ここでは めっき処理全般 について「鉄腐食メカニズムから最適なめっきの選定を目指す」ための情報をメモしています。
機械設計者として、機能や寸法の設計には自信があっても、最後の表面処理の選定で迷いが生じることは珍しくありません。 「この部品、本当に錆びないだろうか?」「水素脆性のリスクは大丈夫か?」「コストを抑えつつ、最適な防錆力を確保するにはどうすればいいのか?」といった疑問は、多くの設計者が抱える共通の悩みです。
めっきの種類は多岐にわたり、それぞれの特徴や比較、JIS記号の意味を正しく理解し、図面に反映させることは容易ではありません。
多くのサイトでは、めっきの化学的な反応式やカタログスペックの羅列に終始しがちですが、本記事では「機械設計者の視点」に徹底的にこだわり「まずは広く浅く」を意識してまとめてみました 現場で発生する「寸法公差外れ」や「組立時の干渉」、「遅れ破壊」といった具体的なトラブルを回避するために、設計段階で何を考慮し、図面にどう記載すべきかを解説します。
めっき選定のフローから、形状設計上の注意点、そしてコストと性能のトレードオフまで、JIS規格や国内の加工実態に基づいた実践的な知識を網羅しているので、この記事によって最適なめっきを選定し、加工業者と対等に渡り合えるようになれれば幸いです。
鉄部品に施すめっきの種類の基礎知識
鉄のイオン化傾向と腐食メカニズム
鉄部品がなぜ錆びるのか、その根本的な原因を理解することは、適切な防食設計を行うための出発点となります。 鉄(Fe)は、エネルギー的に非常に活性な金属であり、自然界では「酸化鉄(鉄鉱石)」という安定した状態で存在しています。 製鉄プロセスで多大なエネルギーを与えられて「金属鉄」となっていますが、常に電子を放出して、元の安定した酸化物に戻ろうとする熱力学的な力が働いています。 この「電子を放出してイオンになりやすい性質」の度合いを示したものがイオン化傾向です。
機械部品として加工された鉄が、空気中の酸素や水分(電解質溶液)に触れると、表面で微視的な「局部電池」が形成されます。
- アノード反応:鉄表面の一部がアノード(陽極)となり、鉄原子が電子(e-)を失って鉄イオン(Fe2+)として水膜中に溶け出します。これが腐食の始まりです。
- カソード反応:放出された電子は金属内を移動してカソード(陰極)部へ達し、そこで水や酸素と反応して水酸基(OH-)を生成します。
- 錆の生成:溶け出した鉄イオンと水酸基が結合し、水酸化鉄を経て、最終的に赤錆(酸化第二鉄 Fe2O3 など)となります。
めっき処理の本質は、この「錆への回帰本能」とも言える電気化学的な回路を、いかにして物理的・化学的に遮断するかという点にあります。 設計者は、使用環境における湿気や結露の有無を考慮し、このイオン化プロセスを食い止める最適な障壁を用意しなければなりません。
参考出典先:三和メッキ工業株式会社(https://www.sanwa-p.co.jp/)
※上記サイトなどの「めっきQ&A」や技術コラムでは、腐食事例やめっきの基礎について詳しく解説されています。
亜鉛の犠牲防食作用による錆止め
鉄の防錆において、最も代表的かつコストパフォーマンスに優れる手法が亜鉛めっきです。 このめっきが選ばれる最大の理由は、亜鉛が鉄よりもイオン化傾向が大きい(卑な)金属であるという点に尽きます。 鉄素材の上に亜鉛の皮膜を形成すると、万が一、使用中に傷がついて鉄素地が露出したとしても、周囲の亜鉛が鉄よりも優先的にイオン化して溶け出します。 この現象により、鉄に対して電子が供給され続け、鉄は電気化学的に還元状態(カソード状態)に保たれるため、腐食が進行しません。 これを「犠牲防食作用」と呼びます。
この作用のおかげで、亜鉛めっきは多少のピンホールや擦り傷があっても、赤錆の発生を強力に抑制することができます。 塗装やニッケルめっきでは、傷から入った水分が内部で錆を広げて塗膜を膨れ上がらせることがありますが、亜鉛めっきではそのような現象が起きにくいのが特徴です。 そのため、ボルトやナットなどの締結部品、建築金物、自動車の足回り部品など、屋外や湿度の高い環境で使用される鉄部品にとって、亜鉛めっきは信頼性の高い選択肢となります。 ただし、亜鉛自体は非常に酸化されやすいため、その消耗を抑えるために後述するクロメート処理が必須となります。
