DRBFMとは?設計品質を高める手法を解説

 

ここでは、設計上の問題を未然に防止する手法「DRBFM」 についてのメモをしています。

 

私はDRBFMという言葉は知っていても、その本質を掴めずに苦労した経験があります。  FMEAと何が違うのか、なぜワークシートを埋めても設計品質が上がらず「DRBFMが形骸化」してしまうのか、多くの設計者が同じ悩みを抱えているのではないでしょうか。

 

多くの情報はDRBFMの「やり方」を解説していますが、それだけでは不十分だと私は経験から学びました。  大切なのは、なぜそれを行うのかという「思想」の部分です。

 

この記事では、他のサイトではあまり深く触れられていないDRBFMの根幹思想であるGD³から、私の経験や調査に基づき、DRBFMを正しく行うための基礎知識を解説します。  さらに、導入のメリットと、多くの現場が陥る「形骸化」という最大の失敗を避けるための具体的な注意点までメモしていきたいと思います。

DRBFMとは?その思想とFMEAとの違い

DRBFMの根幹思想「GD³」

DRBFM(Design Review Based on Failure Mode)は、トヨタ自動車で開発された設計上の問題を未然に防止する手法です。  しかし、DRBFMは単独のツールとして存在するのではなく、その上位概念である「GD³(ジー・ディー・キューブ)」という思想の一部として理解する必要があります。

 

GD³は、品質問題を未然に防ぐための活動の枠組みであり、吉村達彦氏によって提唱されました。 これは、以下の3つの「G」を冠する活動で構成されています。

  1. Good Design (良い設計):そもそも不具合の芽が少ない、ロバスト(頑健)な設計を行うことを指します。
  2. Good Discussion (良い議論):これがDRBFMが主に担う領域です。設計の「変更点」に意図的に焦点を当て、設計者だけでは見えない問題の芽を、専門家との「議論」を通じて発見するプロセスです。
  3. Good Design Review / Good Dissection (良いDR / 良い観察):単なる図面上のレビューに留まらず、現物を徹底的に観察することを示します。

DRBFMは、このGD³の思想、特に「Good Discussion(良い議論)」を実践するための具体的な手法として位置づけられています。

 

 

FMEAとの決定的な違い

DRBFMとFMEA(Failure Mode and Effects Analysis:故障モード影響解析)は、どちらも不具合を未然に防ぐ手法であり、密接に関連しています。  DRBFMはFMEAのワークシートを議論向きに改良したものをベースに使うこともあります。

 

しかし、両者にはその視点と目的に決定的な違いが存在します。

 

FMEAは、設計対象の「機能」に着目し、考えうる「故障モード」を網羅的に洗い出すボトムアップ型の手法です。 一方、DRBFMは、既存の成功した設計からの「変更点・変化点」に意図的に焦点を当て、リスクが潜む可能性のある箇所を集中的に深掘りします。

 

目的においても違いが見られます。  FMEAは網羅的な解析を目指すため、時に帳票を埋める作業そのものが目的化しやすいという課題がありました。  対してDRBFMは、帳票作成が目的ではなく、最もリスクが高い「変更点」について、専門家を交えた 「議論」を行うこと自体を目的 としています。

 

両者の主な違いを以下にまとめます。

比較項目 FMEA (故障モード影響解析) DRBFM (Design Review Based on Failure Mode)
視点(基点) 「機能」に着目する 「変更点・変化点」に着目する
アプローチ 故障モードを「網羅的」に洗い出す リスク箇所を「集中的」に深掘りする
主な目的 故障モードの「解析」とリスク評価の「帳票作成」 専門家を巻き込んだ「議論」そのもの
プロセス 体系的な手順に基づき、ボトムアップで解析を進める 「Good Discussion」 を中心に据える
主な課題 網羅的ゆえに工数が膨大化し、形骸化しやすい 「議論」の質が担保されないと、形骸化する

参考出典先:株式会社シーシーティー(https://www.cct-inc.co.jp/koto-online/archives/364

参考出典先:豊田合成株式会社(https://www.toyoda-gosei.co.jp/seihin/technology/report/vol44_2/pdf/vol44_2_001.pdf

 

 

Good Dissection(良い観察)とは

GD³の3つ目の要素であるGood Dissectionは、日本語で「良い観察」と直訳されます。  これは、単に図面を見る「デザインレビュー」に留まらない、より深い活動を指します。

 

