ここでは、機械構成部材における「アンダーカットとは何か」「アンダーカットとはどんな加工か」などについて機械設計者が知るべき意味と注意点をメモしています。
機械設計の現場で「アンダーカット」という言葉を、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。 実はこの アンダーカットという言葉は使われる加工の分野や文脈によってその意味が大きく変わる、非常に多義的な用語です。 この多義性を正確に理解せずに機械設計を進めてしまうと、加工の指示で製造現場との間に誤解が生まれ、手戻りやコスト増といった思わぬ失敗につながることもあります。
この記事では、機械設計に携わる方が知っておくべきアンダーカットの正しい意味から、金型、切削、溶接といった様々な加工分野での使われ方の違い、そして設計時に注意すべきポイントまで、網羅的かつ分かりやすくメモしていきます。
アンダーカット加工の基礎知識と分野別の意味
ここでは、アンダーカットという言葉の根源的な意味から、製造業の各分野でどのように使われているのか、その具体的な定義と違いを解説します。
そもそもアンダーカットとはどんな意味を持つか
アンダーカットという言葉は、特定の業界だけで使われる専門用語ではなく、元々は「物体の上部より下部のほうが細くくびれた形態」を指す一般名詞です。 この言葉の語源である英語の "undercut" は、「…の下に」や「量が適正より少ない」といった概念を含んでおり、これが様々な分野で「基準となる面より内側に入り込んだ部分」というニュアンスで使われる背景 になっています。
例えば、製造業とは全く異なる歯科医療の分野では、治療のために歯に形成した穴(窩洞)や義歯の引っかかり部分をアンダーカットと呼びます。 また、ゴルフやテニスといったスポーツの世界に目を向けると、ボールの下側をこするように打って逆回転をかける打法を指す言葉としても使われるのです。
このように、アンダーカットは元々あった一般的な形状を表す言葉が、それぞれの専門分野で独自の意味を持つようになった結果、多義性が生まれたと考えられます。 この根源的な背景を把握することが、各分野での正しい用語の使われ方を理解する第一歩となります。
アンダーカットという用語が利用される場面
アンダーカットは、後述するような製造上の課題となる一方で、多くの製品で機能上なくてはならない要素として意図的に設計されます。 特に、高い機能性が求められる自動車、航空宇宙、医療機器、エレクトロニクスといった最先端の産業分野で広く活用されています。
その具体的な利用場面は多岐にわたります。
- 部品の締結・嵌合(かんごう): ネジを使わずに部品同士を固定するスナップフィット機構や、Tスロット、アリ溝といった形状は、アンダーカットの代表的な応用例 です。これらは確実な固定を実現し、組み立て工程の簡略化に貢献します。
- シール機能: 油や空気の漏れを防ぐOリングをはめ込むための溝は、アンダーカット形状でなければ成立しません。
- 流体経路: 油圧機器などの内部で、液体や気体を効率的に導くための流路としてもアンダーカット形状は不可欠です。
- 工具の逃げ: ネジ切り加工において、工具が終点で部材に干渉しないように設ける「逃げ溝」もアンダーカットの一種 です。これにより、加工精度と安全性が確保されます。
これらの例が示すのは、アンダーカットが単なる「加工上の問題」ではなく、高度な機能を実現するための「意図的な設計要素」でもあるという事実 です。 ただし、その機能的な優位性は製造コストの増加という代償を伴います。 このトレードオフを理解し、バランスを取ることが設計者には求められます。
比較解説:アンダーカットとオーバーカットの違い
アンダーカットの理解を深める上で、しばしば対義語のように扱われる「オーバーカット」との比較は有効です。 しかし、この二つの言葉の関係性もまた、使われる文脈によって意味が大きく異なるため注意が必要です。
まず、製造業の文脈に注目してみると、例えば電解加工の分野では、アンダーカットが目標形状に対して削り足りない状態を指すのに対し、オーバーカットは削り過ぎた状態を意味 します。 一方で、型彫り放電加工(EDM)においては、オーバーカットは「工具電極と加工された穴との間に生じる寸法差」を指す専門用語 です。 これは加工誤差ではなく、放電ギャップによって生じる制御された現象であり、あらかじめ計算に入れて電極を設計します。
