ここでは 機械材料・治具材料 で注意するべき特性である 「線熱膨張係数一覧と機械設計に活かす基礎知識と計算方法」についてのメモです。
私もかつて、温度変化による部品の寸法変化に頭を悩ませた経験があります。 熱膨張が思わぬトラブルを引き起こす原因となり、特に設計においては 熱膨張をどこまで考慮するか というのも重要なポイント になってきます。
多くの技術サイトでは、材料ごとの膨張係数をまとめた一覧や、基本的な伸びの計算式は紹介されています。 しかし、それらの情報が実際の設計課題、例えば予期せぬ熱応力による破損や精度低下といった問題とどう結びつくのか、そして具体的な対策までを一貫して解説している情報は少ないと感じていました。この記事は、まさにそのギャップを埋めることを目的としています。 他のサイトでは断片的に語られがちな情報を体系的に整理し、一歩踏み込んだ実用的な知識を提供します。
まず、膨張係数の基礎と熱変形の計算方法を確実に理解し、次に主要材料ごとの膨張係数の違いを比較することで、材料選定の勘所を掴みます。 その上で、熱応力やはめあい変化といった設計上の具体的な問題点を深く掘り下げ、最後に、それらを回避・許容するための具体的な設計対策を学ぶという流れで、熱膨張問題の全体像を網羅的に解説していきます。
膨張係数の基礎知識と計算方法
線熱膨張係数とは?基本を解説
線熱膨張係数とは、温度が1℃(または1K)上昇したときに、材料の長さがどれくらいの割合で変化するかを示す物性値 です。 記号はギリシャ文字のα(アルファ)で表され、単位は「/℃」または「/K」が用いられます。
この現象は、材料を構成する原子の振る舞いに起因します。 材料に熱が加わると原子の振動が活発になり、原子同士の平均距離が広がります。 このミクロな変化が積み重なることで、材料全体の寸法が大きくなる、これが熱膨張の原理です。
したがって、原子間の結合力が強い材料ほど熱膨張はしにくくなります。 例えば、セラミックスは原子の結合が強固なため膨張係数が小さく、一方で樹脂材料は分子間の結合が比較的弱いため、金属よりもはるかに大きな膨張係数を示す傾向があります。
また、体積の変化率を示す指標として体積膨張係数(β)もありますが、等方性材料(方向によって物性が変わらない材料)では、体積膨張係数は線熱膨張係数の約3倍(β ≒ 3α)という関係が成り立ちます。 機械設計では主に長さや径の変化が問題となるため、線熱膨張係数が最も重要なパラメータと考えられます。
温度変化による寸法の伸びを計算
温度の変化によって材料がどれだけ伸び縮みするのかは、簡単な計算式で求めることが可能です。 この計算は、熱膨張を考慮した設計を行う上での第一歩となります。
寸法変化量(ΔL)を求める基本式は以下の通りです。
ΔL = α × L₀ × ΔT
- ΔL:長さの変化量
- α:材料の線熱膨張係数
- L₀:温度変化前の元の長さ
- ΔT:温度の変化量
例えば、長さが1000mmの鉄の棒(α ≒ 12 × 10⁻⁶ /℃)が、基準温度の20℃から100℃まで加熱されたケースを考えてみましょう。 この場合の温度変化(ΔT)は80℃です。
ΔL = (12 × 10⁻⁶ /℃) × 1000mm × 80℃ = 0.96mm
このように、1mの棒でも80℃の温度上昇で約1mmも伸びることがわかります。 長い部材や高精度が求められる部品では、この変化量が決して無視できない誤差となるため、設計段階での定量的な評価が不可欠です。
熱応力とヤング率の関係とは
熱膨張や熱収縮そのものは、材料に応力を発生させません。 熱応力とは、材料が温度変化によって自由に伸縮しようとする動きが、外部の何かによって妨げられた(拘束された)場合にのみ発生する内部応力のことです。
