ここでは 「クレーンの強度基準」 についてのメモです。
機械設計の仕事で、天井クレーンに関わることがあり、 強度解析の結果 をどう判断するべきかを調べているうちに出会ったのが 労働安全衛生法やクレーン等安全規則でした。 ここではこれらについて調べ始めた内容をメモにまとめています。
私は、多くの設計者も疑問におもっているであろう 「設計計の基本となる安全率などの数値は、なぜその値なのか、背景にある法律との関係性がよく分からなかった」 事と、多くのウェブサイトでは、個別の安全係数や試験荷重について解説していますが、それらの情報がどの法律のどの部分に基づいているのか、全体像としてつながりにくいとずっと感じていました。
この記事では、クレーンの強度基準を定める法律の全体像がメインとなりますが、 多くの評価方法が存在する強度評価について、信頼性の高い一次情報を自分で検索・確認できるスキルを身につけること をゴールに設定し、纏めました。 是非参考にしてみてください。
クレーン強度基準の全体像と法的枠組み
クレーンの安全性を支える強度基準は、一つの法律だけで決まっているわけではない ようです。 ここでは、私が学んだ内容を元に、基本となる法律から具体的な技術要件まで、法律がどのような階層構造になっているのかを見ていきたいと思います。
労働安全衛生法が全ての法律の基本
まず最初に押さえるべきは、日本の職場における安全と健康を守るための最も基本的な法律、「労働安全衛生法」(安衛法)の存在です。 この法律の目的は、労働災害を未然に防ぐことであり、そのために事業者が何をすべきかの基本原則が定められています。
調べてみると、安衛法自体に「安全率は〇〇以上」といった具体的な設計数値が書かれているわけではありませんでした。 しかし、これから見ていく「クレーン等安全規則」のような、より専門的な規則を定めるための法的根拠を与える「親法」の役割を果たしていることが分かりました。 つまり、様々な安全基準は、すべてこの安衛法の理念から始まっているのです。
個別のルールを知る前に、まずこの大きな法律が土台にあると理解することが、全体像を掴む第一歩になりそうです。 その後、 設計するクレーンの種類 に応じた対策を講じていく という流れです。
具体的な規定を定めたクレーン等安全規則
労働安全衛生法という大きな枠組みの中で、クレーンや移動式クレーンといった特に危険性が高い機械に絞って、具体的なルールを定めているのが「クレーン等安全規則」(クレーン則)です。 これは厚生労働省が定める「省令」という位置づけで、法律と同じように守らなければならない効力を持っています。
このクレーン則は非常に体系的で、機械が作られてから設置され、実際に使われ、定期的に検査を受けて、最後は廃止されるまで、それぞれの段階で守るべきルールが細かく決められています。 私たち設計者が実務で直接関わるのは、主にこのクレーン則や、さらに詳細な技術基準になるようです。
このように、安衛法の下にクレーン則があるという階層を意識すると、複雑に見える法規制も少し整理しやすくなるのではないでしょうか。
事業者に課せられる安全確保の義務
法律を読み進めていくと、労働者の安全と健康を守る責任は、主に事業者(会社や個人事業主など、人を雇用する側)にあると定められていることが分かります。 事業者は、機械が原因で事故が起きないように、必要な対策を講じる義務を負っているのです。
たとえ 自分が事業者でなくても、この点は設計者として知っておくべきだと感じました。 なぜなら、私たちが設計する機械は、事業者がこの法的な義務を果たせるものでなければならないからです。 例えば、法律で定められた点検がしにくい構造だったり、安全装置を取り付けるスペースがなかったりすると、事業者は法律を守りたくても守れなくなってしまいます。
設計の段階から、実際に使う人の立場になって、安全義務を果たせるような配慮をすることが、設計者の大切な役割の一つなのです。
特定機械に適用される厳格な規制
クレーンと一言で言っても、全てのクレーンが同じ規制を受けるわけではないようです。 クレーン等安全規則では、特にリスクが高いと考えられる機械を「特定機械」と呼び、より厳しいルールを適用しています。
クレーンの場合、つり上げ荷重が3トン以上のものがこの「特定機械」にあたります(スタッカー式クレーンは1トン以上)。 これらの機械は、製造するのに許可が必要だったり、使う前に国の機関による「落成検査」に合格しなければならなかったりと、厳格な管理下に置かれます。