ところが、全く異なるF1などのモータースポーツに目を向けると、この関係性は完全に失われます。 レース戦略におけるアンダーカットとは「ライバルより先にピットインし、新品タイヤの性能差で前に出る作戦」を指します。 対するオーバーカットは「ライバルがピットインした後もコースに留まり、クリアな状態でペースを上げてからピットインし逆転を狙う作戦」のことです。
このように、製造業の知識のままモータースポーツの用語を解釈しても意味が通じないように、その逆もまた然りです。 この比較は、専門用語が特定の領域の外では意味をなさないという原則を明確に示しており、 常に文脈を確認することの大切さを教えてくれますね。
アンダーカット加工が持つ本来の意味とは
製造業、特に「加工」という文脈でアンダーカットという言葉が使われる場合、その核心的な意味は「標準的なアプローチではアクセス不可能な形状」という点に集約 されます。 これは、特定の方向から直線的に動く工具や金型では、製品の他の部分が障害物となってしまい、直接届かない、あるいは加工・離型できない凹んだ部分や隠れた形状を指すもの です。
この「アクセス不可能性」こそが、アンダーカットを製造上の課題たらしめる本質です。 例えば、CNCフライス加工では、回転する工具を上から下に動かすのが基本ですが、部材の側面にえぐれたポケット形状がある場合、工具やその保持具が手前の壁に衝突してしまうため、そのままでは加工できません。
この課題を克服するためには、後述するような特殊な工具や、5軸加工機のような高度な設備、あるいは金型に複雑な機構を追加する必要があります。 つまり、製造におけるアンダーカットとは単なる形状の名称ではなく、「標準的な工程では実現できず、特別な工夫を要する箇所」というプロセス上の定義を持つ言葉 なのです。
金型設計におけるアンダーカットの意味
射出成形などに用いられる金型の設計において、アンダーカットは非常に明確な意味を持ちます。 ここでのアンダーカットとは、「金型が開く方向(抜き方向)に対して、製品形状の一部が物理的に引っかかり、そのままでは金型から製品を取り出せなくする形状」 を指します。
代表的な例としては、製品の側面にある横穴、外側に突き出たフックやクリップ、内側の凹みなどが挙げられます。 もし、これらのアンダーカット形状に対して何の対策も施されていない金型で成形した場合、製品を無理に引き抜こうとすることで、製品の破損や変形、白化(樹脂が伸びて白く変色する現象)といった致命的な不良が発生するか、最悪の場合は製品を全く取り出せなくなります。
この問題を解決するため、金型設計では「スライドコア」や「傾斜コア」といった、金型が開ききる前にアンダーカット部分を別の方向に動かして干渉を回避する特殊な機構が用いられます。 これらの対策は金型構造を複雑にし、製作コストを大幅に増大させるため、設計者は可能な限りアンダーカットを回避する設計(DFM)を心がけることが求められます。
切削分野でのアンダーカットの意味を学ぶ
切削加工の分野におけるアンダーカットは、「工具の進入方向に対して、他の形状の陰になってしまい、標準的な工具では物理的に刃先が届かない部分」と定義 されます。 金型が「取り出せない」という離型性の問題であるのに対し、切削加工では「刃物が届かない」という工具のアクセス性が本質的な課題 となります。
このアクセス問題を解決するためのアプローチは、金型設計とは異なる多様な選択肢が存在します。
- 高度な加工機を使用する: 一般的な3軸加工機では不可能な形状も、工具の角度を自在に傾けられる5軸マシニングセンタを使えば、工具の干渉を避けながら加工できる場合があります。
- 特殊な工具を用いる: Tスロットカッターやロリポップカッターといった、軸の側面や先端の裏側にも切れ刃を持つ特殊な工具を用いることで、隠れた部分を加工します。
- 設計を変更する: 最もコスト効率が高い解決策は、多くの場合、設計そのものを見直すこと です。例えば、一体での加工が難しい形状を複数の単純な部品に分割して後から組み立てたり、工具が進入するための穴を追加したり、ポケット形状を貫通させたりすることで、標準的な工具での加工を可能にします。
これらの解決策とそれぞれのコスト感を理解し、製造プロセス全体を考慮した上で最適な設計判断を下す能力が設計者には求められます。