例えば、両端を完全に固定された棒を考えます。 温度が上昇すると棒は伸びようとしますが、両端が固定されているため伸びることができません。 これは、熱によって伸びた分だけ、強制的に圧縮されるのと同じ状態を意味します。 このとき、材料の変形のしにくさを示すヤング率(縦弾性係数、E)に比例した圧縮応力が内部に発生します。
完全に拘束された場合に生じる熱応力(σ)は、以下の式で計算できます。
σ = E × α × ΔT
- σ:熱応力
- E:ヤング率
- α:線熱膨張係数
- ΔT:温度の変化量
炭素鋼(E ≒ 206 GPa, α ≒ 12 × 10⁻⁶ /℃)の棒が両端を固定され、60℃温度が上昇した場合、発生する応力は206 GPa × (12 × 10⁻⁶ /℃) × 60℃ ≒ 148.3 MPa
にも達します。 これは材料の降伏点に迫るほどの大きな値であり、部品の塑性変形や破壊を引き起こす可能性があるため、設計において極めて注意が必要です。
主要材料ごとの係数一覧
設計を行う際には、使用する材料がどの程度の膨張係数を持つのかを詳細に把握しておくことが大切です。 ここでは、機械設計で頻繁に使用される代表的な材料の線熱膨張係数を、より詳細なデータベースとしてまとめます。
材料分類 | 材料記号 (JIS規格) | 線熱膨張係数 (α) [×10⁻⁶/K] | 温度範囲 [°C] | ヤング率 (E) [GPa] | 典拠 | 備考 |
2.1. 鉄鋼材料 | ||||||
機械構造用炭素鋼 | S45C (JIS G 4051) | 11.1 - 11.9 | 20-100 | 約200-205 | 熱処理状態により変動する可能性がある。 | |
S50C (JIS G 4051) | 11.7 - 11.9 | 20-200 | 約205 | 高温域で(α)が顕著に増加 (600℃で14.2)。 | ||
S55C (JIS G 4051) | 11.7 | 20 | - | |||
一般構造用圧延鋼材 | SS400 (JIS G 3101) | 約11.7 | 20-100 | 約206 | 汎用的な構造用鋼。 | |
機械構造用合金鋼 | SCM435 (JIS G 4053) | 11.8 | 20-100 | 約210 | クロムモリブデン鋼。 | |
SCM420 (JIS G 4053) | 11.7 | 20-100 | 約205 | SCM435の低炭素版。 | ||
SNCM439 (JIS G 4053) | データなし | - | - | ニッケルクロムモリブデン鋼。高強度・高靭性。 | ||
工具鋼 | SKD11 (JIS G 4404) | 11.7 | 20 | - | 冷間金型用鋼。 | |
SKH51 (JIS G 4403) | 10.1 - 11.2 | 20-200 | 約219 | 高速度工具鋼。高温硬さに優れる。 | ||
ステンレス鋼 | SUS304 (JIS G 4303) | 16.0 - 17.3 | 0-100 | 約193 | オーステナイト系。高い(α)が設計上の重要点。 | |
SUS316 (JIS G 4303) | 16.2 | 20-100 | - | オーステナイト系。耐食性向上。 | ||
SUS410 (JIS G 4303) | 11.5 | 20-100 | - | マルテンサイト系。熱処理により硬化可能。 | ||
SUS430 (JIS G 4303) | 11.2 | 20-100 | - | フェライト系。(α)は炭素鋼に近い。 | ||
SUS630 (JIS G 4303) | 14.5 | 20-100 | - | 析出硬化系。高強度。 | ||
鋳鉄 | FC250 (JIS G 5501) | 11.0 - 12.0 | 常温 | 74-103 | ねずみ鋳鉄。減衰能に優れる。 | |