一方で、つり上げ荷重が0.5トン以上3トン未満のクレーンもクレーン則の対象ですが、手続きが少し簡略化されている部分もあります。 自分が設計するクレーンがどの区分に入るのかを最初に確認することが、その後の手続きをスムーズに進める上で重要になりそうです。
技術的根拠となるクレーン構造規格
クレーン等安全規則を調べていると、「厚生労働大臣が定める構造規格に適合するものでなければならない」という一文が出てきます。 この「構造規格」こそが、設計者にとっての技術的なバイブルとなる「クレーン構造規格」です。
これは法律や省令よりもさらに技術的な内容に踏み込んだもので、強度計算の具体的な考え方や、どんな材料を使うべきか、溶接はどう行うかなど、設計の実務に直結する詳細な基準が定められています。
クレーン則が「何をすべきか」という目標を示し、クレーン構造規格が「どうやってそれを達成するか」という具体的な方法を示している、という関係だと理解しました。 私たち機械設計者が強度計算などを行う際は、このクレーン構造規格を深く読み込む必要がありそうです。
設計で遵守すべき具体的な強度基準
法的な全体像が見えてきたところで、次は設計で直接使うことになる具体的な数値や技術基準について、 強度計算の考え方から、材料の選び方、そして設計が正しいかを確かめるための試験まで、設計者が必ず知っておくべきポイントを調べてみました。
許容応力を用いた強度計算の原則
クレーン構造規格で定められている強度計算の基本は、「許容応力設計法」という考え方でした。 これは、機械の部材に力がかかったときに内部で発生する抵抗力(応力)が、あらかじめ決められた安全な範囲(許容応力)を超えないように設計する、という手法です。
この許容応力は、材料が壊れるギリギリの強さ(降伏点や引張強さ)に、安全のための余裕(安全率)を見込んで、それよりも低い値に設定されています。 こうすることで、もし想定外の力がかかっても、すぐに壊れてしまうことがないようにしています。 今回のクレーン強度基準以外でも、私たち設計者が 一般的に利用する安全率 もこの降伏点や引張強さに対する表田となっています。
実際の計算では、機械の重さや荷物の重さだけでなく、荷物を持ち上げる際の衝撃や、屋外であれば風の力なども考慮する必要があります。 これらの力が複合的にかかる最も厳しい条件を想定して、それでも応力が許容値に収まることを示すことが、設計者に求められています。
材料選定の拠り所となるJIS規格
クレーンの強度を保証するためには、当然ながら、使われる材料の品質がしっかりしていることが大前提になります。 そのため、クレーン構造規格では、構造部分に使う鋼材は、原則として「日本産業規格(JIS)」に適合したもの、またはそれと同等以上の品質を持つものでなければならない、と定められています。
JIS規格品を使うことで、材料の成分や強さが保証されるため、信頼性の高い強度計算ができるというわけです。 実務でよく使われるJIS規格には、以下のようなものがあります。これを一覧にまとめてみました。
表:クレーン構造用鋼材に関する主要JIS規格
JIS規格 | 名称 | 主な用途と代表的な鋼材種別 |
JIS G 3101 | 一般構造用圧延鋼材 | 一般的な構造部材、フレーム、プレート (SS400など) |
JIS G 3106 | 溶接構造用圧延鋼材 | 高い溶接性が要求される主要構造部材 (SM400, SM490など) |
JIS G 3128 | 溶接構造用高降伏点鋼板 | 軽量化が重要な高応力部 (SHY685など) |
JIS G 3444 | 一般構造用炭素鋼鋼管 | 管状構造部材、ブーム、ジブ (STK400, STK490など) |
JIS G 3466 | 一般構造用角形鋼管 | 角形断面の構造部材、フレーム (STKR400, STKR490など) |
私たち設計者であればクレーンに限らずJIS規格の鋼材を扱うのでなじみのある存在ですが、これらの規格の中から、設計するクレーンの部位ごとに求められる強度や特性に合わせて、最適な材料を選んでいくことになります。
玉掛け用具に求められる安全係数
玉掛け用具とは、荷物をクレーンのフックに掛けるためのワイヤロープやチェーン、フックなどのことです。 これらは直接荷物を支え、繰り返し使われることで摩耗もするため、特に高い安全性が求められます。
クレーン等安全規則では、これらの玉掛け用具に対して、守るべき最低限の「安全係数」がはっきりと数値で定められていました。 安全係数とは、その部材が切れるときの荷重を、実際に使うときにかかる最大の荷重で割った値です。この数字が大きいほど、安全に余裕があることを示します。