アンダーカットの応用と設計で重要な視点
アンダーカットの基本的な定義を各分野で確認した上で、次にその応用的な側面と、設計者が持つべき重要な視点について掘り下げます。
溶接不良を指すアンダーカットの意味
溶接の分野 において、アンダーカットは他の製造分野とは全く異なり、明確に「あってはならない欠陥」を意味します。 JIS(日本産業規格)では、「母材または既溶接の上に溶接して生じた止端(したん)の溝」と定義 されています。
これは、溶接によって盛り上がった部分(ビード)の縁で、母材(溶接される材料)が溶けてえぐられてしまい、その溝が溶けた金属で埋められずに残ってしまった状態を指します。 この欠陥は、主に溶接時の電流が高すぎる、または溶接速度が速すぎるといった不適切な条件によって発生します。 アンダーカットは単なる外観上の問題ではありません。 このえぐれた溝は鋭い切り欠きとして作用し、応力が集中する起点となります。その結果、溶接部分の疲労強度を著しく低下させ、振動や荷重が繰り返しかかる環境下では、そこから亀裂が発生・進展し、構造物全体の破壊につながる可能性のある、極めて危険な欠陥 なのです。
したがって、機械加工や金型設計におけるアンダーカットが「意図的に作る形状」であるのに対し、溶接におけるアンダーカットは「絶対に避けなければならない欠陥」です。 この意味の違いを認識せずに図面に指示を出すと、製造現場に深刻な混乱を招きかねません。
機械設計でアンダーカットが使われる場所
前述の通り、アンダーカットは製造上の課題であると同時に、優れた機能性を実現するための「テクニック」としても多用されます。 設計者は、そのコストと便益を天秤にかけた上で、意図的にアンダーカット形状を製品に盛り込むことがあります。 その具体的な活用場所は、機械製品のあらゆる部分に見られます。
- シール機構: Oリングをはめ込むための溝は、シャフトやハウジングに円周状のアンダーカットを設けることで、確実なシール性能を発揮します。
- 組立機構: 樹脂製品の「パチン」と留まるスナップフィットは、アンダーカットを利用してネジなどの別部品を不要にし、部品点数の削減と組立工数の低減を実現します。また、Tスロットやアリ溝は、部品同士の位置決めと固定を同時に行うための効率的な機構です。
- 動力伝達: モーターなどの動力をギアに伝える際、空転を防ぐためのキー(回り止め)をはめ込むキー溝も、アンダーカット加工によって形成されます。
- 応力緩和とクリアランス確保: 段付きシャフトの根元部分に設けられる小さな溝(リリーフグルーブ)は、応力集中を和らげて部品の強度を高めたり、隣接する部品との干渉を防いだりする役割を果たします。
これらの例からわかるように、アンダーカットは単なる「問題」ではなく、よりコンパクトで機能的な製品設計を可能にする「実現手段」としての側面も持ち合わせています。
建築分野でアンダーカットが使われる場所
製造業の文脈から離れ、建築分野に目を向けると、アンダーカットは全く異意味合いとなりますが、明確な意味を持ちます。 建築におけるアンダーカットとは、主に室内のドアの下端と床との間に意図的に設けられた隙間を指し、その高さは一般的に10mm(1cm)程度です。
この隙間の主な目的は「換気」です。 近年の住宅では、シックハウス症候群対策として、24時間換気システムの設置が建築基準法で義務付けられています。 このシステムが家全体の空気を効果的に循環させるためには、各部屋のドアが閉まっていても空気が流れる経路を確保しなくてはなりません。 ドア下のアンダーカットは、この空気の通り道として機能 するのです。
この建築の例は、アンダーカットという言葉がいかに文脈に強く依存しているかを明確に示しています。 金型の複雑なスライド機構と、ドア下の1cmの隙間が同じ言葉で呼ばれているという事実は、この用語を扱う上で文脈の確認がいかに大切であるかを物語っていると思います。
設計時に知りたいアンダーカットの目安があるのか
アンダーカットという言葉が分野によって意味が異なるとはいえ、各専門分野の中では、その許容範囲や推奨値に関する具体的な数値基準、すなわち「目安」が明確に存在します。 設計者は、漠然とした概念ではなく、これらの定量的な基準に基づいて設計を行う必要があります。
分野 | 目安の例 | 備考 |
