SUSステンレスの種類一覧|特徴・用途・比較で選ぶ完全ガイド

 

ここでは 機械材料 に利用される 「SUS(ステンレス)系材料」 についての機械設計に役立つメモをしています。

 

機械設計の現場で、数ある材料の中から最適なステンレス鋼(SUS)を選定する作業は、製品の品質やコストを左右する重要なプロセスです。 しかし、JIS規格だけでも60種類以上存在するステンレス鋼の中から、プロジェクトの要求を完璧に満たす一つを見つけ出すのは、経験豊富な設計者にとっても簡単なことではありません。

 

この記事では、SUSステンレスの主要な種類を網羅した一覧を示し、それぞれの鋼種が持つ固有の特徴や具体的な用途について、専門的な視点から徹底的に比較解説します。

 

さらに、加工性やコストといった実用的な観点からの選び方まで掘り下げていきますので、この記事を読み終える頃には、あなたの材料選定に関する悩みは解消され、自信を持って最適なステンレス鋼を選び抜く知識が身についているハズです。

Contents
  1. SUS ステンレス 種類の基本|5大系統とその特徴
  2. SUS ステンレス 種類の主要特性を徹底比較
  3. SUS ステンレス 種類の代表鋼種と具体的な用途
  4. SUS ステンレス 種類の賢い選び方と加工の注意点
  5. SUS ステンレス 種類の知識を網羅し設計に活かす
  6. SUSステンレス鋼 種類別 特性一覧表

SUS ステンレス 種類の基本|5大系統とその特徴

錆を防ぐ不動態皮膜のメカニズム

ステンレス鋼が「錆びにくい」とされる最大の理由は、その表面に形成される「不動態皮膜」という極めて薄い保護層の存在 にあります。 これは、ステンレス鋼に含まれるクロムが空気中や水中の酸素と反応して自発的に生成する、緻密で安定した酸化クロムの膜です。

 

この不動態皮膜は、下地である鉄が錆びるのを防ぐ強力なバリアとして機能します。 さらに特筆すべきは、表面に傷がついて皮膜が破壊されても、酸素さえあれば瞬時に自己修復する能力を持っている点です。この機能により、ステンレス鋼は長期間にわたって優れた耐食性を維持できます。

 

ただし、この 皮膜も万能ではありません。 海水に含まれる塩化物イオンや、非常に強い酸性・アルカリ性の環境下では破壊され、腐食が進行することがあります。 また、鉄粉などが付着して錆びる「もらい錆」という現象も起こり得るため、使用環境の理解が大切になります。

 

 

クロムとニッケルがもたらす特性

ステンレス鋼の特性を決定づける二大元素が、クロム(Cr)とニッケル(Ni)です。これらの含有バランスによって、ステンレス鋼の性質は大きく変化します。

 

まず、クロムはステンレス鋼に必須の元素であり、その含有量が10.5%以上の鉄合金がステンレス鋼と定義されます。 前述の通り、クロムは表面に強力な不動態皮膜を形成し、耐食性の根幹を担う役割を果たします。クロムの含有量が多いほど、一般的に耐食性は向上します。

 

一方、ニッケルは主に金属の組織を安定させ、材料に粘り強さ(靭性)と延性(加工しやすさ)を与える重要な元素です。 ニッケルを添加することで、常温でも安定した「オーステナイト」という金属組織が形成されやすくなり、これが優れた加工性や溶接性を生み出します。 ただし、ニッケルは高価なレアメタルであるため、その含有量は材料コストに直接影響 します。

 

 

汎用性に優れるオーステナイト系ステンレス

オーステナイト系ステンレスは、全ステンレス鋼生産量の約6割を占める、最も広く使用されている系統です。 代表的な鋼種であるSUS304は、クロムとニッケルをバランス良く含むことから、耐食性、加工性、溶接性のいずれにおいても高いレベルの性能を示します。

 