FCD450 (JIS G 5502) | 11.0 - 12.0 | 常温 | - | ダクタイル鋳鉄。FC材より高強度。 | ||
2.2. 非鉄金属 | ||||||
アルミニウム合金 | A5052 (JIS H 4000) | 23.5 - 24.58 | 20-100 | 約70 | Mg系合金。耐食性良好。 | |
A6061 (JIS H 4000) | 23.1 - 23.5 | 20-100 | 約69 | Mg-Si系合金。汎用性が高い。 | ||
A7075 (JIS H 4000) | 23.7 | 20-100 | 約71 | Zn系合金。「超々ジュラルミン」。高強度。 | ||
ADC12 (JIS H 5202) | 21.0 | 20-200 | 約71 | Si-Cu系合金。ダイカスト用として最も一般的。 | ||
銅合金 | C1020 (無酸素銅) | 17.0 - 17.7 | 20-300 | 約115 | 高純度で導電性に優れる。 | |
C1100 (タフピッチ銅) | 16.5 - 17.7 | 20-300 | 約118 | 一般的な工業用銅。 | ||
C2801 (黄銅) | 18.0 - 23.0 | 20-300 | - | Cu-Zn合金。亜鉛の含有率により(α)が変動。 | ||
C5191 (りん青銅) | 17.8 - 18.2 | 20-300 | - | Cu-Sn-P合金。ばね性に優れる。 | ||
C1720 (ベリリウム銅) | 17.0 - 17.8 | 20-300 | 約130 | 熱処理により高強度を発現。 | ||
2.3. 樹脂材料 | ||||||
汎用エンプラ | POM (ポリアセタール) | 81 - 130 | -30~+70 | 約2.5 | (α)が非常に大きく、温度変化に敏感。 | |
MCナイロン (PA6) | 72 - 90 | 常温 | 約3.0 | 吸湿による寸法変化も大きい点に注意が必要。 | ||
PC (ポリカーボネート) | 65 - 80 | 常温 | 約2.4 | 耐衝撃性に優れる。 | ||
ABS | 60 - 130 | 常温 | 約2.3 | 筐体などに多用される。 | ||
アクリル樹脂 | 70 - 90 | 常温 | 約3.2 | 透明性に優れる。 | ||
スーパーエンプラ | PEEK | 47 - 70 | 常温 | 約3.7 | 耐熱性に優れ、エンプラの中では(α)が低い。 | |
2.4. セラミックス・特殊材料 | ||||||
酸化物セラミックス | アルミナ (Al₂O₃) | 7.0 - 7.7 | 40-400 | 約350 | 代表的なセラミックス。絶縁性に優れる。 | |
ジルコニア (ZrO₂) | 7.9 - 11.0 | 40-400 | 約200 | 高い靭性を持ち、(α)は鋼材に近い。 | ||
非酸化物セラミックス | 炭化ケイ素 (SiC) | 3.7 | 40-400 | 約410 | 高剛性、高熱伝導率。 | |
窒化ケイ素 (Si₃N₄) | 2.8 | 40-400 | 約310 | 耐熱衝撃性に極めて優れる。 | ||
低熱膨張材料 | コージェライト | 1.5 | 40-400 | - | ゼロ膨張に近いセラミックス。 | |
インバー (36%Ni-Fe) | 0.9 - 2.0 | 20-90 | 約130-140 | 代表的な低熱膨張合金。 | ||
スーパーインバー | ≤ 0.8 | 10-40 | 約128 | インバーをさらに低膨張化させた合金。 | ||
CFRP (炭素繊維強化プラスチック) | -1.5 ~ +3.0 | 常温 | 可変 | 異方性が極めて高く、設計によりゼロ膨張を実現可能。 |
※装置設計ではアルミニウムを頻繁に利用するので、別途 「アルミニウムの熱膨張に関する詳細値」 をメモしています。