ニッケル等の被覆防食作用の原理
亜鉛とは異なるアプローチで鉄を守るのが、ニッケルやクロム、銅などのめっきです。 これらの金属は、鉄よりもイオン化傾向が小さい(貴な)か、あるいは表面に緻密な不動態皮膜を形成して安定化する性質を持っています。 これらの金属で鉄の表面を覆うことによる防食メカニズムを「被覆防食作用」と呼びます。この原理は、物理的なバリアによって鉄を環境(酸素や水分)から完全に遮断することで成り立っています。
被覆防食の最大のメリットは、皮膜自体が変色しにくく、美しい光沢や高い耐薬品性を長期間維持できることです。 しかし、この方式には致命的なリスクも潜んでいます。 もし皮膜に微細な穴(ピンホール)やクラックが存在し、そこから水分が侵入すると、鉄と皮膜金属の間で強力な腐食電池が形成されます。 このとき、イオン化傾向の大きい鉄がアノードとなり、狭い隙間で集中的に腐食が進む「孔食」が発生します。 亜鉛のような犠牲防食作用がないため、一度錆が始まると内部で急速に進行し、めっき剥がれの原因となります。 したがって、ニッケルめっきなどを防錆目的で採用する場合は、ピンホールをなくすために十分な膜厚(一般的に20μm以上など)を確保するか、下地に銅めっきを施して密着性と被覆性を高める多層構造にするなどの設計的配慮が不可欠です。
RoHS指令と六価クロムフリーの現状
かつて、亜鉛めっきの耐食性を飛躍的に高める化成処理として、六価クロムを主成分とする「クロメート処理」が広く用いられてきました。 六価クロムは「自己修復作用」という優れた特性を持ち、皮膜についた傷を化学的に修復して長期間の防錆を実現していました。 しかし、六価クロムは人体に対して発がん性があり、環境への負荷も極めて高い物質です。 そのため、欧州のRoHS指令(電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限)やELV指令(廃自動車指令)などにより、その使用は厳しく制限、あるいは禁止されるに至りました。
現在、日本の産業界では、環境対応型の「三価クロメート」への転換がほぼ完了しています。 三価クロメートは、六価クロムを含まないため環境負荷が低く、近年の技術革新により、従来の六価クロム処理と同等以上の耐食性を持つ処理液が開発されています。 設計者が図面を作成する際、単に「クロメート」や「ユニクロ」と記述すると、加工業者によっては古い在庫の六価クロム処理品を使用したり、認識の齟齬が生じたりするリスクがあります。 そのため、図面には必ず「三価クロメート(RoHS対応)」や「三価ホワイト」「六価クロムフリー」と明記し、環境規制に適合した部品であることを明確に指示することが、現代の機械設計者における標準的なマナーとなっています。
白錆・赤錆の違いと塩水噴霧試験
めっきの性能評価、特に耐食性を定量的に示す指標として、JIS Z 2371で規定される「中性塩水噴霧試験」が一般的に用いられます。 この試験は、密閉された槽の中で5%の塩水を連続的に噴霧し、試験片に錆が発生するまでの時間を測定するものです。 ここで重要なのが、発生する錆には「白錆(しろさび)」と「赤錆(あかさび)」の二種類があり、それぞれが意味する現象が異なるという点です。
白錆は、主に亜鉛めっき層そのものが酸化して発生する、水酸化亜鉛などを主成分とする白い粉状の錆です。 これは、亜鉛が健全に犠牲防食機能を果たしている証拠でもありますが、美観を損なうため、クロメート皮膜によって発生を遅らせる必要があります。 一方、赤錆は、素地の鉄が腐食して発生する酸化鉄であり、めっきの防食能力が限界を迎え、鉄が侵され始めたことを示します。 設計仕様書では、「白錆発生まで72時間、赤錆発生まで240時間」のように、それぞれの段階に応じた基準を設けることが一般的です。 この数値を理解しておくことで、使用環境の厳しさに応じた適切なおめっきグレードを選定できるようになります。
代表的な鉄用めっきの種類と詳細特性
電気亜鉛めっきと三価クロメート