その本質は、現物(試作品、市場不具合品、競合他社のベンチマーク品など)を徹底的に観察し、そのモノが「語りかけてくる」声を聞く文化そのものです。  設計者は、図面やデータだけでなく、現実のモノに触れる必要があります。

 

具体的な方法としては、不具合品と良品を準備し、両者を物理的に徹底比較することが挙げられます。  目視だけでなく、拡大鏡や顕微鏡なども用いて、形状、色、表面状態、断面、接合部などの微細な違いを詳細に観察します。

 

この現物観察から得られた「なぜこの部品は壊れたのか」「良品と何が違うのか」という物理的な知見こそが、次の設計やDRBFMでの議論の質を高めるための、最も信頼できる強力な情報源となります。

 

 

なぜ「変更点」に着目するのか

DRBFMが「変更点」に徹底してこだわるのには、明確な哲学が存在します。  それは、「設計の問題は、すでに成功していることが証明されている既存のエンジニアリング設計に“変更”を加えるときに発生する」という洞察に基づいています。

 

設計者は、実績のあるベース設計を「信頼できる」と前提にしがちです。  しかし、コストダウン、軽量化、機能追加などの目的でその一部に「変更」を加えた瞬間、それはもはや過去の設計とは別物になります。

 

設計者自身は変更点に注意を払っているつもりでも、その変更が既存システムの他の部分とどのように相互作用し、予期せぬ不具合(故障モード)を引き起こすかについては、心理的な盲点が生まれやすい のです。

 

DRBFMは、この最もリスクが高い「変更点・変化点」 にあえて議論を集中させることで、設計者の盲点を組織的にカバーし、問題を未然に防ぐことを目指します。

 

 

DRBFMの核心は「議論」にある

DRBFMを正しく理解する上で最も大切なのは、その核心がワークシートという「帳票」にあるのではなく、「議論」そのものにあるという点です。

 

DRBFMのプロセスで行われるデザインレビュー(DR)は、設計者を「審査」または「評価」する場ではありません。  この場が設計者を採点する場となった瞬間に、設計者は防衛的になり、自由な議論は失われ、DRBFMは失敗します。

 

このDRの目的は、設計者一人の視点では見落としてしまう「心配点(リスク)」を、多様な専門家の知見を結集して「発見」し、設計者自身に「気づき」を促すことです。

 

この「Good Discussion(良い議論)」 を実現することこそがDRBFMの真の目的です。  ワークシートは、あくまでその議論を効率的かつ論理的に進めるための「たたき台」や「アジェンダ」に過ぎません。

 

 

DRBFMとは?正しいやり方と手順

DRBFMの具体的な手順

DRBFMを効果的に進めるためには、適切な手順を踏むことが求められます。非効率な進め方は、貴重な参加メンバーの時間を浪費することになりかねません。  DRBFMのプロセスは、大きく分けて3つの主要なフェーズで構成されます。

 

フェーズ1:設計者による準備(ワークシート作成)

まず、設計者自身が「変更点」に伴う「心配点(故障モード)」を、自らの知見や過去のデータに基づき徹底的に洗い出し、DRBFMワークシートに記入していきます。この準備段階の質が、後の議論の質を大きく左右します。

 

フェーズ2:デザインレビュー(DR)の実施

設計者によるワークシートの準備が完了したら、DRBFMの最も重要な段階であるDR(デザインレビュー)を開始します。  ここで各分野の専門家と「議論」を行い、設計者が見落としている問題点を発見します。

 

フェーズ3:対策の実行と結果の評価

DRでの議論に基づき、特定された問題点に対する「推奨する対応」が合意されたら、各担当者は対策を実行します。  その後、対策の実施結果をワークシートの「対応の結果」欄に記載し、リスクが確実に低減されたことをエビデンスベースで確認し、プロセスを完了させます。

 

 

ワークシートと心配点の洗い出し

DRBFMワークシートは、設計者の思考の抜け漏れを防ぐための「チェックリスト」として機能すると同時に、DR(議論)を円滑に進めるための「アジェンダ」としての役割を担います。

 

フォーマットは企業によって異なる可能性がありますが、その本質的な目的を達成するためには、一般的に以下の主要な項目が含まれています。  以下の表は、ワークシートの主要項目と、プロセスにおける記入のポイントを整理したものです。