この系統の大きな特徴は、固溶化熱処理状態では磁性を持たない(磁石につかない)ことです。  また、非常に延性が高いため、深絞りや曲げといった複雑な形状への冷間加工にも適しています。

 

ただし、焼入れによって硬化させることはできず、切削などの加工を加えると表面が硬くなる「加工硬化」という現象が起こりやすい点は注意が必要です。この加工硬化により、加工後にわずかに磁性を帯びることもあります。

 

 

経済的で加工しやすいフェライト系ステンレス

フェライト系ステンレスは、主成分が鉄とクロムであり、高価なニッケルをほとんど、あるいは全く含まないことが最大の特徴 です。 これにより、オーステナイト系に比べて材料コストが安価で、価格が安定しているというメリットがあります。

 

代表鋼種のSUS430に代表されるこの系統は、鉄と同じフェライト組織を持つため、強磁性を示し、磁石に付きます。 加工性や溶接性も良好ですが、強度や耐食性の面ではオーステナイト系に一歩譲ります。

 

一方で、オーステナイト系の弱点である塩化物環境下での「応力腐食割れ」に対して、極めて高い抵抗性を示すという優れた長所も持っています。 このため、特定の環境下ではオーステナイト系よりも適した選択肢となります。

 

 

高硬度を実現するマルテンサイト系ステンレス

マルテンサイト系ステンレスは、他のステンレス鋼とは異なり、熱処理(焼入れ・焼戻し)によって組織を変化させ、非常に高い硬度と強度を得られることが最大の特徴 です。 この性質は、成分として比較的多量の炭素を含んでいることによります。

 

代表鋼種にはSUS410やSUS440Cがあり、その卓越した硬度と耐摩耗性から、刃物やベアリング、シャフトといった高い耐久性が求められる機械部品に広く利用されます。

 

この系統は強磁性を示し、磁石に付きます。 ただし、高い硬度を得る代償として、耐食性は他のステンレス鋼ファミリーの中では最も劣る傾向にあります。したがって、使用環境を慎重に考慮した上での選定が求められます。

 

SUS ステンレス 種類の主要特性を徹底比較

強度と耐食性を両立した二相系ステンレス

二相系ステンレスは、その名の通り、オーステナイト相とフェライト相が約半分ずつ混在した金属組織を持つ、比較的新しい高性能材料です。 このユニークな組織により、両系統の長所を併せ持つことが可能になりました。

 

最大の特長は、高い強度と優れた耐食性の両立です。 一般的なオーステナイト系(SUS304など)の約2倍の強度を持ちながら、塩化物環境下での応力腐食割れにも強いという、非常にバランスの取れた性能を発揮します。

 

代表鋼種のSUS329J4Lなどは、海水や化学薬品にさらされるプラント設備や海洋構造物といった、極めて過酷な環境でその真価を発揮 します。 フェライト相を含むため磁性を持ちますが、その高性能さから特殊な用途での採用が増えています。

 

 

熱処理でさらに強くなる析出硬化系ステンレス

析出硬化(せきしゅつこうか)系ステンレスは、特殊な熱処理によって金属組織内に微細な粒子を析出させ、強度を飛躍的に高めることができる高機能材料です。 PHステンレスとも呼ばれます。

 

この系統の魅力は、マルテンサイト系に匹敵する、あるいはそれ以上の高強度と、オーステナイト系に近い良好な耐食性という、相反する特性を高いレベルで両立させている点にあります。

 

代表鋼種のSUS630は、比較的加工しやすい状態で供給され、部品を最終形状に加工した後に、比較的低温の時効処理を施すことで硬化させます。 この熱処理は歪みが非常に少ないため、航空宇宙部品や精密機械など、高い寸法精度が要求される高強度部品の製造に最適 です。

 

 