鉄系部品の防錆処理として、コストと性能のバランスが最も優れているのが電気亜鉛めっきです。 JIS H 8610で規格化されており、膜厚によって等級が分類されています。 一般的に、自動機や産業機械の構成部品には、過剰品質を避けつつ十分な防錆力を持つ「2級(5μm)」または「3級(8μm)」が選定されます。 亜鉛めっき単体では活性ですぐに白錆が発生してしまうため、必ず化成処理である「クロメート処理」とセットで使用されます。
現在主流の 三価クロメート には、外観や特性によっていくつかのバリエーションがあり、一般的に購入できるねじ などに利用されています。 設計者は、用途に合わせてこれらを使い分ける必要があります。 以下の表に、代表的な三価クロメートの種類と特徴をまとめます。
表1:三価クロメートの種類と特徴
| 種類(通称) | 外観色 | 特徴・主な用途 | 耐食性(塩水噴霧試験 白錆発生目安) |
| 三価ホワイト | 銀白色(微青色) | 旧来のユニクロの代替。最も一般的で安価。一般部品、カバー類。 | 72時間 ~ 96時間 |
| 三価ブラック | 黒色 | 装飾性が高く、光の反射を嫌う箇所や外装部品に使用。 | 72時間 ~ 120時間 |
| 三価イエロー | 黄色~虹色 | 旧来の有色クロメート(六価)に近い色調。部品の識別用などに使用。 | 96時間 ~ 120時間以上 |
参考出典先:三和メッキ工業株式会社(https://www.sanwa-p.co.jp/)
参考出典先:株式会社ワカヤマ(https://www.wakayamapp.jp/)
このように、三価クロメートであっても処理液の種類によって耐食性や外観が異なります。 特に指定がない場合は三価ホワイトが適用されることが多いですが、より高い耐食性を求める場合や、黒色の意匠性が必要な場合は、図面にその旨を明確に記載しましょう。
無電解ニッケルめっきとカニゼンめっき
電気エネルギーを使わず、化学的な還元反応を利用してニッケル皮膜を析出させる方法が、JIS H 8645に規定される無電解ニッケル-リンめっきです。 日本カニゼン株式会社がこの技術を日本で広めた歴史から、現場では「カニゼンめっき」という通称で呼ばれることもあります。 このめっきの最大の特徴は、電気めっきのような電流分布の影響を受けないため、複雑な形状であっても膜厚が極めて均一になることです。 公差の厳しい穴や、入り組んだ流路の内面など、電気めっきでは対応不可能な部位にも均等にめっきを施すことができます。
また、皮膜中にリン(P)を含有しており、熱処理を加えることで硬度が劇的に向上するという特性もあります。 以下の表に、無電解ニッケルめっきの基本的な特性と、熱処理による硬度変化を示します。
表2:無電解ニッケルめっき(中リンタイプ)の基本特性と熱処理効果
| 項目 | 特性値 | 備考 |
| 主要成分 | Ni (90-92%), P (8-10%) | 一般的な中リンタイプの場合 |
| 析出状態の硬度 | 500 ~ 600 HV | S45C生材(約200HV)よりも硬い |
| 熱処理後の硬度 | 800 ~ 1000 HV | 400℃×1時間の熱処理で硬質クロム並みに硬化 |
| 膜厚均一性 | 極めて良好 | 形状によらず±10%程度の範囲で制御可能 |
| 磁性 | なし(熱処理前) | 熱処理を行うと結晶化し、磁性を帯びる |
| JIS記号例 | ELp-Fe/Ni(90)-P 10 | 鉄素地上にNi90%合金、膜厚10μm |
参考出典先:日本カニゼン株式会社(https://www.kanigen.co.jp/)
参考出典先:JIS H 8645 閲覧(https://www.jisc.go.jp/)
設計者は、精度が必要な部品には無電解ニッケルを選定し、さらに耐摩耗性が必要な場合は「熱処理あり」と図面に注記することで、高機能な部品を実現できます。 ただし、熱処理温度によっては母材が変形したり焼き戻されたりする可能性があるため、母材の材質選定にも注意が必要です。
耐摩耗性に優れる硬質クロムめっき
