹脂の光学特性をまとめました。
| 素材名称 | 全光線透過率(目安) | ヘーズ(曇価) | 特徴と用途 |
| アクリル(PMMA) | 約93% | 0.5%以下 | プラスチック中で最高の透明度を誇り、ガラス(約92%)をも凌ぎます。断面も美しく、高い視認性が求められる検査窓や光学部品に適しています。 |
| ポリカーボネート(PC) | 約88%~90% | 1.0%前後 | アクリルに比べると数値はわずかに劣りますが、肉眼では十分に透明です。ただし厚板や積層になると、わずかに暗く(グレー掛かって)見える場合があります。 |
| 塩ビ(PVC) | 約70%~85% | 製品による | 透明グレードでも特有の青みや紫みがあり、アクリルほどのクリア感はありません。視認性よりもコストや耐薬品性を優先する場合に選ばれます。 |
参考出典先:マコトプラスチック(https://makoto-plastic.co.jp/2025/07/post-208/)
参考出典先:三菱ケミカル アクリライト技術資料(https://acrylite-help.m-chemical.co.jp/)
このように、アクリル樹脂は圧倒的な透明度を持っています。 精密な位置決めが必要な工程や、画像センサやレーザー変位計などの光学機器を通すカバーとして使用する場合には、透過率の数値を最優先してアクリルを選定することが推奨されます。
鉛筆硬度で知る傷つきにくさ
「傷が付きづらい」という性能を、設計者が図面や仕様書で定量的に指定するために最も役立つ指標が「鉛筆硬度」です。 これは JIS K 5600-5-4(塗膜)などで規定される試験方法で、特定の硬さ(6B~9H)の鉛筆芯を45度の角度で材料表面に押し当てて引っ掻き、傷跡が生じない最大の硬度で表されます。
一般的な未処理のポリカーボネートは「2B」や「HB」程度の硬度しかなく、これは布で乾拭きしただけでも細かな擦り傷(スクラッチ)が入ってしまうほど柔らかい状態です。 対して、未処理のアクリルは「2H」程度と比較的硬いですが、それでも金属や硬い粉塵との接触には耐えられません。 実際に触れてみても柔らかさを感じます。
そこで、機械カバーとして実用的な傷つきにくさを求める場合に必須の選択肢となるのが、表面に「ハードコート」処理が施されたグレードです。 ハードコートを施すことで、ポリカーボネートであっても「4H」や、製品によってはガラスに近い「6H」以上の硬度を実現することが可能です。
設計図面に材料を指定する際は、単に「透明樹脂」とするのではなく、「ハードコート仕様(鉛筆硬度4H以上)」のようにスペックを明記することが、意図通りの耐久性を確保する鍵となります。 (但し、生産設備の場合は大量の透明樹脂を利用するので、未処理ポリカーボネートを使うことが多いと思います)
耐衝撃性が必要な安全カバー
工作機械の扉や加工室のカバーなど、回転するワークの飛散や工具の破損といった予期せぬ衝撃からオペレーターの身を守る必要がある箇所には、高い耐衝撃性が不可欠です。 この特性において他の追随を許さない圧倒的な性能を示すのがポリカーボネートです。 アクリルの約40倍から50倍、一般的な強化ガラスの200倍以上とも言われる強度を持ち、ハンマーで強く叩いても割れることはほとんどありません。
一方で、前述の通りポリカーボネートは表面が非常に柔らかく、そのままではすぐに傷だらけになってしまうという弱点があります。 そのため、安全カバーとして選定する際は、「耐衝撃性のポリカーボネート」を基材とし、その表面に「耐擦傷性のハードコート」を施した材料を選ぶのが、安全性と視認性を両立させる最も合理的な解となります。
アクリルは透明度や硬度で勝りますが、強い衝撃を受けると鋭利に割れて飛散するリスクがあるため、安全防護壁としての使用には、板厚を大幅に増すか、飛散防止フィルムを併用するなどの慎重な対策が必要 です。
