クリーンルームでエアシリンダを使う場合の設計ガイド|対策から排気まで

 

ここでは クリーンルームで稼働する自動機 で利用される 「エアシリンダ」 についてのメモです。

 

私たち機械設計者において最も一般的な機械要素であるエアシリンダですが、クリーンルーム向けの自動機設計の場合、エアシリンダの選定や使い方には特に神経を使います。 エアシリンダの利便性は誰もが認めるところですが、パーティクル発生のリスク、特に排気処理や発塵への具体的な対策は、常に頭を悩ませる問題となるからです。

 

多くの情報サイトでは個別の対策は紹介されていますが、汚染の根本原因から具体的な製品選定、さらには装置全体の設計思想までを体系的に結びつけて解説している情報は少ないと感じていました。  この記事では、そうした断片的な知識をつなぎ合わせ、全体像を理解できるよう構成しています。  まず、クリーンルームとエアシリンダの汚染源に関する基礎知識を固め、そこから具体的な対策へと進みます。  最終的には、代替技術である電動アクチュエータとの違いや、装置全体に及ぶ設計上の注意点までを網羅し、読者の皆様が自信を持って最適な選択を下せるよう できるだけ該当製品へのリンクも交えながら 進めていこうと思います。

クリーンルームのエアシリンダ対策の基本

クリーンルームの清浄度を示すISO規格

クリーンルーム向け装置の設計 に着手する上で、まず理解すべきは、その空間がどの程度の清浄度を求められているかという点 です。

 

この清浄度を示す世界的な指標がISO規格(ISO 14644-1)であり、設計の前提条件を決定づけるものとなります。  この規格では、一定の空気中に存在する特定サイズの粒子(パーティクル)の数に基づき、清浄度を「ISOクラス1」から「ISOクラス9」まで等級分けしています。

 

クラスの数字が小さいほど、より清浄度が高い、つまり塵埃が少ない環境を意味します。 例えば、最先端の半導体製造工場ではISOクラス3~5、精密機器や薬品工場ではクラス5~8といったように、製造する製品によって要求されるクラスは異なります。  機械設計者が特に注意すべきは、この清浄度クラスが「運転時」、つまり装置が実際に稼働している状態で維持されなければならないという事実です。

 

装置が停止している時にクリーンであっても、動き出した途端にパーティクルを放出してしまっては意味がありません。  したがって、設計者は常に装置の「運転時」を想定し、求められるISOクラスをクリアできるような対策を講じる必要があります。 

 

 

エアシリンダが汚染源となる2つの経路

クリーンルームでエアシリンダの使用が慎重になる理由は、それが汚染物質を環境内に放出する可能性のある、大きく分けて2つの経路を持っているからです。

 

この2つの経路を個別に理解することが、効果的な対策を立てるための第一歩となります。  第一の経路は、シリンダ内部での機械的な摩耗によって発生する「内部発塵」です。

 

エアシリンダは、ピストンロッドが高速で往復運動する際に、気密性を保つためのパッキン(シール材)と金属部品が擦れ合います。  この摺動により、ニトリルゴムなどで作られたパッキンが徐々に摩耗し、微細な粉となって剥がれ落ちます。  これがパーティクルとなり、排気エアと共に外部へ放出される可能性があります。

 

第二の経路は、動力源である圧縮空気自体に起因する「外部放出」です。  工場で供給される一般的な圧縮空気は、コンプレッサの潤滑油が混入したオイルミスト、配管内の錆や摩耗粉、コンプレッサが吸い込んだ大気中の塵埃など、様々な汚染物質を含んでいる場合があります。  これらの汚染物質を含んだ空気がシリンダに供給され、排気ポートから放出されることで、クリーンルーム内を汚染してしまう のです。

 

 

汚染の源流となる供給エアの品質管理

エアシリンダの汚染対策を考える上で、最も根本的で効果的なアプローチは、汚染源の一つである供給エアそのものをクリーンにすることです。

 

これは、いわば汚染対策の源流管理であり、全ての対策の基礎となります。  半導体業界など、極めて高い清浄度が求められる現場では、特別に管理された「クリーンドライエア(CDA)」の使用が標準的です。

 

圧縮空気の品質は、国際規格であるISO 853-1によって、固体粒子、水分、オイルの3要素について清浄度等級が定められています。  クリーンルーム用途では、この規格で最も清浄な等級であるクラス0やクラス1の達成が目標となります。  これを実現するためのCDA供給システムは、一般的に以下の機器で構成されます。

