クリーンルーム向け自動機設計の基本

2025年10月16日

 

ここでは 「クリーンルーム向けの自動機設計の基本要素」についてのメモをしています。

 

初めてクリーンルーム向けの自動機設計を担当する際、「一体何から手をつければ良いのか」「どの部品を選べば正解なのか」と、膨大な情報の前で途方に暮れる方も多いかと思います。

 

多くの情報サイトでは、クリーンルームの基本的な4原則や、ステンレスを使うべきといった断片的な情報は得られますが、それらの情報が実際の設計プロセスでどのように結びつくのか、例えば、なぜその材料を選ぶのか、特定の構造が気流にどう影響するのか、そして数あるクリーン対応部品の中から何を基準に選べば良いのか、といった実践的な知識まで踏み込んで解説している情報は少ないのが現状です。 また、「慣れ」も必要で、私自身こういった厳しい設計はしないので、都度悩みながら設計をしているのが実際のところです。

 

この記事では、そのような過去の私と同じ悩みを持つ機械設計者の方に向けて、単なる知識の羅列ではなく、最適な学習フローで理解を深められるように構成しました。 まず設計の土台となる汚染管理の4原則から始め、具体的な材料や構造、部品の選定方法へと進み、最終的には静電気やアウトガスといった見落としがちな特有の課題への実践的な対策まで、一気通貫で解説します。

 

他のサイトでは不足しがちな「なぜそうするのか」という理由や、設計判断の背景までを丁寧に紐解いていくことで、読者が自信を持ってクリーンルームの機械設計に臨めるようになることを目指します。

Contents
  1. クリーンルーム機械設計で最初に学ぶべき基本原則
  2. クリーンルーム機械設計における材料と構造の最適化
  3. クリーンルーム機械設計の性能を決める主要部品
  4. クリーンルーム機械設計で必須のシステムレベル対策
  5. クリーンルーム機械設計の品質を高める総合的視点

クリーンルーム機械設計で最初に学ぶべき基本原則

クリーンルームでの機械設計を始めるにあたり、まず理解すべきは、その環境を成り立たせている基本的な考え方です。 ここでは、設計の土台となる清浄度の概念から、汚染を管理するための普遍的な原則まで、設計者が最初に押さえるべき知識をメモします。

 

要求仕様の核となる清浄度クラス

クリーンルームの機械設計において、全ての仕様の出発点となるのが「清浄度クラス」です。 これは、空間の清浄度を定量的に示す指標であり、設計の厳格さを決定づけます。

 

清浄度クラスの見方

清浄度クラスとは、一定の体積の空気中に、規定サイズ以上の粒子がいくつ存在するかを定めた規格です。

 

最も重要な点は、クラスの数字が小さいほど、空気1m³あたりに含まれる粒子の数が少なく、より清浄度が高い(クリーンである)ことを意味します。  例えば、ISOクラス5はISOクラス7よりも100倍クリーンな環境です。  この規格は対数スケールに近いため、クラスが1つ下がるごとに要求される清浄度は格段に厳しくなります。

 

現在、国際的にはISO 14644-1が標準規格として用いられています。  一方で、日本では長年使われてきた米国連邦規格(FED-STD-209E)も慣例的に「クラス100」のように呼称されることがあります。  これは2001年に廃止された古い規格ですが、現場では今なお使われることがあるため、両者の関係性を理解しておくことが大切です。  設計に着手する前に、顧客から要求される清浄度がどちらの規格のどのクラスなのかを正確に把握することが不可欠です。

 

この清浄度クラスの違いは、使用できる材料、部品の仕様、表面処理の方法、そして最終的なコストにまで直接的な影響を及ぼします。  したがって、要求される清浄度クラスは、設計者が最初に確認すべき最も重要な仕様情報と言えます。

 

表1:ISO 14644-1と旧米国連邦規格 FED-STD-209Eのクラス対応表

ISO 14644-1 清浄度クラス 1 m3 あたりの上限粒子濃度(個) 旧米国連邦規格 FED-STD-209E (参考) 主な適用分野・工程例
ISO クラス 1 ≥0.1μm: 10 - 最先端半導体製造(研究レベル)
ISO クラス 2 ≥0.1μm: 100 -
ISO クラス 3 ≥0.1μm: 1,000 クラス 1 半導体製造(基板工程、リソグラフィ)
ISO クラス 4 ≥0.1μm: 10,000 クラス 10 半導体製造(エッチング、成膜)
ISO クラス 5 ≥0.1μm: 100,000, ≥0.5μm: 3,520 クラス 100 半導体後工程、細胞培養、無菌医薬品製造
ISO クラス 6 ≥0.5μm: 35,200 クラス 1,000 電子部品・光学機械組立、無菌室
ISO クラス 7 ≥0.5μm: 352,000 クラス 10,000 精密機器組立、医薬品・食品製造
ISO クラス 8 ≥0.5μm: 3,520,000 クラス 100,000 一般的な医薬品・食品製造、手術室

出典:クリーンルームの定義と正しい運用方法 及び 清浄度クラスの意味と規格  に基づき作成

 

清浄度を左右する気流の重要性

クリーンルームの清浄度は、高性能なフィルターだけでなく、室内の「気流」によって維持されています。機械設計者は、自らが設計する機械を、この気流をコントロールするシステムの一部として捉える必要があります。

 

気流はどこから供給されるのか?