工業用クロムめっき、通称「硬質クロムめっき」は、JIS H 8615で規定される非常に硬く、摩擦係数の低いめっきです。 その硬度はビッカース硬度で800~1000HVに達し、焼入れ鋼よりも遥かに硬いため、強烈な摩耗環境にさらされる油圧シリンダーのロッド、金型、ロール、リニアシャフトなどに広く採用されています。 膜厚は数μmのフラッシュめっきから、摩耗した部品を補修するための数百μmの厚付けまで、広範囲に制御可能です。
しかし、硬質クロムめっきには「つきまわり性が極めて悪い」という弱点があります。 電気めっきの特性上、製品の鋭角なエッジや突起部に電流が過度に集中し、その部分だけめっきが異常に盛り上がる現象が発生しやすくなります。 逆に、凹部や内径の奥深くにはめっきがほとんど析出しません。 そのため、精密な寸法精度が求められる場合、めっき後に円筒研磨やバフ研磨を行って、余分な盛り上がりを除去し、寸法を整える工程を前提とした設計を行うのが一般的です。 図面には、めっき後の仕上がり寸法だけでなく、「めっき厚〇〇μm確保のこと」や「研磨仕上げ」といったプロセスを考慮した指示が必要です。
黒染め(四三酸化鉄皮膜)による処理
黒染めは、厳密にはめっき(金属の析出)ではなく、鉄の表面を化学反応によって黒色の酸化鉄(Fe3O4:四三酸化鉄・マグネタイト)に変える化成処理です。 JIS H 8622に相当する処理として知られています。 高温のアルカリ水溶液中で処理を行い、表面に1~2μm程度の非常に薄い酸化皮膜を形成します。この処理の最大のメリットは、素材の寸法をほとんど変化させない点にあります。
H7やg6といった精密なはめあい公差を持つシャフトや、ねじの勘合精度を維持したい部分において、めっきによる膜厚増加を許容できない場合に黒染めは最適な選択肢となります。 また、表面が黒色になることで光の乱反射を防ぐため、光学機器の内部部品や測定器のスタンドなどにも好まれます。 一方で、防錆能力は非常に低く、皮膜単体では空気中の水分ですぐに錆びてしまいます。 そのため、処理後は必ず防錆油を塗布・含浸させる必要があり、使用中も油膜を切らさないような環境(油圧機器の内部や、常にメンテナンスされる治具など)での使用が前提となります。
リン酸マンガン処理による摺動性向上
リン酸マンガン処理は、「リューブライト」という商標名でも知られる化成処理の一種で、JIS H 8617(リン酸塩皮膜)に関連します。 鉄鋼表面にリン酸マンガンの結晶性皮膜を生成させるもので、黒染めよりも厚い(5~15μm程度)皮膜を形成します。 この皮膜は微細な結晶の集合体であり、その隙間に潤滑油を多量に保持できる「保油性」に優れています。
この特性から、ギア(歯車)、ピストン、カム、軸受などの金属同士が接触して動く摺動部品において、初期なじみを良くし、焼き付き(カジリ)を防止する目的で広く採用されています。 皮膜自体は金属よりも柔らかいため、使用開始直後のなじみ運転中に適度に摩耗し、相手材とフィットした滑らかな摺動面を作り出します。 設計上の注意点として、黒染めとは異なり無視できない厚みの皮膜ができるため、公差の厳しい箇所に使用する場合は、皮膜の厚みを考慮して素材寸法をマイナス側に設定するか、なじみ後の寸法変化を織り込んでおく必要があります。
めっきの種類による性能とリスク管理
電気めっきのつきまわり性と特性
電気めっきを採用する際、設計者が最も意識しなければならない特性の一つが「つきまわり性(均一電着性)」です。 電気めっきは、めっき液中で製品(陰極)に電気を流し、金属イオンを引き寄せて析出させます。 電気の特性上、電流は抵抗の少ない「最短距離」や「尖った部分」に集中して流れる傾向があります。 そのため、製品の凸部や角(エッジ)、陽極に近い面には厚くめっきがつき、逆に凹部、穴の内部、影になる部分には電流が回り込まず、めっきが薄くなるか、全くつかない現象が起こります。
この膜厚のばらつきは、設計者が意図した寸法公差を逸脱させる主要因となります。 例えば、平板の中央で膜厚を管理していても、端部ではその2倍以上の厚さになり、組立時に干渉するケースがあります。 これを防ぐためには、設計段階で角部に大きめのR(丸み)をつけて電流集中を緩和したり、めっき業者に対して「補助陽極(電流が届きにくい場所に設置する追加の電極)」の使用を相談したりすることが有効です。 しかし、補助陽極はコストアップにつながるため、形状そのものを見直すことが、最もコスト対効果の高い対策と言えます。