熱膨張を考慮した寸法設計
樹脂材料を金属製のフレームや筐体に固定する際、機械設計者が最も注意しなければならない物理特性の一つが 「線膨張係数」 の違いです。 樹脂は温度変化によって金属よりもはるかに大きく伸縮します。 例えば、ポリカーボネートの線膨張係数は鉄やステンレスの約5倍から6倍に相当します。
具体的な計算例として、長さ1,000mmのポリカーボネート製カバーを想定してみましょう。環境温度が冬場の10℃から夏場の40℃まで、30℃上昇したとします。
伸縮量 ΔL = 1000 × (7 × 10^-5) × 30 = 2.1mm
つまり、カバーは約2mmも伸びることになります。 もし、このカバーをボルトで強固に固定し、逃げ場のない状態で温度が上昇すると、膨張しようとする力によってカバーが波打って変形したり、ボルト穴周辺に応力が集中してクラック(割れ)が発生したりします。
これを防ぐための設計手法として、ボルト穴をネジ径よりも大きくする「バカ穴(クリアランスホール)」を十分に取るか、長穴加工を施して伸縮を吸収できる構造にすることが重要です。 また、ボルトと樹脂の間には樹脂ワッシャーやゴムパッキンを挟み、点ではなく面で押さえることで、締め付け圧力を分散させる配慮も大切です。
参考出典先:AGC ポリカーボネート技術資料(https://www.agc.com/products/electoric/polycarbonate/pdf/12.pdf)
参考出典先:D-Engineer 樹脂特性データ(https://d-engineer.com/plastic/pc.html)
傷が付きづらい透明樹脂の種類と製品
三菱ケミカルの高硬度アクリル
国内樹脂メーカー大手である三菱ケミカルは、アクリル樹脂 「アクリライト™」 シリーズにおいて、高い表面硬度を持つ付加価値グレードを展開しています。 代表的な製品である「アクリライト MR(シンコライト MR)」は、アクリル本来が持つ卓越した透明度(全光線透過率93%)を維持しながら、表面に特殊な硬化皮膜を形成することで、耐擦傷性を劇的に向上させています。
この製品の表面硬度は鉛筆硬度で「6H」から「7H」に達する場合があり、これはスチールウールで軽く擦っても傷がつかないレベルの硬さです。 そのため、液晶ディスプレイの保護パネルや、頻繁に人の手が触れる操作盤のタッチパネルカバー、計器類の窓など、美観と視認性の維持が最優先される用途に最適です。
ただし、基材はアクリルであるため、耐衝撃性はポリカーボネートに劣ります。強い衝撃が加わる可能性が低い場所や、飛散防止対策を講じた上での使用が推奨されます。 非常にクリアな視界と傷つきにくさを両立させたい場合に、第一候補となる材料と言えます。
タキロンシーアイのポリカーボネート
タキロンシーアイ は、ポリカーボネートプレートの分野で高いシェアと技術力を持つメーカーです。 同社の「PCMR」といったハードコートグレード(表面硬化グレード)は、ポリカーボネートの最大の欠点である「傷つきやすさ」を克服した製品として、産業界で広く採用されています。
これにより、日常的な清掃時の拭き傷や、加工中に飛来する切粉による細かな擦り傷を大幅に低減できます。 安全カバーとして必須の「割れにくさ(高耐衝撃性)」と、長期間の使用に耐える「傷つきにくさ(耐擦傷性)」を高い次元でバランスさせているため、工作機械の扉や自動機の防護カバーとして、最も汎用性が高く信頼できる選択肢の一つです。 また、耐候性を強化したグレードもラインナップされており、屋外設備への適用も可能です。
住友ベークライトの多機能板
住友ベークライトもまた、「ポリカエース®」というブランドで高機能なポリカーボネート板を幅広く展開しています。 同社のラインナップは非常に多彩で、一般的な「耐候グレード(両面)」に加え、特定の機能を強化した製品が数多く存在します。