この重要な気流は、機械設計者が個別に用意するものではなく、クリーンルームという「施設」に備わっている大規模な空調システム(HVACシステム)によって生成・管理されています。

 

このシステムは、天井に設置された多数のファンフィルターユニット(FFU)や、建屋に設置された大型の空調機(AHU)を用いて、外部の空気を取り込み、HEPAフィルターやULPAフィルターといった高性能フィルターで塵埃を除去した清浄な空気を、絶えず室内に供給し続けています。

 

したがって、機械設計者に求められる役割は、新たな気流を発生させることではなく、この施設側のシステムが生み出す気流を「妨げず、最大限に活用する」ことです。  機械の形状や配置がこの気流を乱してしまうと、せっかくの清浄な空気が製品に届かず、局所的に汚染されたエリアを生み出す原因となってしまいます。

 

 

気流の方式

クリーンルームの気流方式は、主に「一方向流(層流)」と「非一方向流(乱流)」の2種類に大別されます。

 

  • 一方向流(ダウンフロー) :主にISOクラス5以上の高い清浄度が求められる環境で採用される方式です。  天井に設置されたフィルターから清浄な空気が床に向かって一様に流れ、室内で発生した粒子を押し流して排出します。この環境では、機械の形状が気流を乱さないことが極めて大切です。機械の形状によっては、周囲に渦やよどみが発生し、そこが汚染の温床となってしまうからです。
  • 非一方向流(乱流) :比較的厳格さの低いISOクラス6以上の環境で用いられます。  天井の吹出口から供給された清浄空気が室内の空気と混ざり合うことで汚染物質を薄め、壁面下部などから排出する方式です。この方式では機械形状の自由度はやや高まりますが、それでも機械の周囲に気流が滞留する「デッドスペース」を作らないような配慮が求められます。

 

このように、機械の形状やレイアウトは、単なる意匠の問題ではなく、クリーンルーム全体の性能を左右する空力的な要素となります。

 

 

汚染管理の4原則とは?

クリーンルームにおける全ての活動は、汚染を管理するための4つの基本原則に基づいています。   この原則は、機械設計においても全ての判断の指針となるべきものです。

  1. 持ち込まない:汚染物質を外部からクリーンルーム内に持ち込まない。
  2. 発生させない:クリーンルーム内で新たな汚染物質を発生させない。
  3. 堆積させない:発生した汚染物質を表面に溜めない。
  4. 排除する:溜まってしまった、あるいは発生した汚染物質を速やかに取り除く。

これらの原則は、単に並列な関係ではありません。  設計においては、「発生させない」ことと「堆積させない」ことを最優先に考えるべきです。  なぜなら、汚染の発生源を根本から断ち、粒子が溜まりにくい構造にすることで、高価で複雑な「排除」システムへの依存度を大幅に下げることができるからです。  この「予防は治療に勝る」という考え方が、信頼性が高く、本質的にクリーンな機械を実現する鍵となります。

 

 

発塵させないための設計思想

汚染管理の4原則の中でも、機械設計者が最も注力すべきなのが「発生させない」という原則です。  機械自身の動作が汚染源となっては、クリーンルームの意味がありません。
機械における主な発塵源は、部品同士が接触し、こすれ合う「摺動部」です。  具体的には、ベアリング、ギア、ベルト、ケーブルキャリア、エアシリンダのシール部などが挙げられます。  これらの部品が動くたびに、目に見えない摩耗粉が発生し、周囲に飛散する可能性があります。

 

したがって、クリーンルーム向けの機械設計では、いかにして摩擦や摩耗を最小限に抑えるか、あるいは構造的に排除するかが中心的な課題となります。  例えば、ベルト駆動をモーター直結のダイレクトドライブに変更する、接触式のガイドを非接触式のものに置き換える、といったアプローチが考えられます。  この「低発塵」という思想は、後述する部品選定の章でさらに詳しく解説します。

 

 

粒子を堆積させないための形状の工夫

どれだけ発塵を抑制しても、空気中にはある程度の粒子が存在します。  次の重要な原則は、これらの粒子を機械の表面に「堆積させない」ことです。

 