無電解めっきの膜厚均一性
電気めっきの弱点である膜厚の不均一性を解決するのが、無電解めっきです。 この手法では、電気的な引力ではなく、めっき液中の化学薬品(還元剤)が金属表面で触媒反応を起こすことで皮膜が成長します。 そのため、液が接触しており、かつ温度や濃度が適切に管理されている限り、製品のあらゆる表面で等しい速度でめっきが析出します。
この「ならい性の良さ」により、複雑に入り組んだマニホールドの内部流路や、精密なねじ山、公差穴の内径などにおいても、均一な膜厚を確保することが可能です。 設計者は、幾何公差が厳しい部品や、均一な防食層が必要な部品に対して無電解ニッケルめっきを指定することで、製造時の寸法トラブルや品質不良のリスクを大幅に低減できます。 ただし、袋小路になっている穴などは、液が滞留して反応が進まなくなる(液中のニッケル成分が枯渇する)可能性があるため、液が循環するように貫通穴にするか、液抜き穴を設けるなどの配慮は依然として必要です。
表面硬度を示すビッカース硬度(HV)
機械部品の耐久性、特に耐摩耗性や耐傷性を評価する上で、表面硬度は欠かせない指標です。 めっきの硬さは一般的にビッカース硬度(HV)で表されます。 設計者は、部品が受ける負荷や接触条件に応じて、適切なおめっき硬度を選定する必要があります。以下の表に、主要なめっきと素材の硬度比較を示します。
表3:主なめっきと素材のビッカース硬度(HV)比較
| 種類 | ビッカース硬度 (HV) | 備考 |
| 電気亜鉛めっき | 70 ~ 120 | 非常に柔らかい。工具が当たると容易に傷つく。 |
| S45C(生材) | 200 ~ 230 | 比較基準としての鉄素材(調質前)。 |
| 無電解ニッケル(析出) | 500 ~ 600 | 焼き入れしていない鉄より硬く、傷がつきにくい。 |
| 工業用クロムめっき | 800 ~ 1000 | 極めて硬い。ヤスリでも削れないレベル。 |
| 無電解ニッケル(熱処理後) | 800 ~ 1000 | 400℃熱処理により硬質クロム同等になる。 |
| 窒化チタン(TiN) | 2000 ~ 2500 | 参考:PVDコーティング。超硬工具などに使用。 |
参考出典先:JIS B 7725(ビッカース硬さ試験)準拠データ
参考出典先:日本カニゼン株式会社(https://www.kanigen.co.jp/)
表からわかるように、電気亜鉛めっきは素材の鉄よりも柔らかいため、摺動部には不向きです。 一方、硬質クロムや熱処理後の無電解ニッケルは非常に高い硬度を誇ります。 設計者は、コストだけでなく、この硬度差を理解した上で、用途(単なる防錆か、激しい摩耗に耐える必要があるか)に応じた表面処理を選択することが重要です。
水素脆性による遅れ破壊の危険性
機械設計者が最も警戒すべき、そして目に見えない恐怖が「水素脆性(すいそぜいせい)」です。 これは、めっき工程(酸洗いや電気めっき中)で発生した原子状の水素が、鋼材の内部に侵入・吸蔵されることで発生します。侵入した水素は、時間の経過とともに応力が集中している部分(ボルトの谷底やバネの屈曲部など)に集まり、金属の結合力を著しく低下させたり、内部でガス化して圧力を高めたりして、亀裂を生じさせます。
この現象の恐ろしい点は、めっき直後の外観検査や引張試験では異常が発見できないことです。 製品として組み上げられ、一定の荷重がかかった状態で数時間から数日、時には数ヶ月経過した後に、何の前触れもなく突然「パリーン」と破断します。 これを「遅れ破壊」と呼びます。 特に、引張強さが1000MPaを超えるような高強度鋼(強度区分10.9以上のボルト、調質されたSCM材、バネ鋼など)は、水素脆性に対する感受性が極めて高いため、安易な電気めっきの採用は重大な事故につながるリスクがあります。
ベーキング処理による脆性除去
水素脆性による遅れ破壊のリスクを回避するための唯一にして最大の対策が「ベーキング処理」です。 これは、めっき処理が終わった直後の部品を加熱炉に入れ、高温で一定時間保持することによって、内部に侵入した水素を外部へ放出(脱水素)させる工程です。 この処理を行うことで、高強度部品であっても安全に使用することが可能になります。
