樹脂のPEEK材とは?特性・グレード・用途を網羅解説

 

ここでは クリーンルーム内の自動機 などで利用される「樹脂素材であるPEEK材」についてのメモです。

 

「PEEKの特徴は理解しているつもりでも、どのグレードを選べばオーバースペックにならず、コストと性能の最適解になるのか?」という悩み は、多くの設計者が一度は抱えるものではないでしょうか。

 

PEEK材に関する情報は多くのサイトで解説されていますが、断片的な特性の紹介に留まっているケースも少なくありません。  この記事では、私自身の設計経験と、それでも足りない専門知識が沢山ありましたので、その徹底的に調査し、PEEK材の全体像を体系的に理解できるようメモしています。

 

PEEK材が持つ卓越した基本特性と具体的な物性値から始まり、その上で、価格や加工性といった導入前に知るべきデメリットと注意点まで、設計者が深く調べようとしたときに触れたい情報をメモしています。

PEEK材 樹脂とは?その基本特性

頂点に立つスーパーエンプラ

PEEKは「Poly Ether Ether Ketone(ポリエーテルエーテルケトン)」の略称 です 。

 

プラスチック材料の分類において、汎用プラスチックやエンジニアリングプラスチック(エンプラ)を凌駕する性能を持つ「スーパーエンジニアリングプラスチック(スーパーエンプラ)」の代表格とされています。  注目するべきは化学構造です。  PEEKは、芳香族ポリアリールエーテルケトン(PAEK)ファミリーの一員で、化学的に非常に安定なベンゼン環(芳香族)が、エーテル基(-O-)とケトン基(-C(=O)-)によって直線的につながっています。 この多数のベンゼン環が分子全体を非常に剛直(硬く)にし、高い機械的強度と耐熱性の基盤となっています。

 

しかし、それだけなら熱硬化性樹脂のように硬く脆い材料になってしまいます。  PEEKの巧妙な点は、分子鎖に含まれる「エーテル結合(-O-)」が適度な柔軟性(回転自由度)を与えていることです。  これにより、PEEKは「熱可塑性樹脂」として高温で溶融し、射出成形や押出成形が可能になっています。

 

つまり、熱硬化性樹脂に匹敵するほどの安定性と、熱可塑性樹脂としての量産加工性という、相反する特性を両立させた点が画期的で、この「最高の性能」と「実用的な加工性」の絶妙なバランスこそが、1978年に英国ICI社(現Victrex社)によって開発されたPEEKです。

 

 

卓越した耐熱性と耐薬品性

PEEKの耐熱性や耐薬品性が優れていることは広く知られています が、 まず耐熱性について、PEEKの連続使用温度は約240℃から260℃と報告されています。  融点は334℃から340℃にも達し、これは熱可塑性樹脂の中で紛れもなく最高クラスの性能です。

 

しかし、特に重要だと感じたのは、単なる高温耐性ではなく、その「耐スチーム性(耐加水分解性)」です。  PEEKは、高温の熱水や高圧水蒸気(スチーム)の環境下でも、加水分解による物性低下をほとんど起こしません。

 

この特性があるからこそ、医療分野で繰り返し行われるオートクレーブ(高圧蒸気滅菌)という過酷なサイクルにも耐えることができるのです。  次に耐薬品性ですが、その広範さも特筆すべき点です。  PEEKは濃硫酸など一部の強酸には溶解するものの、それ以外のほぼ全ての酸、アルカリ、有機溶剤に対して、高温下であっても優れた耐性を示します。

 

特に、半導体製造工程で用いられる「フッ酸系薬品」にも耐性があるという事実は、PEEKがなぜクリーンルームで多用されるのかを明確に示しています。  さらに、これらの特性に加え、PEEKは「難燃剤を一切添加せずに」、その化学構造自体が持つ性質としてUL規格の難燃性試験「UL94 V-0」を達成します。  これは、燃焼時の発煙や有毒ガスの発生が非常に少ないことを意味し、クリーンルームでの低アウトガス性や航空宇宙分野での安全性にも直結する、非常に重要な特性です。

 

 

