ここでは クリーンルームで利用される自動機 の重要機械要素である「クリーンルームで利用できる電動アクチュエータ」 についての詳細メモです。
クリーンルームで稼働する自動機を初めて設計する設計者は、電動アクチュエータの選定に頭を悩ませるかと思います。 半導体や医薬品といった製品の品質を直接左右する重要な部品でありながら、多くのメーカーから様々な特性を持つ製品が提供されており、その選定は容易ではありません。
多くのウェブサイトでは各メーカーの製品が紹介されていますが、カタログスペックを横並びに比較するだけでは、自社の要求仕様に本当に合致するのか、その技術的な背景までを深く理解するのは困難です。
特に、各社の低発塵技術の具体的な違いや、導入後の運用で本当に注意すべき点まで、一気通貫で解説している情報は少ないのが現状です。
そこでこの記事では、まずクリーンルームの清浄度を示すISOクラスの正しい理解から始め、その上で各メーカーの製品を網羅的に比較し、最終的に要求仕様に合った製品を選定し、その性能を長期的に維持するための注意点まで、設計から運用までを意識してメモしていきます。
クリーンルーム電動アクチュエータの基礎と選び方
クリーンルームで使われる電動アクチュエータを選定する上で、まず理解しておくべき基本的な知識と、その性能を決定づけるコア技術について解説します。
清浄度を示すISOクラスとは
クリーンルームとは、空気中に浮遊する微粒子(パーティクル)が、規定された清浄度レベル以下に管理されている空間を指します。
この清浄度を示す国際統一規格が「ISO 14644-1」です。 設計者は、まず自身の装置が設置される環境で要求される清浄度クラスを正確に把握する必要があります。ISO規格では、1立方メートル (m^3) の空気中に含まれる特定サイズの粒子数によってクラスが定義され、クラスの数字が小さいほど、より清浄度が高いことを意味します。
例えば、最先端の半導体製造プロセスではISOクラス3といった極めて高いレベルが求められ、一般的な医薬品や食品製造ではISOクラス7や8が基準となることがあります。 かつては米国連邦規格「FED-STD-209E」が広く使われ、「クラス100」や「クラス1000」といった呼称が一般的でした。 この規格は2001年に廃止されていますが、現在でも慣習的に使われることがあるため、下の表を参考にISO規格との対応関係を理解しておくと良いでしょう。
表1:ISO 14644-1と旧米国連邦規格 FED-STD-209Eのクラス対応表
ISO 14644-1 清浄度クラス | 1 m3 あたりの上限粒子濃度(個) | 旧米国連邦規格 FED-STD-209E (参考) | 主な適用分野・工程例 |
ISO クラス 1 | ≥0.1μm: 10 | - | 最先端半導体製造(研究レベル) |
ISO クラス 2 | ≥0.1μm: 100 | - | |
ISO クラス 3 | ≥0.1μm: 1,000 | クラス 1 | 半導体製造(基板工程、リソグラフィ) |
ISO クラス 4 | ≥0.1μm: 10,000 | クラス 10 | 半導体製造(エッチング、成膜) |
ISO クラス 5 | ≥0.1μm: 100,000, ≥0.5μm: 3,520 | クラス 100 | 半導体後工程、細胞培養、無菌医薬品製造 |
ISO クラス 6 | ≥0.5μm: 35,200 | クラス 1,000 | 電子部品・光学機械組立、無菌室 |
ISO クラス 7 | ≥0.5μm: 352,000 | クラス 10,000 | 精密機器組立、医薬品・食品製造 |
ISO クラス 8 | ≥0.5μm: 3,520,000 | クラス 100,000 | 一般的な医薬品・食品製造、手術室 |
アクチュエータが発塵源となる仕組み
自動化設備に不可欠な電動アクチュエータですが、その構造自体がパーティクルを発生させる要因を内包しており、クリーンルーム内における最大の汚染源となり得ます。 この発塵のメカニズムを理解することが、適切な対策が施された製品を選ぶ第一歩となります。主な発塵源は以下の通りです。
- 機械的摩耗による発塵:リニアガイドのボールやローラー、ボールねじのボールなどがレールやねじ溝を転がりながら動く際、金属同士が接触することで微細な摩耗粉が発生します。これは、機械が動く以上、完全にゼロにすることは難しい現象です。
- 潤滑剤の飛散:ガイドやボールねじの潤滑に使われるグリースやオイルは、アクチュエータが高速で動作すると、遠心力などによって微小な粒子となって周囲に飛散することがあります。