粒子が堆積しやすい場所には、共通した形状的な特徴があります。  それは、水平な面、鋭角な内隅、部品間のわずかな隙間、露出したボルトのねじ山などです。  これらの箇所は、気流がよどみやすく、一度付着した粒子が再飛散しにくいため、汚染の溜まり場となってしまいます。

 

この問題への対策は、設計段階での形状の工夫によって行います。 具体的には、以下のような設計を心がけることが有効です。

  • 水平面をなくす:天板などの広い面には、粒子が滑り落ちるようにわずかな傾斜をつけます。
  • 角を丸める:部品同士が交わる内隅は、R形状(丸み)を持たせることで、拭き掃除がしやすくなり、粒子の堆積を防ぎます。
  • 隙間をなくす:パネルの接合部などは、重ね合わせるのではなく、連続溶接して滑らかに仕上げるのが理想です。

これらの工夫は、機械を清掃しやすくする「洗浄性」の向上にも直結し、長期的にクリーンな状態を維持するために不可欠な要素となります。

 

 

クリーンルーム機械設計における材料と構造の最適化

基本原則を理解した上で、次はその原則を具体的な形にするための材料選定と構造設計について考えます。  ここでは、機械の骨格となるフレームや筐体(きょうたい)の設計に焦点を当て、どのような材料を選び、どのように組み立てるべきかを解説します。

 

基本となるステンレス材の選び方

クリーンルームで使用される機械のフレームや外装カバーには、発塵が少なく、耐食性に優れた材料が求められます。その代表格がステンレスです。

 

一般的に多く使用されるのは「SUS304」ですが、より高い耐食性が求められる場合や、薬品を使用する環境、あるいは海外向けの装置では「SUS316」が指定されることもあります。  また、摺動部など金属同士の接触が避けられない箇所では、自己潤滑性を持ち、低発塵・低アウトガス性に優れる高性能ポリマー「PEEK」が採用されることもあります。

材料 主要特性 代表的な応用例 設計上の注意点
ステンレス鋼 (SUS304) 良好な耐食性、加工性、コストバランス フレーム、構造部材、非接触カバー 塩化物環境では腐食の可能性。BCR用途ではより高いグレードが望ましい。
ステンレス鋼 (SUS316) 優れた耐食性(特に塩化物に対して) 薬品に接触する部品、高湿度環境、海外向け装置 SUS304より高価で、加工性が若干劣る。
電解研磨ステンレス鋼 極めて平滑な表面、粒子付着防止、洗浄性向上、耐食性向上 製品に近接する部品、真空チャンバー内壁、高清浄度要求箇所 追加の加工工程であり、コストが増加する。鋭利な角は研磨効果が低下する。
陽極酸化アルミニウム 軽量、良好な表面硬度、着色可能 カバー、パネル、ブラケット(構造部材以外) 摺動部には不向き(摩耗粉発生)。未封孔処理の場合、汚染物質を吸着する可能性。
PEEK樹脂 低発塵、低アウトガス、耐薬品性、自己潤滑性 摺動部品、ベアリング、ギア、真空環境用部品 金属に比べると剛性や強度は低い。高価。

出典::電解研磨とは?仕組み・メリット・用途 及び PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)とは? に基づき作成

 

 

電解研磨で表面を平滑化する理由

ステンレスの表面は、一見すると滑らかに見えますが、ミクロの視点で見ると微細な凹凸が存在します。 この凹凸は、粒子が引っ掛かり、付着する足がかりとなってしまいます。この問題を解決するための表面処理が「電解研磨」です。

 

電解研磨は、電気化学的な作用を利用してステンレスの表面を溶解させ、ミクロレベルで平滑化する技術です。  この処理により、表面の凹凸がなくなるため、以下のようなメリットが得られます。

 

  • パーティクル(微粒子)の付着防止:表面が滑らかになることで、粒子が付着しにくくなります。
  • 洗浄性の向上:汚れが落ちやすくなり、清掃作業の効率が上がります。
  • 耐食性の向上:表面に強固な不動態皮膜が再形成され、ステンレス本来の耐食性がさらに高まります。

 

特に製品に近接する部品や、高い清浄度が要求されるエリアの部品には、電解研磨が標準的な仕様として求められることが多いです。  ただし、追加の加工工程であるためコストが増加する点や、鋭利な角の部分は研磨効果が低下しやすい点には注意が必要です。

 

 

食品業界に学ぶサニタリー設計

クリーンルーム、特に工業用(ICR)の機械設計において、非常に参考になるのが食品や医薬品業界(BCR)で培われてきた「サニタリー設計」という考え方です。

 

サニタリー設計の目的は、細菌の繁殖につながる汚れの蓄積を防ぎ、簡単かつ完全に洗浄・殺菌できるようにすることです。  この思想は、粒子の堆積を防ぐというクリーンルームの目的と多くの点で共通しています。