表4:一般的なベーキング処理の条件と推奨事項
| 項目 | 推奨条件 | 理由・注意点 |
| 処理温度 | 190℃ ~ 220℃ | 水素を効率的に放出させつつ、材質の変化を防ぐ温度域。 |
| 処理時間 | 4時間 ~ 24時間 | 材料の強度が高いほど、長時間の加熱が必要となる。一般的には8時間以上が望ましい。 |
| 実施タイミング | めっき後 4時間以内 | 時間が空くと水素がトラップされ、抜けなくなるため「速やかに」行うことが鉄則。 |
| 対象部品 | 引張強さ1000MPa以上 | 高張力ボルト、バネ、タッピングネジ、焼入れリテーナなど。 |
参考出典先:北東技研工業株式会社(https://hokutohgiken.co.jp/)
参考出典先:JIS B 1051(炭素鋼及び合金鋼製締結用部品の機械的性質)
設計者は、高強度材を使用する図面において、単にめっき種を指定するだけでなく、注記欄に「めっき後、速やかにベーキング処理(200℃、4時間以上)を実施のこと」と明記する責任があります。この一行があるかないかで、製品の安全性は天と地ほど変わります。 また、ベーキングを行うとクロメート皮膜の水分が失われ、耐食性が若干低下する場合があるため、そのトレードオフも考慮に入れる必要があります。
めっきの種類ごとの設計注意点と対策
角部のエッジビルドアップへの対策
電気めっきにおいて避けられない物理現象である「角部の膜厚肥大」は、組立トラブルの常連です。 平面部で膜厚10μmを狙ってめっきしても、エッジ部では30μm、あるいは50μm以上に成長することがあります。 これにより、精密な直角ブロックがゲージに入らなかったり、軸部品の面取り部分が太って穴に挿入できなかったりする問題が発生します。 また、異常に成長しためっきは脆く、組立時の衝撃で「欠け」が発生し、それが硬い異物となって摺動部を傷つける二次被害も引き起こします。
設計的な対策としては、部品の角を「ピン角」や「C面(45度の面取り)」にするのではなく、可能な限り「R面(丸み)」にすることが推奨されます。 Rをつけることで電流の集中点が分散され、膜厚の異常成長をある程度抑えることができます。 理想的にはR0.5以上、最低でもR0.3程度の丸みを持たせることが望ましいです。 どうしても鋭利なエッジが必要な刃物や基準面などの場合は、めっき後に研磨加工を行って形状を整えるか、角部の膜厚肥大が発生しない無電解ニッケルめっきに変更することを検討します。
寸法公差を考慮しためっき設計
「めっき厚さ」は、設計図面の寸法公差に直接的な影響を与えます。 ここで注意すべきは、めっき厚さは「半径」方向の増加量であるため、直径(軸や穴)においてはその2倍の影響が出るという点です。 例えば、厚さ10μmのめっきがつくと、軸の直径は20μm太くなり、穴の直径は20μm小さくなります。 公差が±0.1mm程度の緩い部品であれば問題になりませんが、h7やH7といった10~20μmの範囲で管理される公差においては、めっき厚だけで公差外れ(NG)になる可能性が非常に高くなります。
これを防ぐためには、「めっき代(しろ)」を見込んだ寸法設計が必要です。 具体的には、めっき後の仕上がり寸法が図面公差の中央に来るように、加工前の寸法をあらかじめ調整します。軸であれば「仕上がり径 - めっき厚×2」を狙って加工し、穴であれば「仕上がり径 + めっき厚×2」を狙います。 図面には「寸法指示はめっき後とする」と明記するか、あるいは加工者への指示として「めっき前寸法:φ〇〇」と併記することで、トラブルを未然に防ぐことができます。 また、めっき厚自体にも±数μmのばらつきがあることを忘れずに、公差の積み上げ計算を行うことが重要です。
液抜き穴の配置と設計基準
パイプフレーム、箱状の製缶品、袋穴のあるブロックなどをめっきする場合、めっき液や前処理液が内部に残留しないようにするための「液抜き穴」の設計は、品質と安全の両面で極めて重要です。 もし密閉空間や袋小路があると、工程間の移動時に液が持ち出され、次の槽を汚染したり、製品内部に残った酸が後から染み出して激しい錆を引き起こしたりします。 さらに危険なのは、内部に水分が残ったままベーキングや乾燥炉に入れた場合、急激な水蒸気膨張によって製品が爆発する事故につながる恐れがあることです。
