ここでは 強度解析 などで利用される 「材料別のポアソン比一覧と強度解析での使い方」 についてのメモです。
この ポアソン比 という値は 部品同士の圧入 や ばね定数 などにも関係が深いものですが、多くの方が強度解析(CAE)で材料のポアソン比を設定する際に、どの数値を使えば良いのか確信が持てずに悩んだ経験があるかと思います。
多くの技術サイトでは、ポアソン比の基本的な解説や一部の代表的な材料の値は掲載されていますが、実務で本当に必要となる、合金のグレードまで考慮した網羅的な一覧表はなかなか見つかりません。 そこでこの記事では、他のサイトでは不足しがちな詳細な材料データを網羅し、まずポアソン比の基本的な意味と計算方法を解説します。 そして最終的に、その知識を応用して信頼性の高い解析を行うための注意点や特殊な材料の存在まで学べるようにまとめました。
強度解析のためのポアソン比一覧【基礎知識】
ポアソン比とは何か?
ポアソン比とは、物体に力を加えて変形させたときに、力を加えた方向と直角な方向にどれだけ変形するかを示す比率のことです。 これは材料固有の定数であり、 ヤング率 などと同様に、材料の弾性的な性質を表す重要な指標の一つと考えられています。
例えば、輪ゴムを両手で持って引っ張ると、長さが伸びると同時に、中央部分が細くなる現象が観察できます。 逆に、角型の消しゴムを上から指で圧縮すると、高さが縮むと同時に側面が外側に膨らみます。 このように、ある一方向に変形が生じると、それと垂直な方向にも変形が起こる現象を「ポアソン効果」と呼び、その度合いを数値化したものがポアソン比です。
このポアソン比は、ひずみ同士の比率であるため、単位を持たない「無次元数」として扱われます。
縦ひずみと横ひずみの関係を解説
ポアソン比を理解するためには、「縦ひずみ」と「横ひずみ」という二つの概念を把握することが不可欠です。
縦ひずみ
縦ひずみとは、物体に荷重が作用する方向に発生する変形の割合を指します。 部材を引っ張った場合は伸びる方向に、圧縮した場合は縮む方向に生じるひずみがこれにあたります。
横ひずみ
一方、横ひずみは、荷重が作用する方向に対して直角な方向に発生する変形の割合のことです。 前述の輪ゴムの例で言えば、引っ張る方向が縦ひずみ、細くなる径の方向が横ひずみとなります。
ほとんどの材料では、縦方向に引っ張り(正のひずみ)が生じると、横方向には縮み(負のひずみ)が発生します。 逆に、縦方向に圧縮(負のひずみ)がかかると、横方向には膨らむ(正のひずみ)という関係性を持っています。 ポアソン比は、この二つのひずみの関係性を定量的に結びつける役割を担います。
ポアソン比の基本的な計算方法
ポアソン比は、ギリシャ文字の「ν(ニュー)」で表され、横ひずみを縦ひずみで割ることで算出されます。具体的な計算式は以下の通りです。
ν = - ε′ / ε
ν(ニュー): ポアソン比
ε′(イプシロン プライム): 横ひずみ(材料の幅や厚みが変化する方向のひずみ)
ε(イプシロン): 縦ひずみ(荷重がかかる方向のひずみ)
この計算式で注目すべきは、冒頭にマイナス符号が付いている点です。 前述の通り、縦ひずみと横ひずみは通常、符号が逆になります(引っ張ると縮む、圧縮すると膨らむ)。 そのため、単純に比を取ると計算結果が負の値になってしまいます。 しかし、工学の分野では物性値を正の数で扱う方が直感的で計算ミスも少ないため、慣例としてマイナス符号を付けてポアソン比が正の値になるように調整しているのです。 この約束事を理解しておくことは、解析結果を正しく解釈する上で大切です。
ヤング率との関係性について
ポアソン比は単独で存在する物性値ではなく、他の弾性係数と密接な関係を持っています。 特に、材料の硬さを示すヤング率(縦弾性係数、E)、ねじれにくさを示すせん断弾性係数(G)、体積変化のしにくさを示す体積弾性係数(K)とは、以下の関係式で結ばれています。
関係する弾性係数 | 関係式 |
ヤング率(E)、せん断弾性係数(G)、ポアソン比(ν) | E=2G(1+ν) |
ヤング率(E)、体積弾性係数(K)、ポアソン比(ν) | E=3K(1−2ν) |
4つの弾性係数の関係 | E= 3K+G 9KG |
これらの式が示すように、4つの弾性係数のうち2つが分かれば、残りの2つを計算で求めることが可能です。 例えば、材料のデータシートにヤング率とせん断弾性係数しか記載されていない場合でも、ポアソン比を算出できます。
上記は代表で記載していますが、 他にも 縦弾性係数・せん断弾性係数・体積弾性係数が出せる関係式 もあります。
この関係性は、CAE解析で材料物性を設定する際に非常に役立ちます。 物性値の不足や不整合は解析エラーの原因となるため、これらの関係式を理解しておくことで、より信頼性の高い解析が実現できます。