高い機械的強度と物性値

PEEKは、高温環境下においても優れた機械的強度を維持します。  高い引張強度、耐衝撃性、長期間の荷重に耐える耐クリープ性、そして耐摩耗性などをバランス良く備えています。

 

特に非強化グレード(充填剤を含まないナチュラルグレード)は、非常に強靭(粘り強い)であることが特徴です。  特定の試験条件下では、シャルピー衝撃強度(ノッチなし)が「破損なし」と評価されるほどの高い耐衝撃性を示します。

 

設計の基礎となる、PEEKの代表的な物性値をグレード別に以下の表にまとめます。  ただし、これらの数値は各材料メーカーの特定グレードの代表値であり、試験条件によっても変動するため、設計時には必ず使用するグレードの正式なデータシートを参照してください。

物性項目 非強化グレード (Ketron 1000 / 450G) 30%ガラス繊維強化 (450GL30) 30%炭素繊維強化 (450CA30) 試験規格 (参考)
物理的特性
密度 1.31 g/cm3 - - ISO 1183-1 / ASTM D792
機械的特性 (室温)
引張強度 115 MPa 180 MPa (26,100 psi) 260 MPa (37,700 psi) ISO 527 / ASTM D638
引張弾性率 4,300 MPa (4.3 GPa) 11,700 MPa (11.7 GPa) 24,800 MPa (24.8 GPa) ISO 527 / ASTM D638
破断時引張ひずみ 17 % 2.7 % 1.7 % ISO 527 / ASTM D638
曲げ強度 170 MPa 270 MPa (39,200 psi) 380 MPa (55,100 psi) ISO 178 / ASTM D790
シャルピー衝撃強度 (ノッチ付) 3.5 kJ/m2 8.0 kJ/m2 (3.8 ft-lbf/in) 7.0 kJ/m2 (3.3 ft-lbf/in) ISO 179-1/1EA / ASTM D256
シャルピー衝撃強度 (ノッチなし) 破損なし 61 kJ/m2 (29 ft-lbf/in) 44 kJ/m2 (21 ft-lbf/in) ISO 179-1/1EU / ASTM D256
ロックウェルM硬さ 105 - - ISO 2039-2
熱的特性
荷重たわみ温度 (HDT, 1.8 MPa) 152 - 160 ℃ - 315 ℃ (30%強化品) ISO 75 / ASTM D648
連続使用温度 240 - 260 ℃ (250 ℃) (250 ℃) -
融点 (Tm) 334 - 340 ℃ 343 ℃ 343 ℃ ISO 11357 / ASTM D3418
ガラス転移温度 (Tg) 143 - 145 ℃ 143 ℃ 143 ℃ ISO 11357 / DMA
線膨張係数 (CLTE, 23-150 ℃) 5.0 × 10-5 /K - - -

 

 

NASAが認める低アウトガス性

PEEKの特性を語る上で欠かせないのが、その「清浄度」です。  PEEKは、宇宙・航空分野や半導体の高真空プロセスにおいて不可欠な「低アウトガス性」に極めて優れています。

 

アウトガスとは、材料を真空下や高温下に置いた際に、材料内部から放出される微量のガスのことを指します。

 

これが衛星の光学レンズや半導体ウェハーに付着すると、製品不良やシステム故障を引き起こす重大な汚染源となります。  PEEKは材料自体が本質的に高純度であり、このアウトガスの発生が非常に少ないことが知られています。

 

 

ASTM E595試験結果に見るPEEKの純度

PEEKの清浄度は、NASA(アメリカ航空宇宙局)が定める厳格な試験「ASTM E595」によって定量的に証明されています。  この試験は、材料サンプルを125℃の高温・高真空下(最低 5 × 10-5 torr)に24時間置き、その際に発生するガスを測定するものです。測定される主な指標は以下の3つです。

 

  1. TML (Total Mass Loss):総質量損失率。サンプルが失った質量の総量。
  2. CVCM (Collected Volatile Condensable Materials):回収揮発性凝縮物質率。放出されたガスのうち、25℃の冷却板に付着(凝縮)した物質の割合。これが「汚染の主原因」とみなされます。
  3. WVR (Water Vapor Regained):水蒸気再吸収率。試験後にサンプルが再吸収した水分の割合。TMLの多くが水分だったかどうかの目安になります。