- ケーブル類の摩擦:モーターやセンサーに接続されるケーブルは、多くの場合、ケーブルキャリア(ケーブルベア)に収納されて保護されます。しかし、アクチュエータの往復運動に伴ってケーブル同士やキャリアと擦れ合うことで、被覆材が摩耗し、プラスチック系のパーティクルを発生させる原因となります。
これらの発塵源からいかにパーティクルを外部に出さないかが、クリーンルーム対応アクチュエータの性能を決定づけるのです。
低発塵グリースとシール構造の重要性
アクチュエータからの発塵を抑えるための技術は、大きく分けて「発生を抑える」「発生したものを封じ込める」「漏れ出たものを吸引する」という3つのアプローチがあります。 その中でも、低発塵グリースとシール構造は、多くのクリーン仕様アクチュエータで基本となる重要な技術です。
低発塵グリースの採用
これは、パーティクルの発生源そのものを抑制するアプローチの核となる技術です。 クリーンルーム用のグリースは、一般的な工業用グリースとは異なり、蒸気圧が低く粘着性が高いため、高速動作時でも飛散しにくい特性を持っています。 また、基油に合成油やフッ素系の材料を用いることで、ガス状の不純物(アウトガス)の発生も抑えられています。 THK社のAFE-CAグリース や NSK社のLG2グリース などが代表的です。
シール構造による封じ込め
内部で発生してしまったパーティクルを、アクチュエータの外部に漏らさないための技術がシール構造です。 多くの製品では、スライダが移動する際に生じる開口部を、ステンレス製の薄い板(シールシートやシールバンド)で覆う構造が採用されています。 この密閉構造によって、内部の汚染された空気が外部に漏れ出すのを効果的に防ぎます。 これは、中程度以上のクリーン度に対応する製品の基本的な仕様と考えることができます。
吸引ポートで行うクリーン度維持
より高いレベルの清浄度を達成するために用いられる、最も積極的な発塵対策が吸引ポート(バキューム)の利用です。
これは、アクチュエータ本体に設けられた吸引用の継手に工場の排気設備を接続し、アクチュエータの内部を強制的に吸引する仕組みを指します。 内部を常に負圧状態に保つことで、シール構造の隙間などからパーティクルが外部に漏れ出るのを防ぎ、内部で発生した微量のパーティクルも排気ラインを通じて排出します。
注意点として、ISOクラス3や4といった高い清浄度を達成するための条件として、多くのメーカーが「吸引ポートによる吸引が必須」と仕様に明記しています。 これは、アクチュエータ単体の性能だけでなく、設置される工場の設備と連携して初めてカタログスペック通りの性能が発揮されることを意味 します。 したがって、設計者はアクチュエータの仕様と同時に、自社の設備インフラで要求される吸引流量を確保できるかどうかも確認する必要があります。
主要メーカー別クリーンルーム電動アクチュエータ
ここでは、日本の主要メーカーが提供するクリーンルーム対応の電動アクチュエータについて、具体的な製品シリーズとそれぞれの特徴を解説します。 各社の強みやターゲットとする市場を理解することで、製品選定の精度を高めることができます。
表2:日本の主要メーカー別クリーンルーム対応電動アクチュエータの概要
メーカー | 主要シリーズ名 | アクチュエータ種類 | 代表的な達成ISOクラス | 主な低発塵技術 |
IAI (アイエイアイ) | エレシリンダー (クリーン仕様), RCP6CR, ISDBCR | スライダ, ロッド, ロータリ, スカラ | クラス 2.5 / 3 | ステンレスシート, 内部吸引, ローラ構造, 低発塵グリース |
THK | クリーンシリーズ (CSKR, CGL, CKSF, CKRF) | スライダ | クラス 4 (吸引必須) | 独自シールシート, フルカバー構造, 吸引ポート, 低発塵グリース (AFE-CA) |
SMC | クリーンシリーズ (LEFS, LEJS) | スライダ, ロッド | クラス 4 | シールバンド, 吸引ポート, 低発塵グリース |
オリエンタルモーター | EZSシリーズ (クリーンルーム対応) | スライダ | クラス 3 (吸引必須) | ローラ構造, ステンレスシート, 吸引ポート (吸引量指定), 低発塵グリース |
NSK (日本精工) | モノキャリア (クリーン用), 低発塵・除染対応アクチュエータ (開発品) | スライダ | クラス 4 / 5 | 独自シールベルト, 潤滑ユニット (NSK K1), 低発塵グリース (LG2/LGU) |
CKD | EJSG (低発塵環境用) | スライダ | クラス 3 | フルカバー構造, 吸引ポート, 低発塵グリース |