液抜き穴の設計には以下の原則があります。
- 対角配置: 液の入り口と出口を確保するため、製品を吊るした際の上部と下部(対角線上)の最低2箇所に穴を開ける。
- サイズ: 液の表面張力や粘性を考慮し、最低でもφ6mm、可能であればφ10mm以上の穴径を確保する。小さな穴では空気が抜けず、液も入りません。
- 位置: 構造的に空気が溜まる「エアポケット」ができない位置に配置する。
表5:推奨される液抜き穴の目安
| 構造体のサイズ | 推奨穴径 | 備考 |
| 小物(一辺100mm以下) | φ6mm 以上 | デザイン的に許されない場合は隠れる位置に。 |
| 中物(一辺500mm程度) | φ10mm ~ φ13mm | 確実に液が抜けるサイズが必要。 |
| 大物(フレーム構造など) | φ20mm 以上 | 内部容積が大きいほど、迅速な液抜けが必要。 |
参考出典先:株式会社タキタ(https://takita-dnk.co.jp/)
参考出典先:一般社団法人日本溶融亜鉛鍍金協会(構造指針)
意匠的に穴を開けたくない場合でも、見えない面を探して穴を配置するか、あるいはめっき以外の防錆方法(塗装など)を検討する必要があります。 「現場がなんとかしてくれるだろう」という甘い考えは、重大な事故の元となります。
マスキング指示とコストの関係
図面上で「ねじ部めっき不可」や「公差穴めっき無きこと」といった指示を行う場合、めっき現場ではその部分を保護するために「マスキング作業」が発生します。 この作業は、耐熱テープを貼る、ゴム栓を詰める、ボルトを入れるなど、ほとんどが人の手によるアナログな作業です。 そのため、部品の形状やマスキング箇所の多さによっては、めっき処理そのものの単価よりも、マスキングにかかる工賃の方が高額になるケースが多々あります。
コストを抑制するための設計テクニックとして、以下の方法が挙げられます。
- 後加工の活用: めっき後にタップを通し直す(さらう)方が、マスキングよりも安く済む場合が多いです。ただし、ねじ部の防錆力は低下するため、組立後に防錆油を塗布するなどのケアが必要です。
- 指示の緩和: 「穴の端面からきっちり0mmでマスキング」といった過剰に厳しい指示を避け、「穴内部および座面周辺はめっき不可、境界はなりゆき」のように、作業しやすい許容範囲を設ける。
- 専用治具の検討: 量産品であれば、テープ貼りの代わりに、ワンタッチで脱着できる専用のマスキング治具を製作することで、長期的にはコストダウンになります。
コスト対効果(トレードオフ)の視点
めっき選定における最大の悩みどころは、性能とコストのバランス、すなわちトレードオフの判断です。 すべての部品に最高級の無電解ニッケルめっきや硬質クロムめっきを施せば、性能上の問題は起きないでしょう。 しかし、それでは製品コストが跳ね上がり、市場競争力を失ってしまいます。 逆に、コストを削りすぎて不適切な電気亜鉛めっきを採用すれば、市場での腐食クレームや組立不良による手直し費用が発生し、結果として莫大な損失を招くことになります。
設計者は、部品の重要度、使用環境、期待寿命、メンテナンス頻度などを総合的に分析し、最適な妥協点を見つける必要があります。
- 見えない内部部品:安価な電気亜鉛めっき(3級)で十分。
- 精密な位置決めピン:高価でも無電解ニッケルめっきを採用し、トラブルを回避。
- 屋外使用のカバー:初期コストが高くても、高耐食性めっき(亜鉛ニッケル合金など)やカチオン電着塗装を選び、メンテナンスフリー化を図る。
このように、「適材適所」を見極める目利き力こそが、プロの機械設計者に求められるスキルです。
最適なめっきの種類を選定するフロー
総括:最適なめっきの種類を選ぶ手順
これまでに解説した知識を統合し、鉄部品に最適なめっきを選定するための実践的(基本)なフローを以下に示します。 図面を描く際、この手順に沿って思考することで、迷いなく最適な表面処理を選択できるようになります。
- 【目的の定義】 何のためにめっきをするのか?