機械加工 | JIS B 0051に基づき、例えば「アンダーカットは0.3 mmまで許容」などと図示 | 部品のエッジの許容値を標準化 |
射出成形 | 樹脂材料により異なる。例:旭化成「レオナ」では非強化グレードでアンダーカット率10%以下 | 材料の弾性や強度に基づく |
溶接 | 道路橋示方書では、横方向溶接部で深さ0.3mmまでなど、非常に厳格 | 応力集中による強度低下を防ぐため |
建築 | ドア下の隙間として、約10mm(1cm)が一般的 | 換気経路の確保が目的 |
これらの具体例が示すのは、分野を横断する際の「曖昧さ」とは対照的に、各分野の内部では非常に精緻な基準が存在するということです。 設計者にとって大切なのは、自分が取り組んでいる製品と加工方法の文脈を正確に理解し、適用すべき適切な規格やガイドラインを選択して設計に反映させることですね。
正しいアンダーカットの理解が品質を左右する
解説が長くなりましたが、この記事で解説してきた重要なポイントを、以下に箇条書きでまとめます。
- アンダーカットは文脈によって意味が大きく変わる多義的な言葉
- 言葉の根源は「上部より下部がくびれた形状」を指す一般名詞
- 金型設計では「型から取り出せない形状」を指す
- 切削加工では「標準工具では刃先が届かない形状」を指す
- 溶接分野では「絶対に避けなければならない溶接欠陥」を指す
- 建築分野では「換気のためにドア下に設ける隙間」を指す
- アンダーカットは製造上の課題であると同時に機能実現の手段でもある
- スナップフィットやOリング溝はアンダーカットの代表的な機能応用例
- 金型でアンダーカットを処理するにはスライドコアなどの特殊機構が必要
- 特殊な金型機構はコストと納期を大幅に増加させる要因となる
- 切削加工では5軸加工機や特殊工具でアンダーカットに対応可能
- コスト面では設計変更によるアンダーカットの回避が最も効果的
- 部品分割や加工用の穴追加は有効な設計変更の手法
- 各分野にはJIS規格や業界基準といった具体的な数値目安が存在する
- 設計者は文脈を正しく理解し適切な基準を用いて設計することが不可欠
- アンダーカットの正しい理解と使い分けが品質・コスト・安全を左右する
参考|アンダーカット加工を学べる専門サイト
この記事で解説したアンダーカット加工について、さらに深く理解するためにおすすめの専門的なWEBサイトを4つご紹介します。 各サイトは、それぞれ異なる視点からアンダーカットを解説しており、設計や加工の実務に役立つ情報が満載です。
1. 株式会社ミスミグループ本社 (meviy)
機械部品の大手メーカーであるミスミが運営する技術情報ブログです。 特に切削加工におけるアンダーカットについて、コストダウンに直結する設計変更(加工用の穴追加、部品分割など)のアイデアを図解付きで非常に分かりやすく解説 しており、設計者にとって実践的な知識が得られます。
URL: https://jp.meviy.misumi-ec.com/info/ja/blog/ogawa/15762/
2. 三恵金型工業株式会社
プラスチック射出成形金型の専門メーカーです。 金型におけるアンダーカットの定義から、それが引き起こす具体的な成形不良(製品欠け、白化など)、そしてスライドコアや置き駒といった専門的な対策技術まで、豊富な実績に基づいて詳細に解説 しています。
URL: https://sankei-plastic-mold.com/column/1237/
3. 株式会社桜木 (サクサクEC)
部品のカスタムオーダーサービスサイトですが、技術解説ページが充実しています。金型と切削加工、両方の文脈におけるアンダーカットの意味と対策を一つのページで比較しながら解説しており、分野ごとの違いを理解するのに役立ちます。
URL: https://sakusakuec.com/shop/pg/1under-cut/
4. 5軸加工のススメ
その名の通り5軸加工に特化した情報サイトです。 従来の3軸加工機では困難な複雑なアンダーカット形状を、5軸マシニングセンタがいかにして可能にするかを解説 しています。工程削減や精度向上といったメリットも紹介されており、最先端の加工技術を知ることができます。
URL: https://www.5axis-susume.com/techniques/
以上です。