 

サニタリー設計の主なポイントは以下の通りです。

  • 隙間やデッドスペースの排除:汚れが溜まる可能性のあるわずかな隙間や、洗浄が困難な行き止まりの空間(デッドスペース)を構造的に作りません。
  • 滑らかで連続的な表面:部品の接合部は連続溶接し、滑らかに研磨します。パネルの重ね合わせのような隙間を生む構造は避けるべきです。
  • 清掃しやすい形状:内部の角は丸みを帯びさせ、大きな平面には水や粒子が自然に流れ落ちるように傾斜を設けます。

これらのサニタリー設計の原則を自動組立機の設計に取り入れることで、粒子の堆積を根本から防ぎ、メンテナンス性に優れたクリーンな機械を実現できます。

 

 

粒子を溜めない締結部品の選定

機械の組み立てに不可欠なボルトやナットといった締結部品も、設計次第では粒子の溜まり場になってしまいます。  特に、露出したボルトのねじ山は、凹凸が多く、一度入り込んだ粒子を取り除くのが困難です。

 

この問題を防ぐためには、締結部品の選定と設計に工夫が求められます。

 

  • 滑らかな頭部形状の採用:一般的な六角ボルトではなく、頭部が滑らかなドーム形状のねじや、六角穴が内部にあるキャップボルトを使用することで、外部の凹凸を減らすことができます。
  • 袋ナットの使用:ボルトの先端が突き出る箇所には、ねじ山を完全に覆うことができる袋ナット(キャップナット)を使用するのが効果的です。
  • ねじ山を隠す設計:可能であれば、ねじ山が筐体の内部に隠れるように設計し、外部に露出させない工夫も考えられます。

 

小さな部品ですが、機械全体で見ればその数は膨大になります。  一つ一つの締結方法に配慮することが、機械全体の清浄度を向上させる上で重要なポイントとなります。

 

 

装置レイアウトと気流の適合性

前述の通り、クリーンルーム内の気流は清浄度を維持するための生命線です。  そのため、機械単体の設計だけでなく、部屋全体の気流を考慮した装置のレイアウトが極めて重要になります。

 

特に、清浄な空気が天井から床へ流れるダウンフロー方式のクリーンルームでは、気流の「上流」と「下流」を意識した配置が基本です。

 

  • 上流側:最も清浄度が求められる製品の搬送エリアや加工エリアを配置します。
  • 下流側:モーターやアクチュエータ、制御盤など、わずかでも発塵や発熱の可能性がある部品は、製品エリアよりも気流の下流側、あるいは低い位置に配置 します。

 

もし発塵源を製品の上流に配置してしまうと、そこで発生した粒子が清浄な気流に乗って製品に直接降りかかってしまいます。  また、装置の形状が気流を大きく妨げる場合、その下流側に乱流が発生し、周囲の粒子を巻き上げて製品を汚染する「クロスコンタミネーション」の原因にもなりかねません。

 

したがって、装置のレイアウト設計は、単なるスペースの配置計画ではなく、クリーンルーム全体の空調システムと連携した流体力学的な最適化作業であると認識する必要があります。

 

 

クリーンルーム機械設計の性能を決める主要部品

機械の基本構造が決まったら、次は動きを生み出す主要な部品の選定です。  クリーンルーム環境では、これらの可動部品こそが最大の発塵源となり得るため、その選定は機械全体の性能を決定づける最も重要なプロセスと言えます。

 

低発塵なリニアガイドの採用

リニアガイドは、直線運動を案内するための基本的な機械要素ですが、ボールが転がる構造上、わずかな摩耗粉や潤滑剤の飛散が避けられません。  そのため、クリーンルーム用途では特別な仕様の製品を選定する必要があります。

 

クリーンルーム対応のリニアガイドには、以下のような特徴があります。

 

  • 材質:レールやブロック、内部のボールには、錆による汚染を防ぐため、耐食性に優れたステンレス鋼が使用されます。
  • シール:ブロックの両端には、内部からのグリース漏れや外部からの異物侵入を防ぐためのシールが装着されています。 クリーンルーム向けには、摺動抵抗と発塵を抑えた特殊な低摩擦シールが採用されます。
  • 自己潤滑:ブロック内部に潤滑油を含んだ樹脂部品(例:NSKのK1潤滑ユニット)を組み込み、長期間にわたって潤滑性能を維持し、グリースの飛散を最小限に抑える機能を持つ製品もあります。

 

これらの仕様は、メーカーや製品シリーズによって異なります。カタログの仕様を十分に確認し、要求される清浄度クラスに適した製品を選定することが大切です。

 

 

ボールねじと潤滑のポイント

回転運動を直線運動に変換するボールねじも、リニアガイドと同様に発塵源となりやすい部品です。選定にあたっては、潤滑方法が重要なポイントになります。

 