熱による部材の反りと座屈
薄い板状の部品などでは、熱によって「反り」や「座屈」といった変形が生じることがあります。 これは、部品の内部で発生した熱応力が、部材自体の剛性を上回った場合に起こる現象です。
座屈の発生メカニズム
座屈は、部材全体が均一に加熱された場合でも、その熱膨張が周囲から拘束されている場合に発生します。 部材の内部には圧縮の熱応力が生じ、この圧縮力が限界を超えると、部材は横方向に逃げるようにして折れ曲がってしまいます。
これらの変形を防ぐためには、設計段階で部材の剛性を高める工夫が有効です。 具体的には、板にリブ(補強骨)やビード(凸状の補強線)を設けることで、断面形状を強化し、反りや座屈に対する抵抗力を向上させることができます。
設計で考慮すべき反りの発生状況
反りは、主に部材の表裏で温度差が生じたり、局所的な加熱があったりした場合に発生します。 設計者が特に注意すべき状況をいくつか紹介します。
切削加工による反り
特に薄物部品を切削加工する際に、加工熱が反りの大きな原因となります。 刃物が材料を削る際の摩擦熱で、加工面付近の温度が局所的に上昇 します。 この熱が材料内部に不均一な温度分布を生み出し、冷却後に残留応力となって反りを引き起こします。 対策としては、切削速度や切り込み量を調整して発生する熱自体を抑える、冷却効果の高い水溶性の切削油剤を使用する、といった加工条件の最適化が考えられます。 設計段階では、極端に薄い部分をなくし肉厚を均一化する、あるいは変形を見越して補強リブを追加するといった工夫が有効です。
溶接による反り
溶接は、金属を溶かすほどの高温で局部的に加熱するため、熱による反りが最も発生しやすい加工法の一つです。 溶接部は急激に加熱された後、周囲の母材へ熱が伝わりながら冷却・収縮します。 この不均一な収縮が、大きな引張応力を生み出し、部材全体を歪ませます。 対策は多岐にわたりますが、設計段階では、溶接箇所を極力減らす、溶接部を構造の対称な位置に配置する、といった工夫が考えられます。 また、溶接順序を工夫して熱の集中を避ける(飛び石法など)、治具で部材を強固に拘束して変形を防ぐ、といった施工上の対策も重要です。
環境熱による反り
屋外に設置される制御盤や装置の筐体なども、太陽光による輻射熱で反りが発生することがあります。 特に、筐体の片面だけが直射日光にさらされると、その面だけが高温になり、内外の温度差から反りを生じます。 対策としては、筐体の設置場所を日陰に選ぶ、あるいは遮熱板や庇を設けて直射日光を避けることが基本 です。 また、筐体の色を白などの反射率の高い色にしたり、内部の熱を逃がすための換気ファンを適切に配置したりすることも、温度上昇を抑える上で効果的です。
設計に活かす膨張係数と熱問題
異種材料の組み合わせと注意点
機械設計では、異なる種類の材料を組み合わせて使用する場面が数多くあります。 しかし、線熱膨張係数が大きく異なる材料同士を接合すると、温度変化によって深刻な問題を引き起こす可能性があるため、注意が必要です。
例えば、アルミニウム合金のプレート(α ≒ 23 × 10⁻⁶ /K)を、鋼製のボルト(α ≒ 12 × 10⁻⁶ /K)で固定するケースを考えてみましょう。 常温で締め付けた状態から温度が上昇すると、アルミニウムプレートは鋼製ボルトよりも約2倍大きく膨張しようとします。 しかし、ボルトによって動きが拘束されるため、プレート内部には強い圧縮応力が、逆にボルトには追加の引張応力が発生します。
この応力が過大になると、プレートが塑性変形してしまったり、ボルトが降伏点を超えて伸びてしまったりする恐れがあります。 逆に温度が低下した場合は、プレートがボルトよりも大きく収縮するため、ボルトの締結力が失われ、緩みの原因となることも考えられます。 精密な設計をする場合、ボルト締結は設定された締め付けトルクによって得られる軸力(押し付け力)と ボルト自身の余裕軸力を把握し、組み立てることが必要 になります。