 

  • オイルフリーコンプレッサ:潤滑油を圧縮室で使わないことで、オイル汚染の根本原因を排除します。
  • エアドライヤ:冷凍式や吸着式のドライヤで、圧縮空気中の水分を除去し、結露を防ぎます。
  • 多段式フィルタ:プレフィルタやミストセパレータなどを組み合わせ、微細なオイルミストや固形粒子を段階的に取り除きます。

 

機械設計者は、装置の仕様書に要求する圧縮空気の品質を明確に記載する責任があります。  これにより、空気品質は装置の設置条件の一部となり、クリーン性能を確実に担保することに繋がります。

 

 

内部発塵を抑える低発塵シリンダの選定

供給されるエアをクリーンにしたとしても、シリンダ自体がパーティクルを生成してしまっては、汚染リスクは依然として残ります。  そこで第二の対策として、シリンダ内部での発塵、つまり「内部発塵」を最小限に抑える設計が施された製品を選定することが大切です。  クリーンルーム仕様として販売されているエアシリンダには、発塵を抑制するための様々な工夫が凝らされています。 

 

特殊な材料と潤滑剤の採用

摺動による摩耗粉の発生を抑えるため、パッキンには特殊な耐摩耗性材料が採用されています。  また、潤滑のために封入されているグリースも、発塵性が低く、蒸発しにくい特殊なものが使われます。

 

例えば、SMC社は標準的なクリーンシリーズにフッ素系グリースを、コガネイ社は食品や医療分野も想定し、安全性の高いNSF H1グレードのグリースを使用したクリーンシステム機器をラインナップしています。

 

 

参考:究極の低発塵性を実現する非接触技術

さらに究極の低発塵性が求められる特殊な用途向けには、摺動部を物理的に接触させない技術も存在します。これは一般的な選択肢ではありませんが、知識として知っておくと設計の幅が広がります。

 

例えば、エアベアリングシリンダは、ピストンロッドを圧縮空気の圧力で浮上させて支持するため、機械的な摩擦が原理的に発生しません。  これにより、摩耗によるパーティクルの発生を根本から排除することが可能になります。  ただし、構造が特殊であるためコストは高くなる傾向にあり、コストよりも性能を最優先する場合の選択肢として考えられます。

 

 

クリーンルームのエアシリンダ排気と製品選定

排気フィルタと真空吸引による排気処理

供給エアを清浄化し、低発塵シリンダを選定しても、完全に発塵をゼロにすることは困難です。  そこで最後の砦となるのが、万が一発生したパーティクルをクリーンルーム内に放出させないための排気処理技術です。  これには、受動的なフィルタリングから能動的な吸引まで、複数のアプローチが存在します。

 

方法1:高性能排気フィルタによる直接排気

シリンダの排気ポートに高性能なフィルタを直接取り付ける、最も手軽な方法です。  例えば、CKD社のFACシリーズ のようなクリーン排気フィルタは、中空糸膜という特殊な構造を採用し、0.01μmという微細な粒子を99.99%以上除去する極めて高い性能を持っています。

 

これにより、排気エアをクリーンルーム内に直接放出することが可能となり、排気配管の設計を大幅に簡素化できるという大きなメリットがあります。

 

方法2:真空吸引による強制排出

最も確実性が高い先進的な方法が、摺動部からの真空吸引です。このタイプのシリンダは、ロッドパッキンの近くに専用の吸引ポート(リリーフポート)が設けられています。このポートを真空ポンプやエジェクタなどの真空源に接続することで、ロッドの摺動部周辺の空気を常時吸引します。

 

これにより、パッキンの摩耗によって発生したパーティクルが、排気エアに混入して外部へ放出される前に、発生源で直接捕捉・除去することが可能になります。  SMC社の11-シリーズ や CKD社のP53シリーズ などが、この真空吸引構造を採用した代表的な製品です。

 

 

主要メーカー3社のクリーン対応製品比較

クリーンルームでエアシリンダを使用する際には、主要な空圧機器メーカー各社が提供するソリューションの特徴を理解し、プロジェクトの要求に最適な製品を選定することが鍵となります。ここでは、SMC、CKD、コガネイの3社のアプローチを比較します。