ワークシート項目 項目の定義(何を書くか) 設計者が準備段階で書くべきこと(Key Point)
1. 変更点(変化点)とその目的 既存の成功設計から「何が」「なぜ」変わったのか。 変更部位(例:「〇〇の素材」「〇〇の幅」)と、その変更目的(例:コストダウン、軽量化)を明確に記述する。
2. 変更に関わる心配点 変更によって生じる可能性のある「故障モード」。 過去トラや自身の経験に基づき、「機能喪失」「性能低下」「安全性」など、考えうる懸念を「全て」列挙する。重要度が低いと自己判断しない。
3. 心配点が起こり得るケース その心配点(故障モード)が、どのような状況で発生するか。 顧客の使用環境、製造プロセス、輸送時など、具体的な場面(ユースケース)を記述する 1。他部門が理解できる具体性が求められる。
4. 顧客への影響 その故障モードが発生した場合、顧客に何が起こるか。 「不便」「安全上の危険」「クレーム」など、顧客視点での影響を具体的に記述する 1。これがリスクの重要度を決定する。
5. 心配点を除くための設計 心配点を防ぐために、設計者が「既に」盛り込んだ対策。 設計計算、安全率の確保、フェールセーフ機構など、既に行った対策を「第三者が見てもわかるように」具体的に記述する。
6. 推奨する対応 【DRで決定】心配点のリスクが許容できない場合、追加で行うべき処置。 (設計者は原則、空欄でレビューに臨む)。DRでの議論に基づき、「追加評価」「設計変更」「工程改善」などを決定し、担当と期限を明記する。
7. 対応の結果 【DR後】推奨する対応を実施した結果、どうなったか。 試作評価やシミュレーションの結果を記載し、心配点が解消されたことをエビデンスベースで示す。

参考出典先:株式会社シーシーティー(https://www.cct-inc.co.jp/koto-online/archives/364

 

計者が準備段階で行う「心配点の洗い出し」 では、重要度が低いと自己判断せず、思いつく限りの懸念を「すべて」記載することが大切 です。  他部門の専門家にとっては、その些細な懸念が重大なリスクの引き金となる可能性があるからです。

 

 

デザインレビューの進め方

前述の通り、デザインレビュー(DR)はDRBFMの心臓部です。  この場を成功させる鍵は、DRを「審査」ではなく「議論」の場として運営することです。

 

この場が設計者を評価・採点する場になった瞬間、設計者は防衛的になり、自由な議論は失われ、DRBFMは形骸化してしまいます。  ファシリテーターは、参加者全員が「設計を強化する」という共通の目的のもと、多角的な視点から意見を出せる雰囲気を作ることが求められます。

 

議論の質を高めるためには、勘や経験だけに頼るのではなく、利用可能なデータ(過去の不具合データ、シミュレーション結果、実験データなど)に基づき、正確にリスクを評価する姿勢が不可欠です 。

 

DRで特定された問題点と対策は、ワークシートの「推奨する対応」欄に記載されます。この際、「誰が」「いつまでに」行うのか、担当者と期限を明確に合意することが重要です 。この項目は、設計者が事前に埋めるのではなく、DR(議論)の中で決定されるべき項目です 。

 

 

議論に必要な参加者とは

DRBFMの議論の質は、どのような専門家が参加するかによって決まります。設計者一人の視点では、製品のライフサイクル全体(製造、輸送、使用、廃棄)を見通すことは不可能です。

 

したがって、設計部門のメンバーだけでなく、製品に関わる全部門の有識者が参加し、「全員で評価する」文化を醸成することが求められます 。

 

具体的には、設計部門に加えて、「製造」「技術(生産技術)」「品質管理」「検査」といった後工程の担当者は、議論の実現に不可欠と言えます 。

 

さらに、「物流」「販売(マーケティング)」「調達」といった部門の参加も推奨されます。  例えば、物流担当者からは「その梱包形態では輸送中の結露で端子が錆びる懸念がある」といった、設計者では気づきにくい視点からの指摘が期待できます。  場合によっては、重要な部品のサプライヤーなど、外部の専門家を巻き込むことも有効です 。

 

 

DRBFMとは?導入の注意点と事例

導入のメリットと工数の課題

DRBFMを正しく導入・運用することで、企業は多くのメリットを享受できます。

 

最大のメリットは、後工程(試作・量産)や市場で発生するはずだった重大なトラブルを、設計段階で特定し、未然に防止できることです。  商品の品質やコストの約8割は設計段階で決まるとも言われており、設計段階で徹底的に議論し、設計を作り込むことは、後工程での修正リスクを低減し、結果として高品質・低コストな製品の実現に直結します 。