- 防錆のみ:ステップ2へ。
- 機能(精度・硬度・摺動)が必要:ステップ3へ。
- 寸法維持(膜厚ゼロ): 黒染めを検討(ただし防錆油管理が必須)。
- 【環境と防錆レベルの決定】 どこで使うか?
- 屋内・一般環境:電気亜鉛めっき(Ep-Fe/Zn 8, 三価ホワイト)。これが基本の標準。
- 湿気・軽度の屋外:電気亜鉛めっきの膜厚アップ(3級~4級)、または亜鉛ニッケル合金めっき。
- 過酷な腐食環境:溶融亜鉛めっき(ドブ漬け)や、ステンレス材への変更を検討。
- 【機能要件の絞り込み】 どのような特性が必要か?
- 寸法精度(公差穴・複雑形状):無電解ニッケルめっき(ELp-Fe/Ni-P)。
- 耐摩耗・高硬度:硬質クロムめっき(ICr)、または無電解ニッケル+熱処理。
- 摺動・初期なじみ:リン酸マンガン処理(リューブライト)。
- 【リスクの確認と対策】 安全と品質を守れるか?
- 高強度材(1000MPa以上)か?:Yesなら「ベーキング処理」を注記に追加。
- 袋形状や溶接構造か?:Yesなら「液抜き穴」を設計に追加。
- 公差は厳しいか?:Yesなら「めっき代」を考慮して寸法公差を調整。
- 【最終決定と図面指示】
- JIS記号を用いて正確にスペックを記載する。
- 例:「Ep-Fe/Zn 8 (三価ホワイト)」「ELp-Fe/Ni(90)-P 10 [熱処理あり]」
- 不明な点は、独断で決めずに加工業者へ相談する。
このフローを繰り返し実践することで、設計者としての判断スピードと品質への信頼性は飛躍的に向上します。 めっきは機械設計の最後を飾る重要な工程です。 正しい知識と論理的な選定で、長く愛される機械を作り上げていただければと思います。
まとめ
- 鉄の腐食は電気化学的な電池作用であり、めっきはこの回路を遮断するために行う
- 亜鉛めっきは「犠牲防食」により、傷がついても鉄を守る自己修復的な機能を持つ
- ニッケルやクロムは「被覆防食」であり、ピンホールがない限り強力なバリアとなる
- 六価クロムは規制対象のため、図面では「三価クロメート(RoHS対応)」を明確に指定する
- 電気亜鉛めっきはコストと性能のバランスが良く、屋内機器の標準的な防錆処理である
- 無電解ニッケルめっきは膜厚が均一で、公差穴や複雑形状の部品に最適である
- 硬質クロムめっきは圧倒的な硬度を持つが、エッジへの電流集中(ビルドアップ)に注意が必要
- 黒染めは寸法変化が少ないが防錆力は低く、リン酸マンガンは摺動部のなじみ向上に効く
- 電気めっきの「つきまわり性」の悪さを考慮し、角部にはRをつけて膜厚異常を防ぐ
- 高強度鋼へのめっきは水素脆性による遅れ破壊のリスクがあり、ベーキング処理が必須である
- 寸法公差が厳しい部品では、めっき厚の2倍(直径)の変化を見込んで素材寸法を調整する
- 袋形状の部品には対角線上に液抜き穴を設け、液の残留や水蒸気爆発のリスクを回避する
- マスキング指示はコスト増の主因となるため、後加工や許容範囲の緩和で最適化する
- めっき選定は、防錆・機能・コスト・リスクのトレードオフを総合的に判断して決定する
- JIS記号を正しく理解し、加工業者に正確な仕様を伝えることがトラブル防止の鍵となる
以上です。