【材料別】主要工業材料のポアソン比一覧
金属材料のポアソン比
金属材料は、機械設計で最も広く使用される材料群の一つです。 一般的な金属材料のポアソン比は、およそ0.3前後の値を取ることが多いです。 これは、金属原子が規則正しく並んだ結晶構造を持ち、荷重によって変形する際に、原子間の距離が変化することで体積も変化するためです。
金属の種類や合金の成分、熱処理の状態によってポアソン比はわずかに変動しますが、多くの金属材料が0.25から0.36の範囲に収まる傾向にあります。 この後のセクションで、代表的な金属材料である鋼とアルミニウム合金、その他の金属について、より詳細な数値を見ていきます。
材料カテゴリ | 材料記号 | ポアソン比 (ν) の目安 |
銅及び銅合金 | C1020 (無酸素銅) | 0.324 |
C1100 (タフピッチ銅) | 0.33 | |
C3604 (快削黄銅) | 0.32 - 0.33 | |
C6161 (アルミニウム青銅) | 0.31 | |
チタン及びチタン合金 | TB340H (チタン2種) | 0.385 |
TAB6400H (64チタン) | 不明 | |
マグネシウム合金 | AZ31B | 0.35 |
AZ61A | 0.35 | |
その他 | ニッケル合金(インコネル) | 0.27 - 0.38 |
鉛 | 約 0.43 | |
亜鉛 | 約 0.33 |
鋼(炭素鋼・ステンレス鋼)の数値
鋼は、その強度とコストのバランスから、構造部材や機械部品に多用される代表的な金属材料です。 鋼のポアソン比は、種類によって若干異なりますが、一般的には0.3に近い値が用いられます。
材料カテゴリ | 材料記号 | ポアソン比 (ν) の目安 |
機械構造用炭素鋼 | S10C | 不明 |
S25C | 0.27 - 0.29 | |
S45C | 0.3 | |
機械構造用合金鋼 | SCM435 | 約 0.29 |
SCM440 | 0.28 - 0.29 | |
SNCM439 | 0.29 | |
ステンレス鋼 | SUS304 | 0.3 |
SUS316L | 不明 | |
SUS430 | 0.30 | |
工具鋼 | SK105 (旧SK3) | 0.30 |
SK95 (旧SK4) | 0.26 - 0.29 | |
SK85 (旧SK5) | 0.3 | |
SKD11 | 0.28 | |
鋳鉄 | FC250 | 0.27 |
FCD450 | 0.38 |
このように、鋼材のポアソン比は概ね0.3と考えることができますが、精密な強度解析を行う際には、使用する鋼材の種類に応じた値を適用することが望ましいです。 特に指定がない場合や、初期の概算設計では、代表値として0.3を使用することが一般的です。
アルミニウム合金のポアソン比
アルミニウム合金は、軽量でありながら十分な強度を持つため、航空宇宙分野や自動車部品、電子機器の筐体など、幅広い用途で利用されています。 アルミニウム合金のポアソン比は、鋼よりもやや大きい値を示す傾向があり、一般的には0.33前後です。
材料記号 | ポアソン比 (ν) の目安 |
A1100 | 0.33 |
A2017 | 0.33 |
A5052 | 0.30 - 0.33 |
A6061 | 0.33 |
A7075 | 0.33 |
アルミニウム合金は、添加される元素や熱処理(T6処理など)によって機械的性質が大きく変化します。そのため、ポアソン比も合金の種類によってわずかに異なります。 高精度なCAE解析を実施する際には、使用する合金のグレードを特定し、メーカーの提供するデータシートや信頼性の高い材料データベースで正確な値を確認することが大切です。
樹脂材料のポアソン比
樹脂(プラスチック)材料は、軽量で成形しやすく、絶縁性や耐薬品性にも優れるため、機械部品から日用品まで非常に広く使われています。 樹脂材料のポアソン比は、金属よりも大きく、0.35から0.45程度の範囲に入るものが多く見られます。
材料カテゴリ | 材料記号 | ポアソン比 (ν) の目安 |
汎用エンプラ | ポリプロピレン (PP) | 0.4 |
ポリ塩化ビニル (PVC) | 0.37 - 0.39 | |
ABS樹脂 (ABS) | 0.35 - 0.38 | |
高性能エンプラ | ポリアミド (PA / ナイロン) | 0.41 |
ポリアセタール (POM) | 0.35 | |
ポリカーボネート (PC) | 0.35 - 0.39 | |
スーパーエンプラ | ポリフェニレンスルフィド (PPS) | 0.34 - 0.4 |