ヤマハ発動機 | クリーンルームロボット (単軸, 直交, スカラ) | 単軸, 直交, スカラ | モデルによる | 高い密閉構造, 吸引効率向上設計 |
IAIの製品と対応クラス
株式会社アイエイアイは、小型産業用ロボットの分野で高いシェアを持ち、クリーンルーム対応製品においても業界をリードする存在です。
主力製品である「エレシリンダー」のクリーンルーム仕様をはじめ、パルスモーター搭載の「RCP6CRシリーズ」、ACサーボモーター搭載の「RCS4CRシリーズ」など、スライダタイプを中心にロッドタイプやロータリータイプまで、非常に幅広いラインナップを揃えています。 IAI製品の最大の特徴は、一部のモデルで業界最高水準であるISOクラス2.5という極めて高い清浄度を達成している点です。
これを実現するために、ステンレスシートによる密閉構造、内部のエア吸引、摺動抵抗を低減するローラ構造、そして専用の低発塵グリースといった複数の技術が統合的に採用されています。 半導体の最先端プロセスなど、極めて高いクリーン度が要求される環境で有力な選択肢となります。
THKのクリーンシリーズの特徴
リニアモーションガイドのパイオニアであるTHK株式会社は、その基盤技術を活かした高性能なクリーンルーム対応アクチュエータを提供しています。
製品は「クリーンシリーズ」として展開されており、一般的にISOクラス4に対応します。 重要な点は、この性能を保証するためには吸引継手からの吸引が必須であると明記されていることです。 技術的には、独自のシールシートを用いたフルカバー構造と、自社開発の低発塵グリース「AFE-CA」の採用が特徴となっています。 また、要求仕様に応じて選択できるよう、より高性能な「低発塵構造」のCSKR/CGLシリーズと、標準的な「簡易クリーン構造」のCKSF/CKRFシリーズに分類されており、コストと性能のバランスを考慮した選定が可能です。
SMCのクリーン仕様アクチュエータ
空圧機器のトップメーカーであるSMC株式会社は、電動アクチュエータの分野でも豊富な製品群を持ち、クリーンルーム対応の「クリーンシリーズ」を提供しています。
スライダタイプの「LEFSシリーズ」や、薄型・高剛性を特徴とする「LEJSシリーズ」などがクリーン仕様に対応しており、ISOクラス4を達成可能です。 これらの製品は、グリースの飛散や外部からの異物混入を防ぐためのシールバンドを標準で装備しており、吸引ポートを設けることで高い清浄度を実現します。 空圧機器でSMC製品を多用しているユーザーにとっては、制御系やアクセサリの親和性が高いというメリットも考えられます。
オリエンタルモーターのEZSシリーズ
モーターと制御技術に強みを持つオリエンタルモーター株式会社は、モーター一体型アクチュエータ「EZSシリーズ」にクリーンルーム対応モデルをラインナップしています。
このシリーズは、ISOクラス3という高い清浄度を実現しています。 特筆すべきは、その性能を達成するための条件を具体的に数値で示している点です。 例えば、EZSM3モデルでは「約20 L/min以上の内部吸引量」が必要であると明記しており、設計者にとって非常に明確な技術情報を提供しています。 このような定量的なアプローチは、設計段階での不確実性を減らし、システム全体の信頼性を高める上で大きな利点となります。
NSKのモノキャリアと独自技術
ベアリングやボールねじで世界的に評価の高い日本精工株式会社(NSK)は、その要素部品技術を応用したユニークな製品を展開しています。 主力製品は、ボールねじとリニアガイドを一体化した単軸アクチュエータ「モノキャリア」のクリーン用仕様で、旧FED規格クラス10(ISOクラス4相当)に対応します。
NSKの強みは潤滑技術にあり、自社開発の低発塵グリース「LG2」「LGU」に加え、潤滑剤を含浸させた樹脂により長期メンテナンスフリーを実現する潤滑ユニット「NSK K1」といった独自技術を持っています。 近年では、再生医療や無菌製造といった新たな市場向けに、過酸化水素による除染にも対応した「低発塵・除染対応アクチュエータ」を開発しており、今後の製品展開が注目されます。
CKDの低発塵環境用アクチュエータ
CKD株式会社は、空圧・流体制御機器から電動アクチュエータまで、幅広い自動化コンポーネントを手掛けるメーカーです。 電動アクチュエータのスライダタイプ「EJSGシリーズ」に「低発塵環境用」のバリエーションが用意されており、一部の製品ではISOクラス3に対応しています。
フルカバー構造と吸引ポートの採用が基本となり、多様なメーカーのモーターを取り付け可能な柔軟な設計も特徴の一つです。 また、同社のクリーン対応機器としては「P5/P7シリーズ」も知られています。