設計で重要な強度と硬度のバランス

機械設計において、材料の強度と硬度は最も基本的な選定基準の一つですが、この二つは必ずしも同じではありません。 強度が高い材料が必ずしも硬いわけではなく、また、硬さだけを追求すると材料が脆くなる(靭性が低下する)傾向 があります。

 

ステンレス鋼の選定では、この強度、硬度、そして靭性のバランスを考慮することが不可欠です。

  • マルテンサイト系(例:SUS440C)は、熱処理により最高の硬度と高い強度を得られますが、靭性は低く、衝撃に弱い側面があります。
  • オーステナイト系(例:SUS304)は、硬度や強度は中程度ですが、非常に高い靭性を持ち、衝撃を吸収する能力に優れています。
  • 析出硬化系(例:SUS630)や二相系は、これらの中間に位置し、高い強度と良好な靭性をバランス良く兼ね備えています。

 

設計する部品にどのような力が加わり、どのような破壊モードが想定されるかを分析し、最適な特性バランスを持つ系統を選ぶことが、信頼性の高い設計につながります。

 

 

材料選定の鍵となる磁性の有無

ステンレス鋼の磁性は、その金属組織によって決まり、設計上の重要な判断基準となります。 磁石に付くか付かないかは、材料を識別する簡単な方法であると同時に、特定の用途では必須の性能要件となります。

系統分類 磁性の有無(標準状態)
オーステナイト系 なし
フェライト系 あり
マルテンサイト系 あり
二相系 あり
析出硬化系 あり

 

 

磁性が問題となる用途

医療機器(特にMRI関連)や電子機器、磁気センサーの周辺部品など、磁気が性能に影響を与える環境では、非磁性であることが絶対条件となります。 このような場合は、基本的にオーステナイト系ステンレスが選定されます。ただし、前述の通り、オーステナイト系でも強い冷間加工によって磁性を帯びることがあるため、注意が必要です。

 

磁性を利用する用途

一方で、磁性があることを積極的に利用するケースもあります。 例えば、IH調理器具の鍋やフライパンは、電磁誘導によって発熱するため、底面には磁性を持つフェライト系ステンレス(SUS430など)が使用されます。また、マグネットが付くキッチンパネルやホワイトボードなどにも、この性質が活用されています。

 

JIS規格による分類と記号

日本国内でステンレス鋼を指定する際には、JIS(日本産業規格)で定められた記号を用いるのが一般的です。この記号は、設計図面や仕様書で材料を正確に伝達するための共通言語となります。

 

ステンレス鋼材は、通常「SUS」という記号で始まります。これは「Steel Use Stainless」の頭文字を取ったもの です。 SUSに続く3桁の数字が、具体的な鋼種を示しています。

  • SUS304、SUS316など(300番台): 主にオーステナイト系を示します。
  • SUS430、SUS410など(400番台): 主にフェライト系やマルテンサイト系を示します。
  • SUS630など(600番台): 主に析出硬化系を示します。

この他にも、炭素量を低く抑えたことを示す「L」(例:SUS316L)や、特定の元素を添加したことを示す記号が付く場合もあります。  設計者としては、これらの記号がどの系統に属し、どのような基本特性を持つのかを把握しておくことが、迅速な材料選定の第一歩となります。

 

SUS ステンレス 種類の代表鋼種と具体的な用途

最も代表的なSUS304とその幅広い用途

SUS304は、ステンレス鋼の中で最も代表的で、市場流通量も最多の鋼種 です。 クロム18%、ニッケル8%を基本成分とすることから「18-8ステンレス」とも呼ばれ、その優れた特性バランスからあらゆる産業分野で基準材として使用されています。

 

SUS304の主な特徴

耐食性、加工性、溶接性、そしてコストのバランスが非常に優れていることが最大の長所です。大気中や一般的な水環境では十分な耐食性を発揮し、プレス加工や曲げ加工といった冷間加工にも適しています。

 