 

NASAによる宇宙飛行用途での合格基準は、「TML ≤ 1.0%」かつ「CVCM ≤ 0.1%」と厳格に定められています。主要メーカーであるVictrex社が公開しているPEEK主要グレードのASTM E595試験結果(代表値)は、以下の通りです。

グレード (Victrex) 概要 %TML (総質量損失率) %CVCM (揮発性凝縮物率) %WVR (水蒸気再吸収率) NASA合否 (CVCM ≤0.1%)
450G 非強化 0.26 0.00 0.12 合格
450GL30 30%ガラス繊維強化 0.20 0.00 0.08 合格
450CA30 30%炭素繊維強化 0.33 0.00 0.12 合格

このデータは、PEEKが非強化グレードだけでなく、繊維強化グレードを含めてNASAの厳格な合格基準を満していることを示します。  さらに注目すべきは、汚染の直接的な指標であるCVCMが「0.00%」と報告されている点です。  これは、125℃の加熱条件下で、汚染の原因となる揮発性凝縮物質が「検出限界以下」であったことを意味します。

 

この客観的なデータこそが、PEEKが半導体製造のクリーンルームや航空宇宙分野で絶対的な信頼を得ている理由です。

 

 

PEEK材 樹脂の多様なグレードと用途

剛性を高める強化グレード

PEEKは、ベースとなる非強化(ナチュラル)グレードの特性を維持しながら、特定の性能を向上させるために様々な充填材(フィラー)が配合されます。

 

その代表例が、機械的強度、特に「剛性(曲がりにくさ)」を大幅に向上させた「強化グレード」です。  これらは、ベースのPEEK樹脂にガラス繊維(GF)や炭素繊維(CF、カーボンファイバー)を充填材として配合(コンパウンド)したものです。

 

 

ガラス繊維強化(GF)グレード

ガラス繊維を30%程度配合したグレードが一般的です。  非強化グレードと比較して剛性が大幅に向上し(前掲の物性値比較表を参照)、特に高温下でのクリープ耐性(荷重をかけ続けた際の変形しにくさ)に優れるため、構造材としての使用に適しています。

 

 

炭素繊維強化(CF)グレード

炭素繊維を30%程度配合したグレードが知られています。  ガラス繊維強化グレードをさらに上回る高い剛性(物性値比較表参照)に加え、優れた「耐摩耗性」と「熱伝導性(放熱性)」も同時に付与されるのが大きな特徴です。

 

これらの強化グレードは、高温下での寸法安定性が劇的に向上します。  例えば、荷重たわみ温度(HDT)は、非強化グレードの152℃-160℃に対し、炭素繊維強化30%品では315℃にまで達するというデータもあります。  ただし、剛性が高まると同時に、非強化グレードが持つ「粘り強さ(靭性)」は低下し、材料としては脆くなる傾向があります(物性値比較表の「破断時引張ひずみ」参照)。  また、充填された硬い繊維が工具を激しく摩耗させるため、後述する切削加工の難易度がさらに高くなる点には注意が必要です。

 

 

摩擦を減らす摺動グレード

PEEKの活用において、設計者が誤解しやすい点の一つに「自己潤滑性」があります。  実際には、充填剤を含まない非強化(ナチュラル)グレードのPEEKは、乾燥条件下での摩擦係数が約0.7と非常に高く、そのまま摺動部品(すべり軸受など)に使用するには不向きです。

 

そこで開発されたのが、無潤滑環境下での「低摩擦」と「高耐摩耗性」を実現する「摺動(しゅうどう)グレード」です。

 

このグレードは、ベースとなるPEEKに、炭素繊維、黒鉛(グラファイト)、および四フッ化エチレン(PTFE)といった固体潤滑剤を、それぞれ10%程度ずつバランス良く配合するのが一般的です。

 