このような問題を避けるためには、可能な限り膨張係数が近い材料同士を組み合わせることが基本 です。 どうしても異種材料を組み合わせる必要がある場合は、後述するクリアランスの設計や長穴の利用など、熱膨張による相対的な変位を許容する工夫が求められます。
はめあい公差への熱影響
軸と穴を組み合わせる「はめあい」の設計は、通常20℃などの常温を基準に行われます。 しかし、実際の運転温度が常温と大きく異なる場合、熱膨張によって「しめしろ」や「すきま」が変化し、設計通りの機能を発揮できなくなることがあります。
特に注意が必要なのが、膨張係数の異なる材料を組み合わせる場合です。 典型的な例として、鋼製の軸受(α ≒ 12 × 10⁻⁶ /K)をアルミニウム製のハウジング(α ≒ 23 × 10⁻⁶ /K)に圧入する「しまりばめ」が挙げられます。
常温で適切なしめしろを確保していても、機械が稼働して温度が上昇すると、ハウジングは軸受よりも大きく膨張します。 これにより、初期のしめしろが減少し、最悪の場合はすきまが生じてしまいます。この状態になると、軸受の外輪がハウジング内で滑る「クリープ」という現象が発生し、摩耗や異常振動、部品の損傷に繋がる可能性があります。
このような不具合を防ぐためには、機械が動作する最低温度と最高温度の両方を想定し、それぞれの温度でしめしろやすきまが許容範囲内に収まるかを計算によって確認することが不可欠 で、もしこの記事を訪れた方が ベアリングに関する周辺部品の熱膨張対策が課題だとすれば、 べリングの正しい取付方法 を確認することをお勧めします。
クリアランス不足による不具合
熱膨張による応力の発生や部品の干渉を防ぐための最も基本的で効果的な手法が、適切なクリアランス(すきま)を設けること です。 熱膨張を力で抑え込むのではなく、その動きを意図的に「逃がす」という考え方に基づきます。
クリアランスが不足していると、温度が上昇した際に膨張した部品が行き場を失い、隣接する部品を強く押し付けます。 これにより、予期せぬ高い応力が発生し、部品の変形や破損、あるいは機械全体の動作不良を引き起こす原因となります。
具体的な設計手法として、ボルトの固定穴を真円ではなく長穴(スロット)にする方法があります。 この際の重要なポイントは、「基準」と「逃げ」を明確に分けることです。 まず、アセンブリ全体の位置を決めるための基準となる固定点を1箇所、真円の穴でしっかりと固定します。 そして、他の固定点は、この基準点からの熱膨張を許容するために長穴にします。
長穴の向きは、基準点からその長穴の中心に向かう放射状の方向、つまり部材が伸びていく方向に合わせるのが基本です。 これにより、部材は基準点を中心として、各方向にスムーズに伸縮することができます。 長穴の長さは、想定される最大の温度変化と基準点からの距離を用いて計算した伸び量(ΔL)を十分に吸収できる長さに設定する必要があります。 この考え方を適用することで、拘束による熱応力の発生を効果的に防ぐことが可能 です。
機械の精度を低下させる熱変位
工作機械や半導体製造装置、三次元測定機といった高精度が求められる機械において、熱膨張による寸法変化、すなわち「熱変位」は、その性能を左右する最も重大な誤差要因の一つです。
例えば、工作機械で使われるボールねじは、モーターからの熱や摩擦熱によって温度が上昇します。 鋼製のボールねじの膨張係数は約12 × 10⁻⁶ /℃なので、長さ1mのボールねじの温度がわずか1℃上昇しただけで、軸方向に12µm(0.012mm)も伸びてしまいます。 これは、ミクロン単位の精度で加工を行う現代の工作機械にとって、決して無視できない誤差です。