具体的な用途

その汎用性の高さから、私たちの身の回りから最先端の産業設備まで、非常に幅広い用途で活躍しています。

  • 家庭用品・厨房機器: 流し台、調理器具、食器、魔法瓶、冷蔵庫のドア
  • 建築: 手すり、内外装パネル、自動ドア、エレベーターの内装
  • 自動車: マフラー、装飾トリム、ホイールキャップ
  • 産業機器: 食品・化学プラントの配管やタンク、各種機械の構造部材、ボルト、ナット

このように、特別な要求がない限り、まずSUS304を検討するというのが、材料選定の基本的なアプローチとなります。

 

 

SUS316とモリブデンによる耐食性向上

SUS316は、SUS304の成分にモリブデン(Mo)という元素を添加した、より高性能なオーステナイト系ステンレス鋼です。 このモリブデンの添加が、耐食性を飛躍的に向上させる鍵となります。

 

SUS316の主な特徴

特に、海水や沿岸地域の潮風に含まれる塩化物イオンに対する抵抗性が格段に優れています。  SUS304では錆が発生してしまうような厳しい腐食環境でも、SUS316は高い耐食性を維持できます。 この特性は「耐孔食性」と呼ばれます。

 

また、溶接を伴う構造物には、炭素の含有量を低く抑えて溶接部の耐食性低下を防いだSUS316Lが一般的に使用されます。

 

具体的な用途

その優れた耐食性から、SUS304では対応できない、より過酷な環境下で採用されます。

  • 海洋関連: 船舶部品、海洋構造物、沿岸地域の建築部材
  • 化学・薬品プラント: 反応タンク、配管、バルブ
  • 医療機器: 手術用器具、インプラントなど、高い清浄性と耐薬品性が求められるもの
  • 食品製造設備: 衛生管理が厳しく、洗浄薬品を使用するライン

コストはSUS304よりも高くなりますが、腐食による部品交換やメンテナンスの頻度を考慮すると、長期的には経済的な選択となる場合も多いです。

 

 

家庭用品にも使われるSUS430の特徴

SUS430は、フェライト系ステンレス鋼の中で最も代表的で、広く使用されている鋼種です。 クロムを18%含むことから「18クロムステンレス」とも呼ばれます。

 

 

SUS430の主な特徴

高価なニッケルを含まないため、ステンレス鋼の中では比較的安価であることが最大のメリット です。 また、鉄と同様に磁石に付く性質を持ち、熱による膨張が少ないため、温度変化による変形が起きにくいという長所もあります。 加工性も良好で、特に曲げや浅い絞り加工に適しています。

 

ただし、耐食性の面ではSUS304に劣るため、常に水に濡れる場所や塩分の多い環境での使用には注意が必要です。

 

具体的な用途

その経済性と加工性の良さから、私たちの生活に身近な製品に数多く利用されています。

  • 厨房・家電: 業務用冷蔵庫のパネル、洗濯機のドラム、ガスコンロの部品、スプーンやフォーク
  • 自動車: マフラーやエキゾーストマニホールドなどの排気系部品
  • 建築: 内装材、装飾トリム、屋根材
  • その他: IH調理器具の鍋底材(磁性を利用)

コストパフォーマンスが求められる用途において、非常に有力な選択肢となる材料です。

 

 

最高の硬度を持つSUS440Cの利用例

SUS440Cは、マルテンサイト系ステンレス鋼の中でも特に炭素の含有量が多く、熱処理を施すことでステンレス鋼の中で最高の硬度(HRC60に達することも可能)を実現できる特殊な鋼種です。

 

SUS440Cの主な特徴

その卓越した硬度は、優れた耐摩耗性をもたらします。 つまり、摩擦によってすり減りにくいという性質 です。 この特性が、他のステンレス鋼では代替できない独自の価値を生み出しています。

 

一方で、非常に硬い材料であるため、靭性は低く(脆い)、加工も容易ではありません。また、耐食性も他の系統に比べると劣るため、錆を防ぐためには適切な管理が必要となります。

