ここでは 「機械設計に役立つ摩擦係数の考え」 をメモしています。
機械設計に携わる中で、「この材料の摩擦係数はいくつだろう?」と疑問に思う事が多々あるかと思います。 特に、摺動部や締結部の設計において、摩擦係数の選定は部品の性能や寿命を左右する重要な要素 です。 しかし、教科書や資料に載っている値は様々で、どの数値を採用すべきか迷うことも少なくありません。
この記事では、機械設計者や摩擦係数について知りたいと考えている方々に向けて、摩擦係数の基本概念から、公開されている情報による材料別の摩擦係数一覧、そして設計時に考慮すべき重要なポイントまでを網羅的に解説します。 静摩擦係数と動摩擦係数の違いや、それらが実際の設計でどのように関わってくるのかを深く理解することで、より精度の高い設計が可能になります。
摩擦係数の基本と影響する主要因
静摩擦係数と動摩擦係数の違い
摩擦係数を理解する上で最も基本的なのが、静摩擦係数と動摩擦係数の区別 です。これらは物体が静止しているか、運動しているかによって使い分けられます。
静摩擦係数(μ)
静摩擦係数は、静止している物体が動き出す瞬間に働く最大の抵抗を示す値 です 。 重い家具を押すとき、動き出すまでが一番力が必要になる経験は誰にでもあるでしょう。 この「動き出すのに必要な力」に関わるのが静摩擦係数です 。式で表すと以下のようになります。
最大静止摩擦力 () = 静摩擦係数 (μ) × 垂直抗力 ()
機械設計においては、ボルト締結や圧入など、部品が滑らずに固定され続けることが求められる場面で、この静摩擦係数が非常に重要 となります 。
動摩擦係数(μ')
一方、動摩擦係数は、物体が既に運動している最中に働く抵抗を示す値 です 。 一度動き始めた家具は、比較的軽い力で押し続けられます。この「動き続けるのを妨げる力」に関わるのが動摩擦係数です。
動摩擦力 () = 動摩擦係数 (μ') × 垂直抗力 ()
この差が大きいと、低速で動く機械で「スティックスリップ」と呼ばれる、がたつきや異音の原因となる微小な振動が発生することがあるため注意が必要 です。 軸受やスライドガイドなど、スムーズな動きとエネルギー損失の低減が求められる設計では、動摩擦係数をいかに小さくするかが鍵となります 。
アモントン・クーロンの法則とは
摩擦を考える上で古くから知られているのが、アモントン・クーロンの法則 です 。 この法則は、摩擦に関する以下の3つの経験則をまとめたものです。
- 摩擦力は、接触面に垂直に作用する力(垂直抗力)に比例する。
- 摩擦力は、見かけの接触面積の大小には無関係である。
- 摩擦力は、滑り速度の速さには無関係である(低速の範囲において)。
この法則は多くの場面で第一近似として非常に有用であり、基本的な摩擦計算の基礎となっています 。 しかし、これは あくまで理想的な条件下での話 です。
実際の機械設計では、潤滑状態、高速での摺動、極端な接触圧力など、この法則の前提が成り立たないケースが多々あります。 例えば、後述する潤滑状態の変化や、材料の変形が起こるような高圧力下では、摩擦係数は一定とは見なせなくなります。 したがって、この法則は摩擦の基本原理として理解しつつも、その限界を認識し、現実の条件を考慮に入れる視点が不可欠 です。
潤滑状態を示すストライベック曲線
潤滑は、摩擦係数を桁違いに変化させる最も強力な要因の一つ です 。 この潤滑状態と摩擦係数の関係を視覚的に示したものが「ストライベック曲線」であり、機械の潤滑設計において極めて重要なツールです 。
ストライベック曲線は、横軸に「潤滑油の粘度 × 滑り速度 ÷ 荷重」という無次元のパラメータをとり、縦軸に摩擦係数をとります。 この曲線は、潤滑状態を大きく3つの領域に分けて示します。
- 境界潤滑: 速度が遅く、荷重が高い領域。 潤滑油の膜が非常に薄く、接触面の微小な突起同士が直接接触している状態です。 摩擦係数は高く、0.1前後の値を示します 。
- 混合潤滑: 境界潤滑と流体潤滑の中間領域。 固体接触と流体膜による潤滑が混在しています。速度が上がるにつれて摩擦係数が急激に低下します 。