摺動の初期段階で、これらの固体潤滑剤が相手材となる金属表面などに微細な「移着膜(トランスファーフィルム)」を形成します。  摺動が継続すると、PEEK部品表面の潤滑剤と、相手材表面に形成された膜とが擦れ合うことになり、「固体潤滑剤 対 固体潤滑剤」の摩擦となります。  これにより、摩擦係数は劇的に低下します。

 

摺動部品の設計では、その部品が耐えられる圧力(P)と速度(V)の積である「PV限界値」が重要な指標となります。  この値が高いほど、より高負荷・高速の過酷な環境で使用できます。メーカー各社のデータは、摺動グレードの重要性を示しています。

メーカー・グレード 概要 摩擦係数(μ) (vs Steel, Dry) PV限界値 (参考)
Solvay KetaSpire KT-820 NT 非強化 ~0.7 (at 400 fpm) 高圧で摩耗大
Solvay KetaSpire KT-880 FW30 摺動 ~0.15 (at 400 fpm) 75,000 psi・fpm で低摩耗
Victrex PEEK 450FC30 標準摺動 ~0.09 (at 1 m/s, 500 psi) ~20,000 psi・fpm
Victrex PEEK WG102 プレミアム摺動 ~0.07 (at 1 m/s, 500 psi) ~250,000 psi・fpm

表が示す通り、Victrex社のプレミアム摺動グレード「WG102」は、標準的な摺動グレード「450FC30」と比較して、PV限界値が10倍以上も高いという驚異的な性能を示しています。  これにより、従来は金属ベアリングと潤滑油(グリース)が必須だった自動車のトランスミッション内部品などの無潤滑化が可能になります。

 

 

静電気を防ぐ導電グレード

PEEKは、本来 1016 Ω・m を超える高い体積抵抗率を持つ、優れた電気絶縁体です。

 

しかし、この特性は、裏を返せば摩擦によって静電気を帯びやすい(帯電しやすい)ことを意味します。  半導体や電子部品の製造・ハンドリング工程では、この静電気が放電(ESD)すると、微細な電子回路を一瞬で破壊してしまう重大な問題となります。

 

この課題を解決するのが「導電グレード」(または静電対策グレード)です。  このグレードは、ベースのPEEKにカーボンブラック、カーボンナノチューブ(CNT)、または炭素繊維といった導電性フィラーを添加することで、意図的に電気抵抗値を下げています。

 

フィラーの添加量を精密に制御することにより、表面抵抗値を 106 ~ 109 Ω/□ (オームスクエア)といった「静電気拡散領域(Static Dissipative)」に調整したグレードが主流です。  この抵抗値は、電気を瞬時に通す(導電)のではなく、発生した静電気をゆっくりと安全にアースへ逃がす(拡散させる)のに適しています。

 

 

半導体と医療分野での活用

PEEKはその独自の特性の組み合わせにより、他の材料では代替が難しい、特に高い信頼性が求められる分野でその真価を発揮します。

 

 

半導体・エレクトロニクス分野

半導体製造プロセスは、分子レベルの汚染(アウトガス)と粒子レベルの汚染(パーティクル)を極度に嫌う、最も清浄度が求められる環境の一つです。  前述の通り、PEEKはNASAの基準でCVCM 0.00%と示される極めて低いアウトガス性と、フッ酸系薬品にも耐える高い耐薬品性 を持ち合わせています。

 

このため、PEEKはクリーンルーム対応素材として最適であり 、シリコンウェハーを搬送するためのトレイ(ウェハーキャリア)やFOUP、製造装置内のリテーナー、ICチップのテストソケット、検査用治具などに広く使用されています。  また、前述の導電グレードは、静電気破壊(ESD)を防止する部品として不可欠です。

 

 

医療・メディカル分野

医療分野において、PEEKは金属(チタンなど)やセラミックスに代わるインプラント(体内埋め込み)材料として、重要な地位を確立しています。  その理由は、複数の特性のコンビネーションにあります。

 