 

具体的な用途

硬度と耐摩耗性が最優先される、高性能な部品にその用途は限定されます。

  • ベアリング: ボールベアリングの玉(ボール)と軌道輪(レース)など、高荷重下で滑らかな回転を維持する必要がある部品
  • 刃物: 高品質なナイフや包丁、医療用メスなど、切れ味の持続性が求められるもの
  • 精密測定器: ゲージブロックなど、長期間にわたって寸法精度を維持する必要がある工具
  • その他: 耐摩耗性が求められるノズルやバルブシートなど

まさに「硬さ」を追求したスペシャリストと言える材料です。

 

 

航空宇宙分野で活躍するSUS630の性能

SUS630は、析出硬化系ステンレス鋼の中で最も代表的で、広く使用されている鋼種です。その名称は、公称組成がクロム17%-ニッケル4%であることに由来し、「17-4PH」とも呼ばれます。

 

SUS630の主な特徴

最大の魅力は、マルテンサイト系に匹敵する高い強度と、オーステナイト系に近い良好な耐食性という、相反する特性を高いレベルで両立させている点 です。

 

さらに、設計・製造上の大きなメリットとして、比較的低温の熱処理(時効処理)で硬化するため、熱処理に伴う部品の歪みや寸法変化が極めて少ないことが挙げられます。これにより、複雑な形状でも高い寸法精度を維持したまま高強度化することが可能です。

 

具体的な用途

その高性能と信頼性から、極めて高い要求が課せられる分野で活躍しています。

  • 航空宇宙: エンジン部品、機体の構造部材、アクチュエータロッドなど、軽量かつ高強度が求められる部品
  • 化学・石油プラント: 高圧に耐えるバルブ部品やポンプシャフト
  • 産業機械: 射出成形金型、高圧機器の部品
  • その他: 船舶のプロペラシャフト、高性能なばね部品

材料単価は高いですが、製造プロセス全体のコストや製品の信頼性を考慮すると、非常に価値のある選択肢となります。

 

SUS ステンレス 種類の賢い選び方と加工の注意点

加工性と溶接性を考慮した材料選定

材料の性能だけでなく、部品をどのように製造するかという「加工性」の視点は、コストと品質を左右する重要な要素です。 特にステンレス鋼は、種類によって加工のしやすさが大きく異なります。

 

切削加工

ボルトやシャフトのように、丸棒から削り出して部品を作る場合、切削性が生産効率に直結します。  SUS304やSUS316は粘り気が強く、代表的な難削材 です。 一方、SUS303は硫黄などを添加して切削性を大幅に向上させた「快削鋼」であり、自動盤での大量生産などに絶大な効果を発揮 します。  ステンレスの切削加工 には各ステンレス材料のもつ特性を知る必要があります。

 

溶接

部品同士を溶接して構造物を作る場合、溶接性が極めて重要になります。 SUS304やSUS316Lは溶接性が良好で、広く用いられています。  しかし、快削鋼であるSUS303は、添加された硫黄が原因で溶接部に割れ(高温割れ)が発生するため、原則として溶接には使用できません。 設計段階で溶接の有無を確認し、適切な材料を選ぶ必要があります。

 

プレス・曲げ加工

板材を曲げたり絞ったりする加工では、材料の延性が重要 です。  オーステナイト系のSUS304は延性が高く、の深絞りなど複雑な成形に適しています。フェライト系のSUS430も良好な加工性を持ちますが、SUS304ほどの深絞り性はありません。

 

加工硬化現象とその設計上の影響

加工硬化とは、特にオーステナイト系ステンレス鋼に見られる特有の現象で、曲げや切削などの冷間加工によって材料が硬くなる性質 を指します。 これは、加工によって加えられたエネルギーが引き金となり、安定していた金属組織の一部が、硬い「マルテンサイト」という組織に変化するために起こります。

 