同様に、機械の主軸(スピンドル)が回転による熱で伸びれば、工具の先端位置がずれてしまいます。 また、機械のベッドやコラムといった構造体自体も、周囲の温度変化や内部の熱源によって変形し、機械全体の幾何学的な精度を狂わせる原因となります。
このように、個々の部品で発生する微小な熱変位が積み重なることで、機械全体として大きな位置決め誤差を生み出し、製品の品質を著しく低下させる可能性がある のです。
熱膨張問題への具体的な対策
熱膨張が引き起こす様々な問題に対処するためには、単一の方法に頼るのではなく、設計の各段階で多角的なアプローチを取ることが求められます。
1. 材料選定による対策
まず基本となるのが、適切な材料を選ぶことです。 複数の部品を組み合わせる場合は、できるだけ線熱膨張係数が近い材料同士を選ぶことで、相対的な変位や応力の発生を抑えられます。 また、高い寸法安定性が求められる場合には、後述する低熱膨張材料の採用を検討します。
2. 構造上の工夫
熱変位を許容したり、影響を最小限に抑えたりするための構造的な工夫も有効です。 前述したクリアランスや長穴の設計に加え、高精度な機械では「熱対称構造」が採用されることがあります。 これは、熱源や構造体の形状を対称に配置することで、熱変形が一様かつ予測可能な形で起こるようにし、ねじれなどの複雑な変形を抑制する設計思想です。
3. 温度管理と冷却
発熱源となる部品を強制的に冷却し、温度上昇そのものを抑制する方法も一般的です。 工作機械の主軸やボールねじの内部に冷却油を循環させる機構などがその一例です。 また、機械が設置される工場の室温を一定に保つといった環境管理も、精度を安定させる上で欠かせません。
4. 熱変位補正機能
近年の高精度な工作機械では、さらに進んだ対策が取られています。機械の各所に取り付けた温度センサーの情報から、AIなどがリアルタイムで熱変位量を予測し、そのズレを打ち消すように自動で位置を補正するインテリジェントな機能も実用化されています。
膨張係数を考慮した高度な設計
熱変位を許容する設計の工夫(配管の場合)
前述の通り、熱膨張による応力発生を防ぐ最も効果的なアプローチの一つは、変位を力で拘束するのではなく、構造的に許容する(逃がす)設計を取り入れること です。 この考え方は、特に大きな温度変化にさらされる構造物や、異種材料を組み合わせる際に極めて有効です。
代表的な手法として、ボルト締結部に長穴や大きめのクリアランス穴を用いる方法があります。 これにより、プレートなどの部品が温度変化に応じてボルト締結部を基準にスライドできるようになり、内部に応力が蓄積するのを防ぎます。 配管を止めるUボルトもその効果を発揮しています。
また、構造全体で熱膨張を吸収する設計も考えられます。 例えば、長い配管ラインの途中にU字型のループ(エキスパンションループ)を設ける方法があります。 配管が熱で伸びると、このU字部分がたわむことで全体の伸縮を吸収し、配管や接続機器に過大な負荷がかかるのを防ぎます。
配管知識からも、機械構造にも役立つ(イメージが沸きやすい)のが 株式会社テクノフレックスさんの 伸縮サイト です。 熱膨張対策のアイデアとして頭に入れておくと良いかもしれません。
さらに、一方の端を固定し、もう一方の端をローラーなどで支持するスライド支持構造も、橋梁などの大型構造物で用いられる古典的かつ確実な手法です。 このように、熱による動きを予測し、その動きを妨げない自由度を設計に組み込むことが、信頼性の高い構造を実現する鍵となります。
低熱膨張材料の活用事例
半導体を製造する露光装置や超精密測定器など、ナノメートル単位の寸法安定性が要求される分野では、一般的な材料や熱変位補正技術だけでは対応が困難です。 このような極めて高い精度が求められる場面では、そもそも温度によって寸法がほとんど変化しない「低熱膨張材料」の活用が不可欠 となります。