また、近年注目されているのが、従来のハードコート板では困難だった「曲げ加工」に対応した特殊グレードです。 通常、ハードコート層はガラス質で脆いため、曲げると表面に微細なひび割れ(クラック)が入ってしまいますが、同社では成形性を考慮した「耐候成形ハードコート」技術を開発し、ある程度の曲率半径であれば熱曲げが可能な製品を提供しています。 これにより、デザイン性の高いR形状のカバーでも、傷に強いハードコート面を実現できるようになりました。
透明樹脂の曲げに関して少し話がそれますが、ある程度長距離を搬送するCVのガードにおいて、「アルミフレーム+平パネル」のガードだと大変なので、材質は不特定の透明樹脂曲げカバーを採用している機械メーカーもあります。
塩ビカバーのメリットとデメリット
機械カバーの材料として、アクリルやポリカーボネートと並んで頻繁に比較検討されるのが塩化ビニル(PVC)、いわゆる塩ビです。 この素材を選定する最大のメリットは、圧倒的な「コストパフォーマンス」と優れた「耐薬品性」にあります。
アクリルやポリカーボネートと比較して安価に入手できるため、大型の装置全体を覆うような広範囲のカバーや、予算制約が厳しいプロジェクトにおいては有力な選択肢となります。
また、酸やアルカリに対する化学的耐性が非常に強く、メッキ槽や化学洗浄ラインのカバーとしても安心して使用できます。 さらに、自己消火性を持っており、万が一火種が触れても燃え広がりにくい点も、工場設備の安全対策として有利です。
しかし、デメリットとして表面硬度が低く傷がつきやすいこと、そして耐熱温度が約60℃前後と低いことが挙げられます。 高温になる環境では容易に軟化・変形してしまうため注意が必要です。 また、透明グレードであっても特有の青みや紫みがあり、アクリルほどのクリアな視界は得られません。 「傷がついても定期的に交換すれば良い」と割り切れる場所や、薬品飛散のリスクが高い場所での採用が適しています。
傷が付きづらい透明樹脂のトラブル対策
ケミカルクラックの原因と対策
透明樹脂カバーを使用する上で、機械設計者が最も警戒すべきトラブルの一つが「ケミカルクラック(薬品割れ)」です。 これは、樹脂材料に応力(成形時の残留応力、曲げ加工による歪み、ボルトの締め付け力など)がかかっている状態で、特定の薬品や油分が付着すると、樹脂の分子鎖結合力が低下し、内部から微細な亀裂(クレーズ)が発生して最終的に破断に至る現象 です。
特にポリカーボネートやアクリルは非晶性樹脂であり、有機溶剤に対して非常にデリケートです。 シンナー、アセトン、ベンゼンなどが付着すると短時間で白化したり割れたりします。
設計現場で頻発する失敗例として、ボルトの緩み止めに「ネジロック剤(嫌気性接着剤)」を使用してしまい、その成分が樹脂を侵して取り付け穴から放射状に割れるケースが挙げられます。 これを防ぐためには、樹脂部品周辺での一般的なネジロック剤の使用を禁止図示するか、樹脂に対応した特殊な接着剤を選定する必要があります。
また、切削油(クーラント)の種類によっては樹脂を攻撃するものがあるため、油剤メーカーが公開している樹脂適合表を必ず確認することが欠かせません。
樹脂素材ごとの耐薬品性
前述の通り、樹脂の種類によって耐えられる薬品の種類とレベルは大きく異なります。 適切な材料選定を行うために、各素材の一般的な耐薬品性の傾向を一覧表で整理しました。
| 薬品の種類 | アクリル (PMMA) | ポリカーボネート (PC) | 塩ビ (PVC) | 設計上の注意点 |
| 有機溶剤 (シンナー, トルエン等) |
× 溶解・白化 | × 溶解・クラック | △ 一部溶解 | 拭き掃除での使用は厳禁。塗料や接着剤の選定に注意。 |