この現象は、設計者にとって二つの側面を持ちます。

 

デメリットとしての側面

一つは、意図せずして材料の性質が変わってしまうリスクです。 例えば、非磁性であることが求められる部品をSUS304で設計しても、加工によって磁性を帯びてしまう可能性があります。 また、硬化によって延性が低下し、さらなる加工が困難になったり、耐食性がわずかに低下したりすることもあります。

 

メリットとしての利用

一方で、この現象を積極的に利用することも可能です。 例えば、ばねのように高い弾性と強度が必要な部品では、あえて加工硬化しやすい鋼種(SUS301など)を選び、冷間圧延や成形加工プロセス自体を利用して所望の強度を得る、という設計が行われます。 これにより、熱処理工程を省略しつつ高強度化を達成できます。

 

 

応力腐食割れのリスクと対策

応力腐食割れ(SCC: Stress Corrosion Cracking)は、材料に引張応力がかかった状態で、特定の腐食環境にさらされたときに発生する、亀裂を伴う破壊現象です。 特にオーステナイト系ステンレス(SUS304やSUS316)は、温水や海水のような塩化物イオンを含む環境下でこの現象を起こしやすいという弱点があります。

 

この破壊は、見た目にはほとんど腐食が見られないにもかかわらず、突然発生することがあるため、非常に危険です。給湯器の配管や化学プラントの熱交換器など、応力と腐食環境が重なる場所では、このリスクを十分に考慮しなければなりません。

 

対策としては、応力腐食割れに対して高い抵抗性を持つ材料を選定することが最も効果的です。 具体的には、フェライト系ステンレス(SUS430など)や、さらに耐食性に優れた二相系ステンレスが、このような環境下での代替材料として有力な選択肢 となります。

 

 

耐食性を環境に応じて正しく評価する

「ステンレスは錆びない」というイメージがありますが、これはあくまで「錆びにくい」ということであり、使用する環境によっては腐食が発生します。 設計者は「耐食性」という言葉を漠然と捉えるのではなく、どのような環境で、どのような種類の腐食が問題になるのかを具体的に評価する必要があります。

 

全面腐食

酸やアルカリが非常に強い環境で、表面全体が均一に侵される腐食 です。 このような環境では、より高合金のステンレスや、特殊な耐食合金の検討が必要になります。

 

孔食(こうしょく)

海水や工業用水に含まれる塩化物イオンによって、不動態皮膜が局部的に破壊され、点状に深く進行する腐食 です。  この対策には、モリブデンを添加したSUS316や、さらに耐食性の高い二相系ステンレスが有効です。

 

すきま腐食

ボルトの接合部やガスケットの接触面など、部材同士の隙間で発生する腐食 です。  隙間内は酸素の供給が滞り、塩化物イオンが濃縮されやすいため、孔食と同様のメカニズムで腐食が進行します。これもSUS316や二相系が有効な対策となります。

 

使用環境を正確に把握し、そこで起こりうる腐食の形態を予測して、最適な耐性を持つ鋼種を選定することが、製品の長寿命化と安全性を確保する上で不可欠です。

 

SUS ステンレス 種類の知識を網羅し設計に活かす

コストと性能のバランスを見極める

最適なステンレス鋼を選定する上で、性能とコストのバランスを考えることは避けて通れません。 ここで重要なのは、単に材料そのものの価格(材料単価)だけでなく、加工や熱処理、組み立て、そして将来のメンテナンスまで含めた「総製造コスト(トータルコスト)」で判断する視点 です。

 

例えば、切削加工が主体の部品を設計する場合を考えてみましょう。 材料単価だけを見ればSUS304の方がSUS303よりも安価な場合があります。 しかし、SUS304は難削材であるため加工に時間がかかり、工具の消耗も激しくなります。 一方、快削鋼であるSUS303は、加工時間を大幅に短縮できるため、加工費を含めた総コストではSUS304よりも安くなるケースが少なくありません。