インバー・スーパーインバー
鉄にニッケルなどを配合した特殊な合金で、常温付近で極めて低い線熱膨張係数を示します。 特にスーパーインバーは、鉄の100分の1以下という驚異的な低熱膨張率を誇ります。 これらの合金は、精密機器のフレームや測定基準器、レーザー装置の筐体など、絶対的な寸法安定性が求められる部品に広く利用されています。
低熱膨張セラミックス
コージェライトなどの一部のセラミックスは、特定の温度域でほぼゼロに近い熱膨張係数を実現できます。 京セラが開発したコージェライトは、最先端の半導体露光装置に採用され、ナノレベルの加工精度を支える基盤技術となっています。
CFRP(炭素繊維強化プラスチック)
CFRPは、繊維の配向を工夫することで熱膨張係数をコントロールできるというユニークな特性を持っています。 マイナスの膨張係数を持つ炭素繊維と、プラスの膨張係数を持つ樹脂を組み合わせ、積層角度などを最適化することで、全体としてゼロ膨張を実現することも可能です。軽量かつ高剛性という利点も相まって、宇宙衛星の構造部材や高精度な光学機器の部品などに活用されています。
大きな変位を吸収する伸縮継手
化学プラントの配管や地域冷暖房のパイプライン、あるいは大型のダクトなど、長さが数十メートルから数キロメートルに及ぶ構造物では、熱による伸縮量も非常に大きくなります。このような大きな変位を構造全体で吸収するために用いられるのが、「伸縮継手(Expansion Joint)」と呼ばれる専用の機械要素です。
伸縮継手には様々な種類がありますが、最も広く使われているのが、アコーディオンの蛇腹のような形状を持つ金属製の「ベローズ形」です。 このベローズが伸び縮みすることで、配管全体の伸縮を吸収します。 構造も単式のシンプルなものから、より大きな変位に対応できる複式、角度方向の変位も吸収できるユニバーサル形など、用途に応じて多様な製品が存在します。
他にも、スリーブ状の部品がパッキン部を滑ることで伸縮する「スリーブ形」や、ボールジョイントを組み合わせて三次元的な動きに対応する形式などもあります。 機械要素では「ベローズカップリング」などが代表です。
伸縮継手を選定する際には、吸収すべき変位量の大きさはもちろんのこと、内部を流れる流体の圧力や温度、耐食性、耐久性などを総合的に考慮し、システムに最適なタイプを選ぶ必要があります。
最適な膨張係数の理解で設計を改善
- 熱膨張は温度変化による原子の振動が原因で起こる物理現象
- 線熱膨張係数(α)は温度1℃あたりの長さの変化率を示す物性値
- 寸法変化量は
ΔL = α × L₀ × ΔT
の式で計算できる - 熱膨張が拘束されると
σ = E × α × ΔT
で表される熱応力が発生する - 材料によって膨張係数は大きく異なり、樹脂 > アルミ > 銅 > 鉄 > セラミックスの順に小さくなる傾向がある
- 不均一な加熱や拘束は、部材の反りや座屈の原因となる
- 膨張係数が異なる材料を組み合わせると、界面に応力が発生し破損のリスクが高まる
- 運転温度を考慮しないと、はめあいの「しめしろ」や「すきま」が変化し不具合を起こす
- 熱膨張を吸収するためのクリアランス(すきま)設計は基本的な対策
- 精密機械では、わずかな熱変位が加工精度を著しく低下させる
- 熱対策には材料選定、構造の工夫、冷却、熱変位補正など多角的なアプローチがある
- 長穴やスライド構造など、変位を意図的に「逃がす」設計が有効
- 超精密分野ではインバーや低熱膨張セラミックス、CFRPが活用される
- 配管など大きな伸縮にはベローズ形などの伸縮継手が用いられる
- 熱の問題を体系的に理解し、予防的に設計へ反映させることが高品質な製品開発に繋がる
以上です。
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