ポリエーテルエーテルケトン (PEEK) | 0.4 | |
液晶ポリマー (LCP) | 0.4 - 0.5 |
樹脂は高分子材料であり、その分子鎖の構造や絡み合いによって力学的な挙動が決まります。 金属と比較して分子間の自由度が高いため、変形時の体積変化が比較的少なく、ポアソン比が大きくなる傾向があります。 ただし、ガラス繊維などで強化された複合材料の場合は、繊維の配向などによって異方性を示し、ポアソン比も変化するため注意が必要です。
ゴムのポアソン比と非圧縮性
ゴム材料は、他の工業材料とは大きく異なる特徴的なポアソン比を示します。 一般的なゴムのポアソン比は0.5に極めて近い値(約0.48〜0.4999)を取ります。
ポアソン比が0.5であるということは、その材料が「非圧縮性」であることを意味します。 非圧縮性とは、圧力をかけても体積が変化しない性質のことです。 ゴムを引っ張って伸ばすと、体積を一定に保とうとするために、伸びた分だけ完全に断面積が細くなります。 この性質が、Oリングなどのシール材として機能する上で根幹をなしています。 溝の中で圧縮されたOリングは、体積が変化しないため横方向に膨張し、その力で相手部品に密着してシール性能を発揮するのです。
CAE解析における注意点
強度解析を行う上で非常に重要な注意点として、多くのCAEソフトウェアでは、材料のポアソン比に厳密に0.5を入力すると、計算が発散してエラーとなる可能性があります。 これは、理論上、体積弾性率が無限大になってしまうためです。 そのため、ゴムのような非圧縮性材料を解析する際には、0.49や0.495といった、0.5に限りなく近い値を入力するのが実務上の標準的な手法となっています。
ポアソン比一覧の応用と注意点
強度解析とCAEでの実践的な使い方
ポアソン比は、強度解析、特に有限要素法(FEM)を用いたCAE(Computer-Aided Engineering)において、解析結果の信頼性を左右する極めて重要なパラメータです。 3次元の物体では、ある一方向の力がかかった場合、その方向だけでなく、直交する方向にも変形が生じます。 ポアソン比は、この軸間の相互作用を支配しており、不正確な値を用いると、変形量や応力分布の予測が現実と大きく異なってしまいます。
例えば、「圧入」の解析では、軸と穴の締め代によって発生する面圧が、部品を半径方向に圧縮します。 このとき、ポアソン効果によって円周方向には引張応力(フープ応力)が発生し、これが破壊の原因となり得ます。 正確なポアソン比がなければ、この致命的な応力を正しく計算することはできません。 例えばベアリングの圧入(ベアリング外径とハウジングの圧入・中実軸とベアリング内径・中空軸とベアリング内径)などに利用されます。
また、Oリングのようなシール部品の解析では、ゴムの非圧縮性(ポアソン比≈0.5)がシール性能を発揮する根源的なメカニズムです。 もし誤って低いポアソン比を設定すれば、正しい接触面圧が計算できず、解析そのものが無意味になってしまいます。このように、ポアソン比は3次元の力学現象を正しくシミュレーションするための生命線と言えます。
応力集中に与える影響とは
応力集中とは、部材の形状が急に変化する部分(穴や切り欠きなど)で、応力が局所的に増大する現象です。 この応力集中の度合いを示す応力集中係数にも、ポアソン比は影響を与えます。
引張荷重を受ける板に穴が開いている場合を考えてみましょう。 穴から離れた部分は単純な引張状態にあり、荷重方向に伸びながらポアソン効果で横方向に収縮しようとします。 しかし、穴の縁付近の材料は、周囲の材料によってこの横方向の収縮を妨げられます(拘束されます)。 この拘束が局所的に横方向の引張応力を発生させ、これが本来の荷重方向の応力に加わることで、応力集中をさらに大きくする要因となるのです。
設計でよく参照される教科書や便覧に記載されている応力集中係数の多くは、ポアソン比が0.4〜0.5に近い光弾性実験から得られた値であることが少なくありません。 しかし、実際に設計する部品がポアソン比0.3程度の金属である場合、実際の応力集中係数は教科書の値と異なる可能性があります。 この違いを考慮しないと、応力を過小評価してしまい、危険側の設計となるリスクがあるため、設計者はこの点を認識しておく必要があります。
特殊なオーセチック材料の紹介
これまで説明してきた材料は、ポアソン比が正の値(0〜0.5の範囲)を持つのが一般的でした。 しかし、材料科学の世界には、この常識を覆す「オーセチック材料」と呼ばれる物質群が存在します。
オーセチック材料とは、負のポアソン比を持つ材料の総称です。これは、ポアソン効果が逆転していることを意味します。 つまり、オーセチック材料を引っ張ると横方向に太くなり、圧縮すると横方向に細くなるという、直感に反する特異な挙動を示します。