- 流体潤滑: 速度が速く、荷重が低い領域。 接触面が潤滑油の厚い膜によって完全に分離されている状態です。 摩擦は潤滑油自体の粘性抵抗によるもので、摩擦係数は0.01以下と極めて低くなります 。
この曲線からわかるように、機械の起動時や停止時、あるいは過負荷がかかった際には、安全な流体潤滑領域から危険な境界潤滑領域へと移行し、摩擦が急増して焼き付きなどのトラブルを引き起こす可能性があります。 設計者は、使用する機械の運転条件がストライベック曲線上のどの領域にあるのかを常に意識することが大切です。
摺動面の表面粗さが与える影響
接触する面の状態、特に 表面粗さ も摩擦係数を左右する重要な要素 です 。
一般的には、表面がザラザラしている、つまり表面粗さが大きいほど、接触面の微小な凹凸の引っかかりが強くなるため、摩擦係数は高くなる傾向があります 。 この性質を利用して、ブレーキのように意図的に滑りを防ぎたい部品では、表面を粗く仕上げることがあります 。
しかし、関係は単純ではありません。 逆に、ゲージブロックのように極めて平滑な面同士を接触させると、分子レベルで引き合う力(凝着)が強く働き、摩擦係数がかえって高くなる現象も起こり得ます。
また、表面の微細な溝は潤滑油を保持する「オイルだまり」として機能し、潤滑効果を高める役割を果たすこともあります。 このように、表面粗さは単に滑らかであれば良いというわけではなく、目的(滑らせたいのか、グリップさせたいのか、潤滑を維持したいのか)に応じて最適な状態にコントロールすることが求められます 。
接触圧力と摩擦の関係性
前述のアモントン・クーロンの法則では、摩擦力は垂直抗力(荷重)に比例し、接触面積には無関係 とされています。 これは、荷重が増えると真実接触面積(実際にミクロのレベルで接触している面積)が比例して増えるため、見かけの面積あたりの圧力(接触圧力)は摩擦に影響しない、という考えに基づいています。
しかし、これも全ての条件下で成り立つわけではありません。特に、非常に高い接触圧力がかかる状況では、材料自体が塑性変形を起こし、摩擦のメカニズムが変化 します。
一部の研究では、金属のプレス加工のような高圧力下では、面圧が上昇するにつれて摩擦係数が逆に低下する現象も報告されています 。 これは、高圧によって潤滑油が接触面に閉じ込められ、その圧力が高まることで潤滑効果が向上するためと考えられています。
このように、接触圧力は摩擦係数に複雑な影響を与える可能性があり、特に高荷重がかかる部品の設計では、古典法則から外れる挙動も考慮に入れる必要があります。
温度変化による摩擦への影響
温度もまた、摩擦係数を大きく変動させる見過ごせない要因 です。 温度は材料そのもの、そして潤滑剤に影響を及ぼします。
材料への影響
一般的に、金属は温度が上昇すると軟化し、硬さが低下します。 これにより、相手材との凝着が起こりやすくなったり、表面が削られやすくなったりするため、摩擦係数が増加する傾向が見られます 。 例えば、銅合金の研究では、温度上昇に伴い硬さが低下し、摩擦係数が増加したという報告があります 。
潤滑剤への影響
温度が潤滑剤に与える影響は、しばしば機械の故障に直結するため特に重要です。 液体潤滑剤(オイルなど)は、温度が上昇すると粘度が著しく低下します 。 粘度が下がると、ストライベック曲線で見たように、潤滑状態が安全な「流体潤滑」から危険な「境界潤滑」へと移行しやすくなります。 これにより摩擦と発熱が急増し、最終的には焼き付きに至るという悪循環に陥る可能性があります。
このように、滑り速度の上昇や周囲温度の変化による発熱は、単なる温度上昇に留まらず、潤滑状態を悪化させ、摩擦特性を根本から変えてしまうリスクをはらんでいる のです 。
金属の摩擦係数一覧と注意点
主要な金属の摩擦データ
機械設計で頻繁に使用される金属材料について、その摩擦係数の目安をより具体的に解説します。 ただし、ここに提示する数値はあくまで特定の条件下での参考値です。 前述の通り、潤滑状態、表面の酸化、温度、圧力、相手材などによって大きく変動することを念頭に置いて活用してください 。 特に、潤滑の有無で摩擦係数が一桁以上変わる点には注意が必要です。