  1. 生体適合性:体内で拒絶反応を起こしにくく、無毒かつ化学的に安定しています。
  2. 最適な機械特性:PEEK(特に非強化グレード)の弾性率は、人間の皮質骨に非常に近い値です。これにより、インプラントと骨が適切に荷重を分担できるため、金属インプラントで問題となることがある「ストレスシールディング(インプラント周囲の骨が痩せてしまう現象)」を起こしにくいとされています。
  3. 放射線透過性:PEEKはX線、CTスキャン、MRIを透過します。これにより、金属インプラントでは画像の乱れ(アーチファクト)によって隠れてしまう術後の経過観察において、医師はインプラント周囲の骨や組織の状態を鮮明に画像診断できます。
  4. 滅菌耐性:高温・高圧のスチーム滅菌(オートクレーブ)やガンマ線滅菌の過酷なサイクルに繰り返し耐えることができます。

これらの特性から、脊椎ケージ(椎体間固定器具)や人工関節などのインプラントのほか、繰り返し滅菌が必要な手術用器具にも広く採用されています。

 

 

主要メーカーとラインナップ

PEEK材の選定にあたり、日本の機械設計者が実際に材料を入手したり、加工を依頼したりする際の供給ルートを理解しておくことは非常に重要です。

 

 

PEEKの入手形態:素材と規格品

まず、PEEK材の入手形態は、大きく分けて2種類あります。

 

一つは、切削加工の元となる「素材」です。  これらは、押出成形などによって製造された丸棒、板(プレート)、チューブといった形状で供給されます 。  設計者は、これらの素材を購入し、図面に基づいて精密加工を行うことになります。  もう一つは、すでに特定の形状に加工された「規格品」です。  例えば、ねじ(ボルト、ナット)やワッシャー、ブッシュ、ベアリングなどは、多くのFA(ファクトリーオートメーション)部品供給メーカー(例えばミスミなど)によって 標準カタログ品 として販売されています。

 

耐薬品性や耐熱性が求められる固定具としてPEEK製ねじの需要は高く、特注で切削加工するよりもコストと納期を大幅に削減できる可能性があります。  設計の初期段階で、まず規格品で対応できないか検討することが大切です。

 

 

主要サプライヤー(日本国内)

これらの PEEK製品の供給網は、大きく2つの階層に分かれています。

 

1. レジン(樹脂ペレット)メーカー

PEEK材料の源流となる、樹脂そのもの(ペレット)を重合・製造するグローバルな化学メーカーです。

  • Victrex (ビクトレックス)1978年にPEEKを世界で初めて開発したICI社の流れを汲む企業であり、PEEKレジン製造における世界最大のメーカーです。  日本法人(ビクトレックス・ジャパン株式会社)が技術サポートやレジン供給を行っており、「VICTREX PEEK」や医療用の「INVIBIO」などのブランドを展開しています。
  • Solvay (ソルベイ)Victrexに次ぐ、PEEKおよびPEKKの大手レジンメーカーです。  「KetaSpire PEEK」 などのブランド名で、高性能グレードを供給しており、ソルベイ・ジャパン株式会社が国内での窓口となっています。

 

2. 素材メーカー

日本の設計者が切削加工用の材料として調達する際、最も中心となる供給源です。  上記のレジンメーカーから樹脂を調達し、独自の配合(コンパウンド)技術も加えて、丸棒や板といった素材を製造・販売しています。

  • Mitsubishi Chemical (三菱ケミカルアドバンスドマテリアルズ, MCG)旧クオドラントEPPジャパンであり、日本国内での製造・販売網が非常に強固です。「Ketron PEEK (ケトロンPEEK)」7 のブランド名で知られ、非強化の「Ketron 1000 PEEK」をはじめ、国内での入手性が高いのが特徴です。
  • Ensinger (エンズィンガー)ドイツに本社を置く大手メーカーで、エンズィンガージャパン株式会社が国内で素材を供給しています。「TECAPEEK」 というブランド名で、ナチュラルグレード、摺動グレード、導電グレードなどを幅広くラインナップしています。
  • Röchling (レヒリング)Ensingerと同様にドイツを本拠とし、「SUSTAPEEK」 ブランドなどで素材を供給しています。

設計者がカスタム部品を製作する場合、まずこれらの素材メーカーのカタログから要求仕様(摺動性、強化、導電性など)に合うグレードを選定することから始まります。

 