メーカー 主要シリーズ/技術 主要な汚染制御手法 潤滑剤の種類 主な特徴・利点 想定される用途/業界
SMC株式会社 11-/13-/22-シリーズ 真空吸引、階層的オプション フッ素系グリース、リチウム石鹸基グリース コストと性能に応じた多段階の選択肢、特殊な材質規制への対応 半導体、一般ICR、特殊プロセス
CKD株式会社 P53シリーズ、FACシリーズ 真空吸引、高性能ポイントオブユースフィルタ (メーカー仕様による) 発生源での強制吸引による高い信頼性、排気配管の劇的な簡素化 高清浄度ICR、設計の簡素化を求める装置
株式会社コガネイ クリーンシステム機器 (CSシリーズ) システム全体での対応、集塵ポート NSF H1グレードグリース 空気圧回路全体のクリーン化、明確なクラス表記、食品・医療分野への適合 食品、医薬品、化粧品、一般ICR

このように、SMC社は多様なニーズに柔軟に対応できる製品ラインナップ、CKD社は特定の課題を解決する先進技術、コガネイ社はシステム全体での清浄度保証と特定産業への適合性、といったように各社に強み があります。  設計者は、装置の用途、要求清浄度、コスト、メンテナンス性などを総合的に考慮し、最適なメーカーと製品シリーズを選定する必要があります。

 

 

エアシリンダ周辺機器のクリーン対応

エアシリンダ本体のクリーン対策は重要ですが、それだけでシステムが完結するわけではありません。シリンダを駆動させるための周辺機器もまた、クリーンルーム内での発塵源となり得るため、システム全体での対策が不可欠です。

 

電磁弁とスピードコントローラ

エアシリンダの動きを制御する電磁弁(ソレノイドバルブ)も、排気ポートを持つため汚染源となり得ます。  そのため、クリーン仕様の電磁弁 が存在し、シリンダと同様に排気処理が必要です。複数の電磁弁の排気をマニホールドで集合させ、集中排気する構成が一般的です。

 

また、シリンダの速度を調整する クリーン用スピードコントローラ も、 排気ポートにクリーン排気フィルタ を取り付けるなどの対策が求められます。

 

継手とチューブ

圧縮空気を送るための継手やチューブも、材質によっては摩耗や劣化によりパーティクルを発生させる可能性があります。  クリーンルーム用途では、発塵の少ないフッ素樹脂(PFA、PTFEなど)製のチューブや、ステンレス製の継手 が選ばれることが多くあります。

 

さらに、半導体工場などでは静電気対策として、帯電防止仕様のチューブが使用されることも考慮すべき点です。

 

 

フローティングジョイントとセンサスイッチ

シリンダのロッド先端に取り付けるフローティングジョイントは、駆動対象との芯ずれを吸収する重要な部品です。

 

芯ずれを放置すると、ロッドやパッキンに無理な力がかかり、異常摩耗を引き起こして発塵を増加させる原因となります。  フローティングジョイントを適切に使用することは、間接的にシリンダの長寿命化とクリーン性能の維持に貢献します。  また、シリンダの位置を検出するセンサスイッチ(オートスイッチ)も、ケーブルの被覆材などがクリーンルームの規格に適合しているかを確認する必要があります。

 

 

電動アクチュエータとの比較とメリットデメリット

クリーンルームでの直線運動を考える際、エアシリンダの代替技術として常に比較対象となるのが電動アクチュエータです。  どちらを選択するかは、アプリケーションの要求を正しく理解した上での判断が求められます。

 

エアシリンダのメリットとデメリット

エアシリンダの最大の利点は、小型・軽量でありながら大きな推力を出せること、そして初期導入コストが比較的低い点にあります。  また、構造がシンプルで堅牢なため、過酷な環境にも強いという特徴も持ちます。  一方で、最大のデメリットは本記事で詳述してきた汚染リスクです。  加えて、任意の位置での精密な停止や、速度・推力の細かい制御は苦手としています。

 

 

電動アクチュエータとの比較

一般的に、排気がないため電動アクチュエータの方がクリーンであると見なされます。 しかし、電動アクチュエータもボールねじやリニアガイドといった駆動機構の摩耗により発塵する可能性があるため、  クリーン対応グレードの製品選定は同様に必要です。

 

電動アクチュエータの最大の強みは、位置、速度、加減速、推力を精密に制御できる点にあります。  これにより、衝撃の少ないスムーズな動作や多点位置決めが可能になります。ただし、初期導入コストはエアシリンダより高価になる傾向があります。