ボールねじからの発塵を抑えるためには、適切な潤滑剤(グリース)を選定し、それが飛散しないように管理することが求められます。  一般的なグリースは、高速で運転すると遠心力で飛散し、周囲を汚染する原因となります。

 

この対策として、クリーンルーム用途では、飛散しにくい性質を持つ専用の「低発塵グリース」の使用が必須です。  また、ボールねじのナット部分に、リニアガイドと同様の自己潤滑ユニットを組み込むことで、グリースの飛散を抑制し、メンテナンス間隔を延長することも可能です。

 

さらに、より高い清浄度が求められる場合には、ナットの内部で発生した摩耗粉を外部に排出させないよう、吸引ポートを備えたボールねじやアクチュエータを選定することも有効な手段となります。

 

 

必須となる低発塵グリースの知識

クリーンルームで使用する機械の摺動部には、専用の「低発塵グリース」を使用することが絶対条件です。 これは、潤滑性能だけでなく、発塵量が極めて少なくなるように特別に設計されたグリースです。

 

低発塵グリースは、主に以下の要素で構成されています。

 

  • 基油:蒸発しにくく、アウトガス(後述)の発生が少ない合成油がベースとなります。
  • 増ちょう剤:グリースに粘性を持たせる成分で、金属粉を含まないウレア系などが用いられます。
  • 添加剤:潤滑性能や耐荷重性を向上させるための成分です。

 

各グリースメーカーから様々な特性を持つ製品が販売されており、用途に応じて最適なものを選択する必要があります。

製品名 (メーカー) 基油 増ちょう剤 ちょう度 (NLGI) 使用温度範囲 (°C) 主要な特徴
AFF (THK) 高級合成油 リチウム系 1 -40~120 安定した転がり抵抗、耐フレッチング性
AFE-CA (THK) 高級合成油 ウレア系 1 -40~180 最も低発塵。金属元素を含まず半導体分野に最適
LG2 (NSK) 鉱油 + 合成炭化水素油 リチウム系 2 -20~70 低発塵、耐摩耗性、防錆性に優れる
ET-100K (協同油脂) エーテル系合成油 芳香族ジウレア 1 -40~200 耐熱・酸化安定性、飛散・漏洩が少ない
L100 (THK) 高級合成油 リチウムコンプレックス系 1 -40~150 従来の低発塵グリースにない高い極圧性

不適切なグリースを選んでしまうと、それ自体が製品汚染の直接的な原因となるため、慎重な選定が求められます。

 

 

発塵源を断つベルトレス構造

機械の動力伝達に広く使われるタイミングベルトとプーリーは、屈曲と摩擦を繰り返すため、ゴムや樹脂の摩耗粉が発生しやすい代表的な発塵源です。  そのため、クリーンルーム向けの機械設計では、可能な限りベルト駆動を避ける「ベルトレス構造」を目指すことが一つの理想形 とされています。

 

ベルトレス構造を実現するための具体的な方法はいくつかあります。

  • ダイレクトドライブモーター:減速機などを介さず、モーターの回転を直接、駆動対象に連結する方法です。伝達部品がないため、摩耗による発塵が原理的に発生しません。
  • リニアモーター:回転運動を直線運動に変換する機構(ボールねじなど)自体をなくし、モーターが直接直線的に推力を発生させる方式です。機械的な接触部分が非常に少なく、高速かつクリーンな駆動が可能です。
  • 直結型ギアボックス:モーターと駆動軸を、ベルトを介さずに精密なギアボックスで直結する方法です。

 

これらの方法は、ベルト駆動に比べてコストが高くなる傾向がありますが、発塵リスクを根本から排除できるという大きなメリットがあります。  高い清浄度が要求される用途では、積極的に採用を検討すべき設計思想です。

 

 

クリーン仕様アクチュエータの選び方

シリンダやスライダといった電動アクチュエータは、内部にボールねじやリニアガイドを組み込んだ複合部品であり、それ自体が発塵源となります。  そのため、各メーカーからクリーンルームに対応した専用のアクチュエータが提供 されています。

 

クリーン仕様のアクチュエータには、発塵を抑制するための様々な工夫が凝らされています。

  • 密閉構造:内部の摺動部をステンレス製のカバーやシートで覆い、発生した粒子が外部に漏れ出すのを防ぎます。
  • 低発塵部品の採用:内部のガイドやボールねじ、潤滑グリースには、前述したような低発塵仕様のものが標準で採用されています。
  • 吸引ポートの設置:これが最も重要な機能の一つです。  アクチュエータ内部の空気を外部から吸引(バキューム)するためのポートが設けられています。  ここに真空ポンプなどを接続し、内部を負圧に保つことで、内部で発生した摩耗粉を隙間から漏れ出さずに、吸引ポート経由で能動的に排出することができます。