炭素鋼・合金鋼・工具鋼
構造用や機械部品として最も広く使われるのが炭素鋼や合金鋼です。 SS400のような軟鋼から、S45Cのような硬鋼、SCM435のようなクロムモリブデン鋼、そしてSUJ2(軸受鋼)やSKD11(工具鋼)といった特殊な用途の鋼材まで、その種類は多岐にわたります。 一般に鋼材は、潤滑がない状態では摩擦係数が高いですが、潤滑によって劇的に低下 します。
材質 | 相手材 | 条件 | 静摩擦係数 (μ) | 動摩擦係数 (μ') |
SS400 (軟鋼) | 軟鋼 | 乾燥 | 0.74 | 0.57 |
S45C (硬鋼) | 硬鋼 | 乾燥 | 0.78 | 0.42 |
S50C | SUJ2 | 乾燥 | 情報なし | 情報なし |
SCM435 | A5052 | 乾燥 | 情報なし | 0.259 |
SUM (快削鋼) | - | - | 情報なし | 情報なし |
SUJ2 (軸受鋼) | SUJ2 | 乾燥 | 情報なし | 約1.07 |
SKD11 (工具鋼) | SKD11 | 乾燥 | 情報なし | 約0.81 |
ステンレス鋼(SUS材)
耐食性に優れるSUS304などが多用されますが、摩擦の観点からは注意が必要です。 ステンレス鋼は他の金属に比べて摩擦係数が高く、特にステンレス鋼同士の組み合わせでは「かじり」や「焼き付き」と呼ばれる深刻な凝着現象を起こしやすいことで知られています 。 この性質は、滑りを防ぎたい用途には有利ですが、摺動部での使用には潤滑や異材との組み合わせが不可欠です。
材質 | 相手材 | 条件 | 静摩擦係数 (μ) | 動摩擦係数 (μ') |
SUS304 | SUS304 | 乾燥 | 0.7 - 0.8 | 0.60 |
SUS303 | - | - | 情報なし | 情報なし |
SUS316 | - | - | 情報なし | 情報なし |
SUS430 | - | - | 情報なし | 情報なし |
SUS440C | SUS440C | 乾燥 | 情報なし | 約0.82 |
アルミニウム合金
軽量化に貢献するアルミニウム合金ですが、摩擦特性は独特です。 表面に形成される強固な酸化皮膜が保護層として機能している間は比較的安定していますが、この皮膜が摩擦によって破壊されると、柔らかい母材が露出し、相手材と激しく凝着します。 その結果、摩擦係数が急上昇することがあります 。 特にアルミニウム同士の組み合わせでは、乾燥状態の静摩擦係数が1.0を超える非常に高い値を示すことが報告されており、摺動部での使用には十分な検討が必要です 。
材質 | 相手材 | 条件 | 静摩擦係数 (μ) | 動摩擦係数 (μ') |
A2017 | 鋼 | 乾燥(アルマイト処理) | 0.2 | 情報なし |
A5052 | SCM435 | 乾燥 | 情報なし | 0.259 |
A5056 | - | - | 情報なし | 情報なし |
A6061 | - | - | 情報なし | 情報なし |
A6063 | - | - | 情報なし | 情報なし |
A7075 | - | - | 情報なし | 情報なし |
銅および銅合金
銅やその合金である黄銅(真鍮)、青銅(ブロンズ)は、優れたなじみ性から古くから軸受材料として利用されてきました。 鋼との組み合わせが一般的で、潤滑下での青銅と鋼の組み合わせは0.16程度の低い動摩擦係数を示し、軸受としての適性を示しています 。一方で、乾燥状態では銅と鋼の動摩擦係数は0.36と比較的高くなります 。
材質 | 相手材 | 条件 | 静摩擦係数 (μ) | 動摩擦係数 (μ') |
C1020 (無酸素銅) | 鋼 | 乾燥 | 0.53 | 0.36 |
C1100 (タフピッチ銅) | 鋼 | 乾燥 | 0.53 | 0.36 |
C2801 (黄銅) | 鋼 | 乾燥 | 0.51 | 0.44 |
C3604 (快削黄銅) | 鋼 | 乾燥 | 0.51 | 0.44 |