比較項目 エアシリンダ 電動アクチュエータ
清浄度 対策必須(排気、発塵) 一般的に優位だが、摺動部の発塵対策は必要
制御性 2点間動作が基本。中間停止や速度制御は不得意 位置、速度、加減速、推力の精密制御が可能
推力密度 小型で高推力を実現 同推力では大型になる傾向
初期コスト 比較的安価 比較的高価
運用コスト エネルギー効率が低く、高くなる可能性 エネルギー効率が高く、低く抑えられる可能性
最適な用途 クランプ、単純な昇降など、高推力でシンプルな動作 精密な多点位置決め、衝撃を避けたい搬送工程

結局のところ、どちらが良いというわけではなく、適材適所での使い分けが肝心です。  高推力で単純な2点間の往復運動が求められるクランプ工程などでは対策を施したエアシリンダが、精密な多点位置決めや衝撃を避けたい搬送工程などでは電動アクチュエータが、それぞれ優れた選択肢となり得ます。

 

 

ダウンフローと周辺環境を考慮した設計

個々の部品選定だけでなく、装置全体の設計思想もクリーン性能に大きく影響します。  特に、クリーンルーム特有の空気の流れや環境を理解し、それを味方につけるレイアウト設計は非常に効果的です。

 

装置全体のレイアウト設計

高性能なクリーンルームの多くは、天井のフィルタから床面へ向かって清浄な空気が一方向に流れる「ダウンフロー(垂直層流)」方式を採用しています。  この気流は、室内で発生したパーティクルを速やかに床面へと押し流し、排出する役割を担っています。  この原理を応用した設計の基本原則は、「発塵源となるコンポーネントは、可能な限り製品(ワーク)よりも下に配置する」ことです。

 

エアシリンダやモータなどの 可動部をワークの下にレイアウトすることで、製品へのパーティクル付着リスクを大幅に低減 できます。

 

 

材質選定と静電気対策

装置の材質選定も重要です。  露出する部品には、腐食して錆を発生させないよう、原則としてステンレス鋼(SUS304やSUS316)を使用することが推奨されます。  錆はそれ自体が重大なパーティクル汚染源となるためです。  加えて、半導体工場などでは静電気による製品の破壊やパーティクルの吸着が問題となります。  そのため、装置のフレームやカバーには導電性のある材質を選定し、適切なアース(接地)を施すといった静電気対策も設計に盛り込む必要があります。

 

 

メンテナンス性への配慮

クリーンルーム内の装置は、その清浄度を長期間維持するために定期的なメンテナンスが不可欠です。  排気フィルタの交換やシリンダの点検、清掃などが容易に行えるよう、設計段階からアクセスしやすい構造を心がけることが大切です。  清掃しにくい複雑な構造は、汚れが蓄積し、それ自体が新たな汚染源となってしまう可能性があります。

 

 

最適なクリーンルーム エアシリンダの選び方

この記事で解説してきた内容を基に、最適なクリーンルーム用エアシリンダを選定するためのポイントをまとめます。

 

  • まず設計対象のクリーンルームの清浄度クラス(ISO規格)を確認する
  • 装置が実際に稼働する「運転時」の清浄度維持を前提に考える
  • 汚染経路はシリンダ内部の摩耗と供給エアの汚染の2系統であると理解する
  • 対策の基本は供給エアを高品質なクリーンドライエア(CDA)にすること
  • 装置仕様書には要求する空気品質(ISO 8573-1準拠)を明記する
  • シリンダ本体は耐摩耗パッキンや低発塵グリースを採用した製品を選ぶ
  • 排気対策には「高性能フィルタでの直接排気」と「真空吸引」が有効
  • 直接排気フィルタは配管設計を大幅に簡素化できる
  • 真空吸引は発生源で汚染を捕捉する最も確実性の高い方法
  • SMCは要求仕様に応じた幅広い選択肢を提供している
  • CKDは真空吸引や排気フィルタといった特定技術に強みを持つ
  • コガネイはシステム全体でのクリーン化や食品・医療分野に適している
  • シリンダだけでなく電磁弁や継手など周辺機器もクリーン仕様で統一する
  • フローティングジョイントで芯ずれを防ぎパッキンの異常摩耗を抑制する
  • コストや推力密度を重視する場合はエアシリンダが有利
  • 精密な位置決めや速度制御が必要な場合は電動アクチュエータを検討する
  • 装置レイアウトでは発塵源を製品より下に配置するのが鉄則
  • 材質は錆防止のステンレスを基本とし、静電気対策も考慮に入れる

 

以上です。

 

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