表:クレーン等安全規則における主要な最小安全係数
構成部品 | 最小安全係数 | 法的根拠 (クレーン則) |
玉掛け用ワイヤロープ | 6 | 第213条 |
玉掛け用フック・シャックル | 5 | 第214条 |
玉掛け用つりチェーン | 4 または 5 (種類による) | 第213条の2 |
移動式クレーンの安定度 | 1.27 (転倒荷重 / 定格荷重) | 第69条 |
例えば、ワイヤロープの安全係数が「6以上」というのは、かかる力の6倍以上の力で切れる強度が必要だ、ということです。 消耗品である玉掛け用具は、使っているうちに強度が落ちることも考えて、クレーンの本体構造よりも厳しい基準になっている点が興味深い と感じました。
設計の前提となる定格荷重の定義
定格荷重とは、そのクレーンが安全に吊り上げることができる最大の重さ(質量)のことです。 この重さには、フックやバケットといった吊り具自体の重さも含まれます。
設計を行う上での全ての強度計算や安全基準は、この定格荷重がベースになります。 クレーン則にも「定格荷重をこえる荷重をかけて使用してはならない」と明確に書かれており、設計値を超える使い方をすることは禁止されています。
したがって、設計を始める際には、まずこのクレーンの定格荷重をいくつにするかを決め、その値に基づいて各部品の強度計算や選定を進めていく必要があります。 また、実際に使う人が定格荷重をいつでも確認できるよう、見やすい場所に表示することも義務付けられています。
設置時に必須となる荷重試験
計算の上では安全だと証明できても、実際に作られたものが本当にその強度を持っているかを確認する「試験」も義務付けられています。 これが荷重試験です。
特に、新しくクレーンを設置して使い始める前に行う「落成検査」では、かなり厳しい条件での試験が求められることが分かりました。 クレーンのライフサイクルの中で行われる主な荷重試験を、表にまとめてみました。
表:クレーンの主要な荷重試験要件
検査種別 | 時期 | 要求される試験荷重 | 目的 |
落成検査 | 初回使用前 | 定格荷重の1.25倍 | 新規機械の構造的健全性の認証 |
安定度試験 | 初回使用前 (移動式クレーン等) | 定格荷重の1.27倍 | 転倒に対する安定性の認証 |
性能検査 | 定期的 (例: 2年毎) | 定格荷重の1.0倍 | 継続的な安全運転の検証 |
簡易リフト設置時 | 設置時 | 積載荷重の1.2倍 | 新規機械の構造的健全性の認証 |
例えば、落成検査では定格荷重の1.25倍の荷物を吊って、各動作を問題なく行えるかを確認します。 定格荷重10トンのクレーンなら、12.5トンの荷物を吊るわけです。 これらの試験は、私たちの設計計算が正しかったことの最終確認の場となります。 設計段階から、この試験に合格できるだけの強度と安定性を確保しておくことが大切なのですね。
強度基準の維持管理と情報収集
安全なクレーンを設計して終わり、というわけにはいかないようです。 作られた後も、その安全性を維持していくためのルールが法律で定められています。 また、法律や技術規格は変わることもあるため、常に新しい情報を手に入れる方法を知っておくことも重要だと感じました。 ここでは、運用段階での検査と、信頼できる情報の探し方について、私が調べたことを共有します。
事業者が行うべき定期自主検査
クレーンは、設置後も安全な状態を保つために、定期的な検査が義務付けられています。 この検査を行う責任は、そのクレーンを使っている事業者にあります。
クレーン等安全規則で定められている、事業者が自分で行う検査には、主に次の2つがありました。
- 月例自主検査(月次点検)
1ヶ月に1回以上、ブレーキや安全装置などが正常に機能するかを確認する検査です。 - 年次自主検査(年次点検)
1年に1回以上、より詳しい項目について検査を行います。こちらでは、構造部分の傷や変形、ワイヤロープの状態など、強度に関わる部分もチェックします。また、年次検査では定格荷重と同じ重さの荷物を吊る荷重試験も行われます。
これらの検査結果は、3年間記録して保存する義務もあるそうです。 設計者としては、こうした検査がしやすいように点検口を設けるなど、メンテナンス性まで考えた設計を心がけることが、本当の意味での安全設計につながるのかもしれません。(個人的には長期運用による摩耗によって隙間が過大になり落下リスクが上がることも考慮するべきだと思います。これは強度以前の問題です)