 

特に高い清浄度が求められる環境では、この吸引ポート付きのアクチュエータを選定し、適切に排気システムを構築することが不可欠です。

 

 

クリーンルーム機械設計で必須のシステムレベル対策

個々の部品をクリーン仕様にしただけでは、機械全体の清浄度を保証することはできません。  空圧の排気、ケーブルの配線、装置の熱対策といったシステム全体に関わる部分にも、クリーンルーム特有の配慮が求められます。  ここでは、見落としがちなシステムレベルでの設計ポイント を解説します。

 

排気処理が重要な空圧機器

エアシリンダなどの空圧機器は、駆動源として圧縮空気を使用しますが、その排気には注意が必要です。  なぜなら、コンプレッサーから供給される空気には微量のオイルミストが含まれていたり、シリンダ内部のシール材の摩耗粉が混入したりする可能性があるからです。

 

この汚れた排気をそのままクリーンルーム内に放出することは許されません。  一般的な対策として、排気ポートにサイレンサー(消音器)を取り付けますが、これだけでは不十分です。  クリーンルーム用途では、排気を清浄化するための専用フィルターを取り付ける必要があります。 その専用フィルターこそが、次にご紹介する「クリーン排気フィルター」や「エキゾーストクリーナー」と呼ばれる製品です。

 

 

クリーン排気フィルターの活用

これらの製品は、内部に中空糸膜などの高性能なフィルターを備えており、オイルミストや0.01μmといった微細な粒子を99.99%以上という高い効率で捕捉します。  これをバルブやシリンダの排気ポートに取り付けることで、清浄化された空気を安全にクリーンルーム内に直接排出できます。  これにより、クリーンルームの外まで大規模な排気配管を敷設する必要がなくなり、設計を大幅に簡素化できるという大きなメリットがあります。

 

ただし、フィルターは使用に伴い目詰まりを起こし、排気抵抗が増大してシリンダの動作速度が低下する可能性があります。  そのため、定期的なフィルター交換を前提としたメンテナンス計画を設計に盛り込むことが重要です。

 

 

摩耗しにくいケーブルキャリアの選定

機械の可動部に電線やエアチューブを配線する際に使用されるケーブルキャリア(ケーブルベア)も、大きな発塵源となり得ます。一般的なプラスチック製のケーブルキャリアは、リンク同士がこすれ合うことで摩耗粉を発生させます。この対策として、クリーンルーム向けに設計された低発塵タイプのケーブルキャリアを選定する必要があります。

タイプ 代表製品例 粒子発生メカニズム 到達可能ISOクラス 長所 短所
オープンモジュラー型 igus e-skin flat 摺動ではなく部材の屈曲が主。摩耗が極めて少ない。 1 ケーブルの追加・交換が容易。軽量。 外部からの汚染に対する保護は限定的。
密閉チューブ型 igus RXチューブ 内部で発生した摩耗粉をチューブ内に封じ込める。 2-3 外部からの汚染や切粉に強い。 ケーブルの追加・交換が比較的困難。
リンクレス型 THK サイルベア リンクの継ぎ目がなく、リンク間の摩耗が原理的に発生しない。 4-5 高速動作時の静粛性に優れる。耐久性が高い。 ケーブル収納の自由度が低い場合がある。
フラットケーブル一体型 つばき フラットベヤ ZP仕様 ケーブルを平型に溶着し、支持物同士の摺動を抑制。 2 極めて低発塵。一体構造でシンプル。 ケーブル1本が故障した場合、全体交換が必要になる可能性。

 

 

ISOクラス6〜7向けの選定ポイント

上の表を見ると、ISOクラス6〜7に対応する製品が明記されていないことに気づくかもしれません。  これは、ISOクラス5以下の高清浄度環境では製品選定が極めて重要になるため、メーカーも対応クラスを明確に謳っているためです。  一方、ISOクラス6〜7は比較的要件が緩和されるため、「クリーン対応」と記載されていても特定のクラスが明記されていない製品も多くあります。

このような場合にISOクラス6〜7向けのケーブルキャリアを選定する際は、以下の点を考慮すると良いでしょう。

 

  1. 材質の確認:一般的なナイロン樹脂ではなく、耐摩耗性に優れた特殊な樹脂(自己潤滑性を持つ材料など)が使用されているかを確認します。
  2. 構造の確認:リンク同士の接触面積が少ない、あるいは滑らかな動きをする構造になっているかを確認します。可能であれば、密閉型やリンクレス構造に近いものが望ましいです。
  3. 内部仕切りの利用:クラスに関わらず、キャリア内部でケーブル同士が擦れ合うことを防ぐために、仕切り板(セパレーター)を適切に使用することが発塵抑制に有効です。