その他の金属(鋳鉄など)
鋳鉄は、組織内に存在する黒鉛の潤滑作用により、自己潤滑性を持つことが大きな特徴です。 このため、潤滑が十分に行えないような摺動部品にも利用されます。乾燥した鋳鉄同士の静摩擦係数は1.1と非常に高いですが、一度動き出すと動摩擦係数は0.15まで低下するという、極めて特徴的な挙動を示します 。 この静摩擦と動摩擦の大きな差は、低速でのスティックスリップ(びびり振動)を引き起こす原因となり得るため、設計上の注意点となります。
材質 | 相手材 | 条件 | 静摩擦係数 (μ) | 動摩擦係数 (μ') |
鋳鉄 | 鋳鉄 | 乾燥 | 1.1 | 0.15 |
鋳鉄 | 鋼 | 乾燥 | 0.4 | 0.21 |
鋳鉄 | 鋳鉄 | 潤滑 | 0.07 | 情報なし |
凝着が引き起こす焼き付き現象
金属同士、特に同じ種類の金属をこすり合わせると、「凝着」と呼ばれる現象が起こりやすくなります。 これは、接触面の微小な突起同士が圧力でくっついてしまう、いわばミクロのレベルでの冷間圧接のようなものです 。
この凝着が特に問題となるのが、ステンレス鋼(SUS)です 。 ステンレス鋼製のボルトとナットを電動工具で強く締め付けると、摩擦熱と高い圧力でねじ山同士が凝着し、二度と外せなくなる「焼き付き」という深刻なトラブルを引き起こすことがあります。 こうなると部品を破壊するしかなく、メンテナンス性が著しく損なわれます。
この現象は、材料の組み合わせの「親和性」が関係しており、互いに溶け合いやすい金属同士で起こりやすいとされています 。 対策としては、以下のような方法が考えられます。
- 異種金属を組み合わせる: 親和性の低い材料を選ぶ。
- 潤滑剤を使用する: 接触面に油膜を介在させ、直接の金属接触を防ぐ 。
- 表面処理を施す: 表面に硬質膜コーティングなどを行い、凝着を防ぐ。
設計の際には、単に強度や耐食性だけでなく、このようなトライボロジー(摩擦・摩耗・潤滑の科学)的な観点から材料を選定することが、トラブルを未然に防ぐ上で大切です。
摩擦と摩耗は必ずしも一致しない
設計者が陥りやすい誤解の一つに、「摩擦係数が低い材料は、摩耗しにくいだろう」という思い込みがあります。 しかし、摩擦と摩耗はそれぞれ独立した現象であり、「低摩擦」が必ずしも「低摩耗」を意味するわけではありません 。
摩擦は運動を妨げる「抵抗力」の大きさを示す指標であるのに対し、摩耗は摩擦によって材料表面が削られていく「量の損失」を示す指標です。
例えば、ある潤滑剤を使ったときに摩擦係数は下がったとしても、その潤滑剤が材料表面の保護膜(例えば酸化膜や、樹脂が相手材に転写してできる移着膜)の形成を妨げてしまうことがあります 。 その結果、滑りは良くなる(低摩擦)ものの、保護層がないために表面が直接削られ続け、摩耗量はかえって増えてしまう(高摩耗)という逆転現象が起こり得るのです 。
特に、部品の寿命を評価する際には、摩擦係数の値だけを見るのではなく、想定される使用環境下でどのような摩耗メカニズム(凝着摩耗、アブレシブ摩耗、腐食摩耗など)が支配的になるかを考慮し、耐摩耗性試験のデータなどを併せて評価することが、信頼性の高い設計につながります。
樹脂や特殊素材の摩擦係数
自己潤滑性を持つ樹脂の利点
エンジニアリングプラスチック(エンプラ)の中には、潤滑油を使わなくても優れた滑り性を示す「自己潤滑性」を持つ材料が多く存在します。 これらは無給油での使用が可能なため、給油が困難な箇所や、クリーンな環境が求められる装置の摺動部品として広く活用されています。
特に、PTFE(四フッ化エチレン樹脂、テフロン™の商標で有名)は、固体の中で最も低いレベルの摩擦係数を持つ代表的な自己潤滑性樹脂 です 。
また、POM(ポリアセタール)やPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)といった汎用性の高いエンプラにも、PTFEや特殊な潤滑剤を添加して摩擦・摩耗特性を大幅に向上させた「摺動グレード」が用意されています 。 標準グレードと摺動グレードでは動摩擦係数が半分以下になることも珍しくなく、材料選定の際にはこの違いを認識することが極めて重要です。