ヤマハ発動機のクリーンルームロボット
産業用ロボットで多くの実績を持つヤマハ発動機株式会社は、ロボットシステムそのものを高性能なアクチュエータとして提供しています。
単軸ロボット、直交ロボット、スカラロボットの各カテゴリでクリーンルーム対応モデルを展開しています。 近年ではスカラロボット「YK-XEC」シリーズにクリーンタイプを追加するなど、ラインナップを拡充しています。 ヤマハ発動機の製品は、アクチュエータ単体というよりも、システム全体でのクリーン性能を追求しており、「高い密閉構造」により発塵を防止し、同時に吸気効率を向上させる設計思想を特徴としています。
ケーブルベア選定とメンテナンスの注意点
高性能なクリーンアクチュエータを選定しても、周辺機器の管理やメンテナンスを怠ると、その性能は十分に発揮されません。 ここでは、見落としがちなケーブルベアの選定と、性能を長期的に維持するためのメンテナンスについて解説します。
見落としがちな発塵源:ケーブルベア
前述の通り、アクチュエータの動作に伴い、ケーブルとケーブルキャリア(ケーブルベア)が擦れることでパーティクルが発生します。
この対策を怠ると、システム全体のクリーン性能が損なわれる可能性があります。対策としては、低発塵タイプの専用ケーブルベアを選定することが不可欠です。 これらの製品は、耐摩耗性に優れた材質や、摺動を抑制する構造を採用しており、ISOクラス1や2といった超高クリーン環境に対応可能なものも存在します。 また、キャリア内部でケーブル同士が摩耗しないよう、仕切り板(セパレータ)を使用して整然と配置することも大切です。
性能を維持するメンテナンス
クリーンルーム対応アクチュエータの性能は、適切なメンテナンスによって維持されます。
特に潤滑管理は、その性能を維持する上で最も重要なプロセスです。 最大の注意点は、メンテナンス時に絶対に標準的な工業用グリースを使用してはならないということです。 もし汎用のグリースを給脂してしまうと、アクチュエータが本来持つ低発塵性能は即座に、そして不可逆的に失われます。 その結果、アクチュエータは汚染源へと変わり、製品不良といった深刻な事態を引き起こしかねません。
メンテナンスを行う際は、必ずメーカーが指定するクリーンルーム用グリースを使用してください。 作業前には装置の電源を遮断し、古いグリースを清浄なワイプで丁寧に拭き取った後、新しいグリースを薄く均一に塗布します。 その後、手動でスライダを数回往復させてグリースをなじませることが推奨されます。 給脂の頻度は使用条件によって異なりますが、一般的には走行距離100kmごと、または3~6ヶ月が目安とされています。
最適なクリーンルーム電動アクチュエータを選ぼう
この記事では、クリーンルームで使用する電動アクチュエータの選定から運用までに必要な知識を解説しました。最後に、重要なポイントをまとめます。
- クリーンルームの清浄度は国際規格「ISO 14644-1」で定義される
- 要求されるISOクラスを把握することが選定の第一歩となる
- アクチュエータは機械的摩耗や潤滑剤の飛散により発塵源となる
- ケーブルとケーブルベアの摩擦も無視できない発塵源である
- 低発塵化の基本技術は「低発塵グリース」と「シール構造」
- 低発塵グリースはパーティクルの発生そのものを抑制する
- シール構造は発生したパーティクルを外部に漏らさない
- より高い清浄度には「吸引ポート」による強制排気が不可欠
- 吸引ポートの性能は工場の排気設備と連携して発揮される
- IAIはISOクラス2.5対応など最高水準の製品を幅広く提供
- THKやSMCはISOクラス4市場でバランスの取れた製品を展開
- オリエンタルモーターは吸引量を明記するなど定量的な情報提供に強み
- NSKは独自の潤滑技術「NSK K1」でメンテナンス性に優れる
- CKDやヤマハ発動機も各社の強みを活かしたクリーン対応製品を提供
- 周辺機器として低発塵タイプのケーブルベアの選定が大切
- メンテナンスでは必ずメーカー指定のクリーン用グリースを使用する
- 汎用グリースの使用は低発塵性能を不可逆的に損なうリスクがある
以上です。
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クリーンルーム向け自動機設計の基本
ここでは 「クリーンルーム向けの自動機設計の基本要素」についてのメモをしています。 初めてクリーンルーム向けの自動機設計を担当する際、「一体何から手をつければ良いのか」「ど ...
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