 

PEEK材 樹脂の利用時の注意点

PEEKの価格とデメリット

これまで述べてきたようにPEEKは卓越した性能を持ちますが、その採用を検討する上で最大の障壁となるのが、そのデメリット、特に 圧倒的な材料コストの高さ です。

 

PEEKは、数あるスーパーエンプラの中でも特に高価な材料として知られています。  具体的な価格はグレードや形状によって異なりますが、目安として1kgあたり1万円程度とされ、これは汎用樹脂(ポリエチレンなど)の約50倍、一般的なエンジニアリングプラスチック(ポリアセタールなど)の約30倍にも達する と言われています。

 

耐薬品性に優れるPTFE(テフロン)と比較しても、約10倍高価になるケースがあります 。  したがって、PEEKは単純な「コストダウン」を第一目的に選定される材料ではありません。  PEEKの採用を正当化するには、部品単価の高さ(デメリット)を上回るメリット、すなわち「総所有コスト(TCO)」の観点からの評価が不可欠です。

 

例えば、PEEK部品の採用によって、半導体製造ラインの汚染が減り「歩留まりが向上」する、医療機器の滅菌可能回数が増え「ライフサイクルコストが下がる」、あるいは自動車の潤滑システムが廃止でき「システム全体のコストと重量が削減」されるといった場合 です。

 

PEEKの価値は、その初期コストではなく、稼働率の向上や信頼性の維持によって評価されるべき「投資」とみなす必要があります。

 

 

難易度の高い切削加工

PEEKを採用する上でのもう一つの実用的な課題が、切削加工の難しさです。  PEEKは、その優れた機械的特性ゆえに、金属とも他の一般プラスチックとも異なる加工ノウハウを要求されます。

 

非強化グレードは、非常に強靭(粘り強い)ため、切削時に切粉(きりこ)の排出がうまくいかなかったり、加工熱で材料が溶けて工具に融着したりしやすい傾向があります。  一方、ガラス繊維や炭素繊維を含む強化グレードは、非強化品に比べて硬度が高いものの、今度は充填されている硬い繊維がドリルやエンドミルの刃先を激しく摩耗させ、工具の寿命を著しく短くします。  加工時に「割れ」や「欠け」が発生しやすくなるのも、このグレードの特徴です。

 

 

アニーリング処理の必要性

さらに、PEEKは半結晶性樹脂であり、丸棒や板といった素材が製造(押出成形など)される際の冷却過程で、製品内部に応力(残留応力)が蓄積しやすい性質を持っています。

 

この内部応力が残ったままの材料に切削加工を行うと、応力が解放されることで、加工中または加工後に「反り」や「ねじれ」といった寸法変化を引き起こします。最悪の場合、「割れ(クラック)」の原因となることもあります。  高精度な寸法が要求されるPEEK部品を製作する場合、この内部応力を除去するため、切削加工前(あるいは粗加工と仕上げ加工の間)に、材料をガラス転移点(約145℃) 以上の適切な温度で保持し、その後ゆっくりと冷却する「アニーリング(焼きなまし)」処理を施すことが、寸法安定性を確保する上で不可欠です。

 

このように、PEEKの加工には材料特性を熟知した専門的なノウハウが求められます。

 

 

最適なPEEK材 樹脂の選び方

PEEK材 樹脂の特性を理解し、正しく活用するための重要なポイントを以下にまとめます。 また、設計に必要な正確な物性データや、各グレードの詳細な技術資料(データシート)は、以下の一次情報源から入手することをお勧めします。