以下に、代表的な樹脂材料と相手材が鋼の場合の動摩擦係数の目安を示します。
樹脂材料 | グレード | 動摩擦係数 (μ') |
PTFE(テフロン™) | - | 0.03 - 0.1 |
POM(ポリアセタール) | 標準グレード | 0.34 - 0.39 |
POM(ポリアセタール) | 摺動グレード | 0.12 - 0.16 |
PEEK | 標準グレード | 0.31 - 0.36 |
PEEK | 摺動グレード | 0.15 - 0.25 |
MCナイロン | 標準グレード | 0.47 - 0.5 |
MCナイロン | 摺動グレード | 0.09 - 0.11 |
UHMW-PE(超高分子量ポリエチレン) | - | 0.11 - 0.17 |
セラミックスなど特殊素材の特性
金属や樹脂以外にも、特異な摩擦特性を持つ材料が設計に利用されます。
セラミックス
アルミナ、ジルコニア、炭化ケイ素(SiC)などのエンジニアリングセラミックスは、非常に高い硬度と優れた耐摩耗性、耐熱性を持ちます。 このため、高温環境や摩耗が激しい箇所の摺動部品に利用されます。ただし、硬いがゆえに脆い(靭性が低い)という欠点もあり、衝撃がかかる用途には注意が必要です。 摩擦係数は、相手材や表面の仕上げ状態によって大きく変わります 。
木材
木材は、古くから機械の部品としても利用されてきました。摩擦係数は、木目の方向(平行か直角か)や、乾燥・湿潤の状態で大きく異なります 。一般に、水分を含むと摩擦係数は低下します 。
ゴム
ゴムは、タイヤに代表されるように、非常に高い摩擦係数を持つ材料です 。 この滑りにくさを利用して、滑り止めやシール材、動力伝達用のベルトなどに使われます。ただし、表面に特殊なコーティングを施すことで、意図的に摩擦を低減させることも可能です 。
以下に、これらの特殊素材の摩擦係数の目安を示します。
材料1 | 材料2 | 条件 | 静摩擦係数 (μ) | 動摩擦係数 (μ') |
アルミナ (Al₂O₃) | アルミナ | 乾燥 | 0.6 - 1.0 | 0.4 - 0.8 |
ジルコニア (ZrO₂) | ジルコニア | 乾燥・研磨面 | 0.2 - 0.3 | 0.1 - 0.2 |
木材 | 木材 | 乾燥 | 0.25 - 0.62 | 0.2 - 0.48 |
ゴム | コンクリート | 乾燥 | 0.6 - 0.9 | - |
グラファイト | 鋼 | 乾燥 | 0.1 | 0.1 |
直動・回転の機械要素で摩擦問題を解決できる可能性
これまで材料の組み合わせや潤滑によって摩擦を制御する方法を解説してきましたが、設計の視点を変えることで、より根本的に摩擦問題を解決できる場合があります。それは、材料同士が直接「すべる」のではなく、機械要素を介して「ころがる」ようにすることです。
摩擦の種類を「すべり」から「ころがり」へ
材料同士が直接接触して動く「すべり摩擦」は、特に潤滑が不十分な場合、高い摩擦係数や凝着、摩耗の原因となります。 しかし、直線運動案内にはリニアガイド(LMガイド)、回転運動案内にはボールベアリングやローラーベアリングといった「転がり軸受」を用いることで、摩擦の形態を「ころがり摩擦」に変えることができます。
ころがり摩擦は、すべり摩擦に比べて抵抗が極めて小さいため、摩擦係数を劇的に低減させることが可能です。
機械要素の活用と摩擦係数
- リニアガイド(LMガイド): レールとブロックの間に組み込まれたボールやローラーが転がることで、非常に滑らかな直線運動を実現します。 これにより、摩擦係数は一般的なすべり案内の1/50程度にまで低減されることもあります。 具体的な動摩擦係数は0.004〜0.006程度と極めて低く、高精度な位置決めや高速運転、駆動動力の削減に大きく貢献します。