 

同様に、高精度な高強度部品を製作する場合、材料単価の高い析出硬化系のSUS630を選ぶことで、マルテンサイト系で必要となる熱処理後の高コストな仕上げ研削工程を省略でき、結果的に総コストを抑えられる可能性もあります。

 

このように、設計の初期段階から製造プロセス全体を俯瞰し、トータルコストを最適化する視点を持つことが、競争力のある製品開発につながります。

 

 

最適なSUS ステンレス 種類を選び設計に活かす

この記事では、機械設計に不可欠なステンレス鋼について、その基本原理から各系統の特徴、代表的な鋼種、そして実践的な選定方法までを網羅的に解説しました。 最後に、最適な材料を選び、優れた設計に活かすための要点と一覧表をまとめます。

 

  • ステンレスの耐食性は表面の不動態皮膜によるもの
  • 金属組織によってオーステナイト、フェライト、マルテンサイト、二相、析出硬化の5系統に大別される
  • オーステナイト系は耐食性と加工性に優れる最も一般的な汎用材
  • フェライト系はニッケルを含まず経済的で磁性を持つ
  • マルテンサイト系は熱処理によってステンレス鋼の中で最高の硬度を発揮する
  • 二相系はオーステナイトとフェライトの長所を兼ね備え高強度と高耐食性を両立
  • 析出硬化系は特殊な熱処理で超高強度と良好な耐食性を実現し精密部品に最適
  • SUS304はあらゆる分野で使われる基準となる鋼種
  • SUS316はモリブデン添加により海水など厳しい環境での耐食性に優れる
  • SUS303は快削鋼とも呼ばれ切削加工の生産性を大幅に向上させる
  • SUS430はコストを抑えたい場合の有力な選択肢で家庭用品にも多用される
  • SUS440Cはベアリングや刃物など耐摩耗性が最重要となる特殊な用途で使われる
  • SUS630は熱処理による歪みが少なく高精度な高強度部品に適している
  • 切削、溶接、プレスといった加工方法によって最適な材料は異なる
  • 材料単価だけでなく加工費などを含めた総製造コストで判断することが大切

 

SUSステンレス鋼 種類別 特性一覧表

この記事で解説した代表的なステンレス鋼(SUS)の種類について、その特性を一覧表にまとめました。材料選定の際の比較検討にお役立てください。

JIS鋼種 系統 主な特徴 磁性 耐食性 強度・硬度 加工性 相対コスト
SUS304 オーステナイト系 最も汎用的。耐食性、加工性、コストのバランスが良い。 なし※ 切削:難
溶接:優
成形:優
標準
SUS316/316L オーステナイト系 Mo添加で耐孔食性が向上。海水や薬品に強い。 なし 特優 切削:難
溶接:優
成形:優
やや高
SUS303 オーステナイト系
(快削鋼)
S, P添加で切削性が極めて高い。 なし※ やや劣 切削:優
溶接:不可
成形:可
標準
SUS430 フェライト系 安価。耐応力腐食割れ性に優れる。 あり 切削:良
溶接:注意
成形:良
SUS410 マルテンサイト系 熱処理で硬化。高強度、耐摩耗性。 あり 切削:可
溶接:困難
成形:可
標準
SUS440C マルテンサイト系 ステンレス鋼で最高の硬度。耐摩耗性が極めて高い。 あり 最高 切削:難
溶接:困難
成形:難
SUS329J4L 二相系 高強度と高耐食性を両立。耐応力腐食割れ性に極めて優れる。 あり 特優 切削:難
溶接:注意
成形:可
SUS630 析出硬化系 高強度と良好な耐食性を両立。熱処理歪みが少ない。 あり 極高 切削:良
溶接:可
成形:良

※オーステナイト系は基本的には非磁性ですが、冷間加工によって組織が変化し、磁性を帯びることがあります。

 

以上です。