この不思議な性質は、材料の化学組成ではなく、内部の特殊な微細構造(マイクロストラクチャ)によって実現されます。 この特異な性質により、オーセチック材料は従来材にはない優れた特性を発揮します。 例えば、衝撃を受けると材料がその点に集まるように密度を高めるため、極めて高いエネルギー吸収能力や耐貫通性を示します。
その応用範囲は多岐にわたり、衝撃を吸収するヘルメットやボディアーマーといった防護具、医療用のインプラント、高性能フィルターなど、様々な分野での活用が期待されています。 オーセチック材料の存在は、ポアソン比が材料固有の定数ではなく、構造設計によって制御できる可能性を示唆しています。
最適な解析のためのポアソン比一覧
この記事を通じて、ポアソン比の基礎から応用までを解説してきました。最適な強度解析を行うためには、これらの知識を正しく活用することが鍵となります。最後に、本記事の要点と、参考にしたサイトURLをまとめます。
- ポアソン比は荷重方向の縦ひずみと直交方向の横ひずみの比率を示す
- 計算式には慣例的にマイナス符号が付き正の値で扱われる
- ポアソン比はヤング率やせん断弾性係数と相互に関係している
- 一般的な金属材料のポアソン比は0.3前後である
- 鋼材のポアソン比は種類による差は小さいが約0.28から0.31の範囲にある
- アルミニウム合金のポアソン比は鋼よりやや大きく約0.33である
- 樹脂材料のポアソン比は金属より大きく0.35から0.45程度の値を取る
- ゴムのポアソン比は0.5に極めて近く非圧縮性を示す
- CAEでゴムを扱う際はポアソン比に0.49など0.5に近い値を入力する
- ポアソン比は3次元のCAE解析において結果の信頼性を左右する
- 圧入計算やシール解析ではポアソン比の正確な設定が不可欠である
- 応力集中係数はポアソン比の値によって変化するため注意が必要
- 負のポアソン比を持つオーセチック材料という特殊な物質も存在する
- オーセチック材料は高い衝撃吸収性など優れた特性を持つ
- 正確なポアソン比の選択と適用が信頼性の高い設計につながる
- 日本機械学会 (JSME)
- URL: https://www.jsme.or.jp/kaisi/1202-36/
- 説明: 日本の機械工学分野における最も権威ある学術団体の一つです。 このページでは、日本機械学会誌に掲載されたポアソン比の定義が図解と共に解説されており、学術的な観点から最も信頼性の高い情報源と言えます。
- MatWeb
- URL: http://www.matweb.com/
- 説明: 18万件以上の材料データシートを無料で検索できる、世界中の技術者や研究者が利用する大規模なオンライン材料特性データベースです。金属、プラスチック、セラミックスなど多岐にわたる材料のポアソン比を含む詳細な物性値を確認でき、実務的なデータソースとして非常に高い信頼性があります。
- The Engineering ToolBox
- URL: https://www.engineeringtoolbox.com/poissons-ratio-d_1224.html
- 説明: 工学分野の様々なデータや計算ツールを提供する、国際的に広く利用されている技術情報サイトです。このページには、多種多様な材料のポアソン比が一覧表としてまとめられており、幅広い材料の数値を比較・参照する際に非常に有用です。
- キーエンス (KEYENCE)
- URL: https://www.keyence.co.jp/ss/products/recorder/testing-machine/power/poissons-ratio.jsp
- 説明: センサーや測定機器の大手メーカーであり、技術者向けに質の高い技術情報を提供しています。 このページでは、ポアソン比の定義や計算式が分かりやすく解説されており、特に測定や実験といった実務的な観点からの情報として信頼できます。
- Wikipedia
- URL: https://en.wikipedia.org/wiki/Poisson%27s_ratio
- 説明: 幅広い主題を網羅するオンライン百科事典です。このページでは、ポアソン比の定義から物理的な意味、理論的な範囲、さらにはオーセチック材料(負のポアソン比を持つ材料)に至るまで、関連情報が包括的にまとめられています。 多数の参考文献へのリンクもあり、多角的な情報を得るための出発点として役立ちます。
以上です。
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