- ボールベアリング・ローラーベアリング: 回転軸とハウジングの間にボールやローラーを介在させることで、回転運動の摩擦を大幅に低減します。これらの転がり軸受の摩擦係数は、一般的に0.001〜0.005程度と非常に低く、エネルギー損失の少ないスムーズな回転を可能にします 。
このように、材料同士の摩擦特性に頭を悩ませる代わりに、リニアガイドやベアリングといった機械要素を設計に組み込むことは、凝着や焼き付きといった深刻な問題を根本的に回避し、装置全体の性能と信頼性を向上させるための非常に有効な選択肢となります。
熱処理や表面処理で摩擦係数を変える方法
材料選定や潤滑だけでなく、材料の表面を積極的に改質する熱処理や表面処理も、摩擦係数をコントロールするための強力な手段 です。 これにより、母材の特性を活かしつつ、表面だけを摺動に適した状態に変えることができ、設計の自由度が大きく広がります 。
熱処理による摩擦特性の改善
熱処理は、主に金属の硬さや組織を変化させる技術です。焼入れや焼戻しによって表面硬度を高めると、相手材からの掘り起こし(プラウイング)を防ぎ、耐摩耗性が向上します。これにより、間接的に摩擦係数が安定、あるいは低下する効果が期待できます 。
一方で、ナイロンのような樹脂材料では、熱処理によって結晶化度を高めることで、摩擦係数の低下と摩耗量の減少が見られるという報告もあります 。
表面処理による低摩擦化
表面処理は、母材の表面に機能的な薄膜を形成する技術で、摩擦係数を劇的に下げることが可能です。
- DLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティング:非常に硬く、自己潤滑性を持つ炭素膜を形成する技術です 。摩擦係数は0.1前後と極めて低く、相手材への攻撃性も少ないため、無潤滑の摺動部品や金型、自動車のエンジン部品などに広く利用されています 。
- フッ素樹脂(PTFE)コーティング:PTFEの優れた自己潤滑性を活かし、表面に低摩擦な層を形成します 。潤滑油が使えないクリーンな環境や、粘着を防ぎたい用途に適しています。
- めっき処理:
- 硬質クロムめっき:高い硬度と耐摩耗性を持ち、摩擦係数も比較的低い(対鋼、潤滑時で0.16程度)のが特徴です 。めっき表面の微細なクラックが油だまりとして機能し、潤滑性を高める効果もあります 。
- 無電解ニッケルめっき:均一な膜厚でめっきできるのが利点です。PTFEの微粒子を共析させた複合めっきでは、摩擦係数を0.1前後にまで大幅に低減させることができます 。
- 窒化処理:鋼の表面に窒素を浸透させて硬い窒化層を形成する処理です。耐摩耗性や耐焼付き性が向上し、摩擦係数を大きく下げることができます(μ=0.05~0.12) 。
これらの処理を適切に選択することで、コストや要求性能に応じて最適な表面特性を実現することが可能になります。
設計に活かすための摩擦係数の知識
最後に、機械設計にこれらの知識を活かすための要点をまとめます。
- 摩擦係数は材料固有の定数ではなく「システム特性」である
- 静摩擦係数は「動き出す瞬間」、動摩擦係数は「動き続ける間」の抵抗を示す
- 一般に静摩擦係数は動摩擦係数より大きいが、例外もある
- 潤滑は摩擦係数を劇的に低下させる最も有効な手段の一つである
- ストライベック曲線は潤滑状態を予測し、トラブルを回避するのに役立つ
- 表面粗さは滑らせたいか、グリップさせたいかの目的に応じて管理する
- 温度は材料の物性や潤滑剤の粘度を変化させ、摩擦に大きく影響する
- 接触圧力や滑り速度も、特に極端な条件下では摩擦係数を変動させる
- 同種の金属同士、特にステンレス鋼は凝着による「焼き付き」に注意が必要
- 「低摩擦」と「低摩耗」は必ずしも同義ではないことを理解する
- PTFE、POM、PEEKなどの樹脂には自己潤滑性に優れた摺動グレードがある
- 摺動グレードの樹脂は標準グレードに比べ摩擦特性が大幅に改善されている
- セラミックスは高硬度・耐摩耗性に優れるが、衝撃への配慮が求められる
- 本記事や各種資料に掲載されている摩擦係数は、あくまで参考値である
- 最終的な設計や重要な部品については、実条件下での試験による検証が不可欠である
以上です。