結論として、一般的な産業用ケーブルキャリアは避け、少なくとも「低発塵タイプ」や「クリーン環境向け」と記載のある製品の中から、構造や材質を確認して選定することが失敗を避ける鍵です。

 

 

ケーブル被覆に使われるフッ素樹脂

ケーブルキャリア内を摺動するケーブル自体も、被覆材が摩耗することで発塵します。  特に、一般的な塩化ビニル(PVC)製の被覆は柔らかく、摩耗しやすいためクリーンルーム内の可動部での使用には適していません。

そこで選ばれるのが、被覆材に「フッ素樹脂」を使用したケーブルです。  フッ素樹脂(FEP, PFA, ePTFEなど)は、以下のような優れた特性を持っています。

 

  • 低摩擦性:表面が非常に滑らかで、摩擦係数が低いため、摺動しても摩耗しにくい性質があります。
  • 耐摩耗性:物理的に削れにくく、長期間の使用でも発塵を抑えることができます。
  • 耐薬品性・耐熱性:薬品や熱にも強く、過酷な環境でも安定した性能を維持します。
  • 低アウトガス性:後述する化学的汚染の原因となるアウトガスの発生が非常に少ないです。

 

これらの特性から、クリーンルーム内の可動部配線には、フッ素樹脂被覆のロボットケーブルやクリーンケーブルを選定することが標準的な対策となります。

 

 

ファンレス設計と熱対策としての水冷

モーターや制御盤、電源などの電子機器は動作中に熱を発生させるため、冷却が必要です。  しかし、一般的な冷却方法である冷却ファンは、クリーンルーム内では絶対に使用できません。  ファンは、それ自体がモーターのブラシやベアリングから粒子を発生させるだけでなく、周囲の気流を乱し、制御不能な汚染の拡散源となってしまうからです。

したがって、クリーンルーム内の機械は「ファンレス設計」が基本となります。

 

 

ファンレスの熱対策

  • 自然空冷(パッシブ冷却):発熱量が比較的小さい場合は、ヒートシンク(放熱板)の表面積を大きくして、自然な空気の流れで放熱します。この際、ヒートシンクのフィン形状は、ホコリが溜まりにくく、清掃しやすいデザインにする必要があります。
  • 水冷:発熱量が大きいモーターやドライバーには、水冷が最も確実でクリーンな冷却方法です。冷却水を循環させるためのジャケットやブロックを対象部品に取り付け、熱を効率的に外部へ運び去ります。これにより、発塵や気流の乱れを一切起こさずに冷却することが可能です。

 

ただし、水冷システムの導入は、配管の取り回しや漏水のリスク管理など、設計の複雑性を増大させます。 設計の初期段階で装置全体の熱負荷を計算し、水冷が必要かどうかを判断し、顧客や施設管理者と必要なユーティリティ(冷却水供給)について協議することが重要です。

 

 

静電気とアウトガスの見えざる脅威

クリーンルームで管理すべき対象は、目に見える粒子だけではありません  。製品の品質に深刻な影響を与える「静電気」と「アウトガス」という、二つの見えざる敵にも対策が必要です。

 

静電気(ESD/ESA)

静電気は、二つの問題を引き起こします。  一つは、静電気放電(ESD)による電子部品の破壊です。  もう一つは、静電引力(ESA)によって、空気中の粒子を製品や装置の表面に引き寄せてしまう問題です。  クリーンルーム内は空気が乾燥していることが多く、静電気が発生しやすい環境にあります。

 

アウトガス(化学的汚染)

アウトガスとは、プラスチックや接着剤、グリースなどの材料から、時間とともに放出される揮発性有機化合物(VOC)のことです。  このガスが半導体ウェーハや光学レンズの表面に付着すると、化学的な膜を形成し、製品の性能を著しく低下させる原因となります。

これらの問題は、製品の歩留まりに直接関わるため、特に半導体や精密光学部品の製造装置では、粒子対策と同等か、それ以上に厳密な管理が求められます。  次の章では、これらの課題に対する具体的な対策を解説します。

 

 

クリーンルーム機械設計の品質を高める総合的視点

これまでの章で解説してきた原則や部品選定は、クリーンルーム機械設計の根幹をなすものです。最後の章では、設計の品質をさらに高めるための総合的な視点として、静電気やアウトガスへの具体的な対策、そして見落としがちなメンテナンス性について解説します。

 

イオナイザによる能動的な静電気対策

前述の通り、静電気は粒子の付着や電子部品の破壊を引き起こす厄介な問題です。  この静電気を能動的に除去するために使用されるのが「イオナイザ(除電器)」です。

 

イオナイザは、放電針からプラスとマイナスのイオンを発生させ、対象物に吹き付けることで、帯電した静電気を中和する装置です。これにより、静電気の力で粒子が製品に引き寄せられるのを防ぎ、清浄度を実質的に向上させる効果が期待できます。