 

一方で、デメリットとして明確に認識すべきは「工数の課題」です。  DRBFMを「正しく」実施しようとすれば、ワークシートの準備、多様な参加者の招集、議論の実施、対策の実行など、設計段階での「負担は増加する」ことになります 。

 

しかし、この設計段階での工数増加は、単なるコスト増としてではなく、市場不具合の対応やリコールなどで将来発生するであろう「莫大な修正コスト」を回避するための「先行投資」として捉える必要があります。

 

 

DRBFMの形骸化を防ぐには

DRBFM導入における最大の失敗要因は「形骸化」です 。  これは、DRBFMが実質的な議論を伴わず、単なる「帳票埋め作業」や「儀式」と化してしまう状態を指します。

 

形骸化の具体的な症状としては、最も重要な「問題発見」のプロセス(すなわち「議論」)がなく、最初からワークシートが当たり障りのない内容で埋められている状態や、議論が(行われたとしても)「広く浅く」なり、真のリスク要因の「深掘り」ができていない状態が挙げられます。

 

これを防ぐためには、まず経営層や管理者が、DR(デザインレビュー)を「審査」ではなく「議論」の場であると明確に定義し、そのための時間(工数)を「投資」として確保することが前提となります。

 

さらに、技術的な対策も有効です。例えば、3D CADデータをレビューの前提とすることで、設計者以外のメンバーも視覚的に問題を把握しやすくなり、議論が活性化する可能性があります。  また、AIを活用して膨大な過去トラブルのデータベースから、今回の変更点に関連する懸念事項を自動抽出する仕組み も、人間の見落としを防ぎ、形骸化防止に繋がる可能性があります。

 

 

過去トラブルの活用と事例

DRBFMの議論の質を高めるための最も強力なインプットは、社内に眠る「過去トラブル(過去トラ)」のデータベースです。

 

多くの企業では「何度も同じような不具合・クレーム」の繰り返しに悩んでいます。  これは、現場で苦労して掘り出された「失敗知識(過去トラ)」が、設計部門に適切に伝達・蓄積されておらず、次の設計に活かされていない証拠です。

 

DRBFMを成功させている事例では、この過去トラブルの活用をプロセスに強制的に組み込んでいます。  例えば、過去の不具合を単なる「事象」として記録するのではなく、「なぜ起きたか」「設計段階でどう防げたか」「再発防止のために何をチェックリスト化すべきか」という「ストーリー(知見)」として体系化します。

 

そして、これをDRBFMの「心配点」洗い出しのための必須のインプットとするのです。

 

ある部品開発の事例では、GD³の思想に基づきDRBFM(Good Discussion)が実施された結果、DRBFMによる「議論」によって12件の問題点が発見されました。一方で、その後の従来の実験・評価プロセスで発見された問題は5件でした。

 

この事例は、もしDRBFM(議論)を行わず、従来の実験・評価プロセスだけに依存していた場合、12件の問題点が見落とされ、市場品質問題を起こしていた可能性が極めて高いことを示唆しています。

 

 

まとめ:DRBFMとは何かを再確認

最後に、DRBFMとは何か、その本質を正しく理解するために重要なポイントをまとめます。

  • DRBFMはトヨタ自動車が開発した設計品質向上のための未然防止手法
  • 設計の問題は「変更点」で発生するという哲学が基礎にある
  • GD³(良い設計・良い議論・良い観察)という上位思想の一部
  • DRBFMの核心はワークシート(帳票)ではなく「議論」そのものにある
  • FMEAが「機能」と「網羅的」であるのに対し、DRBFMは「変更点」と「集中的」
  • Good Dissection(良い観察)は現物から学ぶ文化を指す
  • プロセスは「設計者による準備」「DR(議論)」「対策実行」のフェーズで進む 1
  • ワークシートは議論を効率化するための「たたき台」として機能する
  • 心配点の洗い出しは、設計者が些細な懸念もすべて記載することが重要
  • デザインレビューは設計者を「審査」する場ではなく「議論」する場である
  • 製造、品質、物流、販売など他部門の専門家の参加が不可欠
  • 最大のメリットは後工程や市場でのトラブルを未然に防止できること
  • デメリット(課題)は設計段階での工数増加が避けられないこと
  • 導入における最大の失敗要因は「形骸化」(儀式化)である
  • 形骸化防止には「過去トラブル」のデータベース活用が極めて有効

 

以上です。