  • PEEKはスーパーエンプラの頂点に立つ材料の一つ
  • 連続使用温度240~260℃という抜群の耐熱性を持つ
  • 高温のスチームやオートクレーブ滅菌にも耐える耐加水分解性
  • 濃硫酸を除く、ほとんどの薬品に耐える優れた耐薬品性
  • 高温下でも高い機械的強度、剛性、耐クリープ性を維持する
  • 非強化グレードは非常に強靭で衝撃に強い
  • 難燃剤フリーでUL94 V-0の難燃性を達成する
  • NASA基準(ASTM E595)でCVCM 0.00%という極めて低いアウトガス性
  • 半導体クリーンルームや宇宙用途の汚染対策に不可欠
  • 用途に応じて最適な「グレード」選定が最も重要
  • 剛性や高温強度が欲しい場合は「強化グレード」(ガラス・炭素繊維)
  • 無潤滑での低摩擦・耐摩耗性が必要な場合は「摺動グレード」(PTFE・黒鉛配合)
  • 静電気対策には「導電グレード」(カーボン配合)
  • 半導体、医療、航空宇宙、自動車など過酷な環境で活躍
  • 最大のデメリットは汎用樹脂の数十倍にもなる高価格
  • コストではなく「総所有コスト(TCO)」で価値を判断する
  • 強度と粘り強さ、または繊維の硬さにより切削加工が難しい
  • 寸法安定性のためアニーリング処理が推奨される
  • Victrex、Solvay、MCGなどの主要メーカーが多様なグレードを展開

 

信頼できる公的サイト・メーカー公式サイト

  • Victrex(ビクトレックス)
    • URL: https://www.victrex.com/ja
    • 説明: PEEKの原開発メーカーであり、世界最大手のレジン(樹脂)メーカーです。医療用グレード「INVIBIO」 の情報も含め、最も信頼性の高い技術資料が入手可能です。  
  • Solvay(ソルベイ)
    • URL: https://www.solvay.com/ja
    • 説明: Victrexに次ぐPEEKおよびPEKKの大手レジンメーカーです。「KetaSpire PEEK」ブランドの技術データシート(摺動グレードのPV値データなど)が参照できます。
  • 三菱ケミカルアドバンスドマテリアルズ(MCG)
    • URL: https://www.mcam.com/ja/
    • 説明: 日本国内の設計者が切削加工用の素材(丸棒、板)を入手する際の主要な供給メーカーです。「Ketron PEEK」ブランドの物性表や加工ガイドラインが充実しています。
  • NASA Outgassing Database
    • URL: https://etd.gsfc.nasa.gov/capabilities/outgassing-database
    • 説明: NASA(アメリカ航空宇宙局)が公開している材料のアウトガス特性データベースです。記事中で触れたASTM E595試験の公式データ(TML, CVCM値)を検索でき、PEEKの清浄度の客観的データを確認できます 。  

 

PEEK材の利用事例を紹介するサイト

 

PEEKが具体的にどのような部品で使用されているか、その用途や選定理由を知るために参考となるサイトです。

  • 株式会社ダイセル(ダイプラ)
    • URL: https://www.dai-pla.co.jp/column/column/peek
    • 説明: 樹脂の切削加工メーカーの技術コラムです。半導体製造装置(ウェーハ搬送トレイ、リテーナー)や医療機器など、クリーンルーム対応素材としての具体的な加工事例や用途が紹介されています 。  
  • ミスミ meviy(メヴィー)
    • URL: https://jp.meviy.misumi-ec.com/info/ja/uncategorized/35718/
    • 説明: FA部品大手ミスミの技術情報ページです。自動車分野(エンジン部品、トランスミッション部品)やメディカル分野(インプラント、義歯)での具体的な用途と、PEEKが選ばれる理由が分かりやすく解説されています 。  
  • 岡畑興産株式会社
    • URL: https://okahata.co.jp/blog/functional-material/what-peek
    • 説明: 化学品専門商社のブログ記事です。自動車、航空宇宙、電線被覆、3Dプリンター用フィラメントなど、幅広い分野でのPEEKの主な用途が簡潔にまとめられています 。  
  • 株式会社キタムラ(カットプラドットコム)
    • URL: https://www.cutpla.com/peek-s-use.html
    • 説明: 樹脂素材の販売・加工を行う企業のページです。摺動グレードの特徴と共に、電気・電子部品、自動車、機械部品(ケミカルポンプ)、半導体・液晶製造装置部品といった具体的な用途例が挙げられています 。

以上です。

 

関連記事
クリーンルームで稼働している自動組立ラインの画像
クリーンルーム向け自動機設計の基本

続きを見る