e-Govで最新の法令を確認する方法
法律や省令は、時代に合わせて改正されることがあります。古い情報のまま設計してしまうと、気づかないうちに法令違反になってしまうかもしれません。そこで、常に最新の条文を確認する方法を知っておくことが不可欠です。
私が調べてみて最も信頼できると感じたのは、政府が運営する「e-Gov法令検索」というウェブサイトです。
e-Govの利用方法
このサイトでは、「労働安全衛生法」や「クレーン等安全規則」と検索するだけで、現行の法律の条文を誰でも無料で見ることができます。 改正の履歴も追えるので、いつ、どこが変わったのかも確認できて便利です。
ネット上の解説記事は分かりやすいですが、設計の最終的な根拠にするのは、必ずこのe-Govで確認した一次情報にすべきだと学びました。
厚生労働省が公開する関連情報
クレーンの安全規制を担当しているのは厚生労働省です。したがって、厚生労働省のウェブサイトも、とても重要な情報源になります。
特に、「クレーン構造規格」のような技術的な基準(告示)や、法律の解釈を示した「通達」という文書は、厚生労働省のサイトで公開されています。 これらは、法律の条文だけでは分かりにくい細かな技術要件や、行政の公式な考え方を示してくれるので、実務で迷ったときの大きな助けになりそうです。
労働災害の統計や法改正の案内なども掲載されているので、定期的にチェックする習慣をつけると、業界の動向にも詳しくなれそうです。
日本クレーン協会の活用メリット
国が発信する情報に加えて、業界団体が提供する情報を活用することも、理解を深める上で非常に役立つと感じました。 クレーンの分野では、「一般社団法人 日本クレーン協会(JCA)」がその中心的な存在のようです。
日本クレーン協会は、クレーンの安全に関する教育や、技術的な調査研究などを行っている専門機関です。 協会のウェブサイトや出版物からは、次のような貴重な情報を得ることができます。
- 法令の解説書: 難しい法律の条文を、図や事例を交えて分かりやすく解説してくれます。
- 事故事例の分析: 実際に起きた事故の原因を分析し、どうすれば防げたかを学ぶことができます。
- 技術資料: 強度計算の方法など、より専門的な技術情報が手に入ります。
これらの情報は、法律の条文を読むだけでは得られない、実践的な知識を与えてくれます。公的な情報源と合わせて活用することで、より深く、多角的に強度基準を理解できると感じました。
表:クレーンの安全と基準に関する権威ある情報源
情報の種類 | 権威ある情報源 | ウェブサイト/検索ポータル | 主な内容 |
法律・省令 | 日本国政府 | e-Gov法令検索 | 安衛法、クレーン則の最新かつ完全な条文 |
技術基準 (構造規格・告示) | 厚生労働省 (MHLW) | mhlw.go.jp | クレーン構造規格、公式解釈 |
産業規格 (日本産業規格) | 日本規格協会 (JSA) | jsa.or.jp / kikakurui.com | JIS規格 (JIS B 8821等) の詳細 |
業界ガイダンス・研修 | 一般社団法人日本クレーン協会 (JCA) | cranenet.or.jp | 法令解説、ベストプラクティス、事故事例 |
まとめ:最適な強度基準で安全設計を
今回、クレーンの強度基準について調べてみて、断片的な知識ではなく、法律の全体像から具体的な数値までを体系的に理解することの大切さを実感しました。 安全なクレーンを設計するためには、これらの知識を一つ一つ着実に身につけていくことが必要不可欠です。
最後に、今回一緒に学んできた重要なポイントを、私の備忘録も兼ねてまとめておきます。
- 全ての基本は労働安全衛生法にある
- 具体的な規則はクレーン等安全規則で定められている
- 法的責任の主体は事業者である
- つり上げ荷重3トン以上は規制が厳しい特定機械に該当する
- 技術的な詳細はクレーン構造規格で規定される
- 強度計算は許容応力設計法が基本となる
- 構造材料は原則としてJIS規格品を使用する
- 玉掛け用ワイヤロープの安全係数は6以上と定められている
- フックやシャックルの安全係数は5以上が必要
- 設計の全ての基準は定格荷重から始まる
- 新規設置時の落成検査では定格荷重の1.25倍で試験を行う
- 移動式クレーンの安定度試験は定格荷重の1.27倍で実施する
- 事業者は年次・月次の定期自主検査を行う義務がある
- 法令の最新情報はe-Gov法令検索で必ず確認する
- 厚生労働省や日本クレーン協会の情報も積極的に活用する
以上です。