| アルコール (エタノール, IPA) |
△ クラック注意 | × 白化・クラック | ○ 耐性あり | PCはアルコール消毒で割れるリスク大。アクリルも高濃度は危険。 |
| 酸 (塩酸, 硫酸など) |
△ 濃度による | ○ 比較的良好 | ◎ 非常に強い | 薬液ラインのカバーには塩ビが最も安心。 |
| アルカリ (苛性ソーダ, アンモニア) |
○ 耐性あり | × 分解・劣化 | ◎ 非常に強い | ガラスクリーナー(アルカリ性)はPCに使用不可。 |
| 油分 (切削油, グリス) |
△ 油種による | △ 油種による | ○ 比較的良好 | 潤滑油や切削油がかかる場所は事前に適合テストを推奨。 |
参考出典先:三菱ケミカル アクリライト技術資料(https://acrylite-help.m-chemical.co.jp/)
このように、アクリルやポリカーボネートは薬品に対して弱点を持っています。 ハードコートグレードの中には、コーティング層がバリアとなって一時的に耐薬品性が向上しているものもありますが、切断面やドリル穴の内面は基材が露出しているため、そこから薬品が浸透してクラックにつながる可能性があります。 薬品が飛散する環境では、塩ビを選択するか、構造的に樹脂に薬品がかからないような防護対策を講じることが重要です。
適切なメンテナンスで寿命を延ばす
「傷が付きづらい」高性能なハードコート樹脂を選定したとしても、運用段階でのメンテナンス方法を誤れば、その性能を長く維持することはできません。 設計者は、納入後の取扱説明書やメンテナンスマニュアルを通じて、現場のオペレーターに対して正しい清掃方法を周知させる責任があります。
最も避けるべきなのは、汚れを落とそうとしてアルコールや高濃度の溶剤を含んだ強力なクリーナーを使用することです。 これらは前述のケミカルクラックの直接的な原因となります。
また、乾いた布でゴシゴシと強く擦ると、表面に付着している微細な砂や金属粉を引きずってしまい、いくらハードコート層であっても傷が入る可能性があります。 推奨される清掃方法は、中性洗剤を薄めたぬるま湯を使い、柔らかい布やスポンジで優しく洗い流すことです。
しつこい油汚れがある場合でも、プラスチック専用のクリーナーを使用するよう指示書や銘板に明記することで、カバーの透明度と安全性を長期間保つことができます。
傷が付きづらい透明樹脂選定のまとめ
- 機械カバーの傷つきにくさはJIS規格の「鉛筆硬度」を指標として判断する
- 未処理のポリカーボネートは鉛筆硬度2B程度と非常に柔らかく布拭きでも傷つく
- 傷を防ぐための最良の手段は「ハードコート」仕様の樹脂板を選定することである
- ハードコート品は鉛筆硬度4H〜6H程度に強化されスチールウールへの耐性も持つ
- 視認性を最優先する場合は全光線透過率93%のアクリル(PMMA)が最適である
- 安全カバーとして耐衝撃性を優先する場合はポリカーボネート(PC)が必須である
- アクリルにハードコートを施すとガラスに近い硬度(6H〜7H)を実現できる
- ポリカーボネートのハードコート品は「割れない&傷つかない」実用的な解となる
- 三菱ケミカル、タキロンシーアイ、住友ベークライトが主要なハードコート製品を供給
- 塩ビは安価で耐薬品性に優れるが耐熱性が低く傷つきやすいため適材適所で使う
- 樹脂は金属より熱膨張が大きいためボルト穴はバカ穴や長穴にして逃げを作る
- ネジロック剤やアルカリ性洗剤はケミカルクラック(薬品割れ)の主原因となる
- 切削油がかかる環境では事前に樹脂素材との適合性を確認し選定を行う
- 清掃時はアルコールや溶剤を避け中性洗剤と柔らかい布を使用するルールを定める
- 適切な材料選定と設計配慮により機械カバーの安全性と美観は長期間維持できる
以上です。