 

クリーンルームで使用するイオナイザを選定する際には、いくつかの注意点があります。

  • ファンレスタイプ:冷却ファンと同様に、エアを吹き出すファン付きのイオナイザは気流を乱す原因となります。クリーンルームでは、圧縮エアを利用するノズルタイプや、ファンを使用しないソフトなエアフローのタイプを選定するのが一般的です。
  • イオンバランス:発生させるプラスとマイナスのイオンのバランスが崩れていると、逆に対象物を帯電させてしまうことがあります。イオンバランスを自動で調整する機能を持つ高精度な製品を選ぶことが重要です。
  • メンテナンス:放電針は時間とともに汚れたり摩耗したりして性能が低下するため、定期的な清掃や交換が必要です。メンテナンスが容易な製品を選ぶこともポイントの一つです。

 

機械のフレーム全体を確実に接地することや、製品に接触する部品に導電性や静電気拡散性の材料を使用するといった基本的な対策と組み合わせることで、静電気のリスクを大幅に低減できます。

 

 

発生源を断つ局所排気の設置

汚染管理の4原則の一つに「排除する」がありましたが、その最も効果的な手法が「局所排気」です。

 

局所排気とは、はんだ付け、レーザー加工、粉体を扱う工程など、粒子やヒューム(煙)の発生が避けられない特定の場所で、汚染物質が周囲に拡散する前に、発生源のすぐ近くで吸引・排出する仕組みのことです。

 

これは、部屋全体の空気を入れ替える「全体換気」に比べて、はるかに効率的に汚染を管理できます。 例えば、アクチュエータの吸引ポートから内部の摩耗粉を排出するのも、局所排気の一種と考えることができます。  設計段階で、プロセス上どこで粒子が発生するかを予測し、その箇所に専用の吸引フードや排気ポートを組み込むことで、機械全体をクリーンに保つことが可能になります。  局所排気は、汚染物質を「発生させない」ことが難しい場合の、次善の策として極めて有効な手段です。

 

 

保守を考慮したメンテナンス性の確保

どれだけ優れた設計の機械でも、定期的なメンテナンスは不可欠です。  しかし、クリーンルーム内でのメンテナンス作業は、それ自体が大きな汚染リスクを伴います。  工具を持ち込んだり、カバーを開けたりする行為は、大量の粒子を環境中に放出する可能性があるからです。

そのため、設計段階からメンテナンスのしやすさ、すなわち「メンテナンス性」を考慮することが非常に重要になります。

 

  • 容易なアクセス:フィルターの交換やグリースの補充など、定期的な保守が必要な部品へは、最小限の分解で簡単にアクセスできるように設計します。カバーの開閉時間を短くすることが、汚染の拡散を防ぎます。
  • 工具不要の設計:日常的な点検や簡単な調整作業は、専用の工具を使わずに手で操作できるような締結部品(蝶ねじ、レバーなど)を採用することで、汚れた工具を持ち込むリスクを減らせます。
  • モジュール化:機械を機能ごとにユニット化(モジュール化)しておくことで、大規模な修理が必要になった際に、故障したモジュールごとクリーンルームの外に搬出して作業することができます。これにより、クリーンルーム内での大掛かりな分解作業を避けることが可能です。

 

このように、将来のメンテナンス作業を想像しながら設計を行うことで、長期的に安定してクリーンな状態を維持できる、運用しやすい機械を実現できます。

 

 

成功に導くクリーンルーム機械設計の要点

この記事では、クリーンルームで稼働する自動組立機の設計について、基本原則から具体的な部品選定、そして特有の課題への対策までを網羅的に解説してきました。  最後に、成功に導くクリーンルーム機械設計の要点をまとめます。

 

  • 全ての設計判断は汚染管理の4原則に立ち返る
  • 要求される清浄度クラスが全ての仕様を決定する
  • 機械は室内の気流をコントロールするシステムの一部と心得る
  • 発塵源となりうる摺動部は徹底的に対策する
  • ベルト駆動を避けベルトレス構造を目指す
  • 水平面や隙間をなくし粒子が堆積しない形状を追求する
  • 材料はステンレスを基本とし必要に応じて電解研磨を施す
  • 潤滑剤は必ず低発塵グリースを選定する
  • アクチュエータは吸引ポート付きが望ましい
  • 空圧排気はクリーン排気フィルターで処理する
  • 可動部のケーブルはフッ素樹脂被覆と低発塵キャリアを組み合わせる
  • 熱対策はファンレスが絶対条件であり水冷も視野に入れる
  • 静電気対策としてイオナイザの設置を検討する
  • アウトガス対策として低アウトガス材料を選定する
  • メンテナンス時の汚染リスクを考慮した設計を心がける

 

以上です。